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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
第八章 我思い我考える 我が幸せのみを
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オーギュスト・セレスト

 オーギュストの采配で三つの事が丸く収まった。


 イモーテルとユベールの結婚。

 私という孤児がルクブルール伯爵令嬢へと返り咲きできた。

 そして、マールブランシュ侯爵家とルクブルール伯爵家の婚約契約の破棄。


 これについては、アランは抗議の声を上げた。

 けれどその抗議は、やはり侯爵によって一蹴された。


「マールブランシュに契約書の写しを見せてもらったが、君の父上が憤懣やるかたなかったのは、不備が多すぎて君に不利益が大きすぎる点だ。それはルクブルールがマルファでもイモーテルでもどちらにも有効になるように仕向けたからだろうが、あの契約書だと未婚のルクブルールの娘であれば君は誰とでも結婚せねばならなくなる。いいのか?貴族は簡単に養女を迎えられるぞ。」


 アランの父本人から侯爵が相談を受けていての破棄な上、その契約が続けばアランの不利益の方が大きいと知れば、アランは受け入れるしかないだろう。

 アランは胸に手を当てて足を引くという、王子様が王様に向けるような礼を座ったままの侯爵に返すと、そのまま侯爵の間を出ていった。


「さあさ、久しぶりなんですもの。私達はサロンに戻ってゆっくりいたしましょうよ。ねえ、ディアーヌ。積もるお話でもしましょうか?」


「ありがとう、バルバラ。私は出来る事ならこの放蕩娘を今すぐ家に連れ帰りたいのですけれど。いいかしら?」


 なぬ!


 私は硬直しながらバルバラと母のやり取りを眺めていると、やはり年の功のバルバラの方が一枚上手という切り返しをしてくれた。


「新しい執事と女中頭をお探しと聞いていますわよ。あなたもお疲れでしょう。こちらで二日三日羽を伸ばされるのはいかがかしら?」


 ルクブルール伯爵家はそれ程大きくは無いし、領地からの召使い達はいるので全くの召使がいない状態では無いだろうが、執事も女中頭もいないのではまとめ役がいなくて業務が滞ってしまっているのは明らかだ。

 その場合、女主人が動き回ることになる。


「あら、女中頭は戻ってきておりますから何とかなりますのよ。でも、そうね。お言葉に甘えようかしら?」


 私はマーサが戻ってくれたと聞いて、とてもほっとしていた。

 彼女は結婚したばかりの母を支えてこれまでルクブルール伯爵家を切り回して来た人なのだから、彼女が完全に不在になっては母が辛かっただろう。


「全く!次から次へと我が家の召使いが消えていたのは、エヴァンという裏切り者のせいだったのね!このお屋敷は我が家の見覚えのある者達ばかりですわ!」


 すいません、お母様。

 家出した翌日に私が悪魔に召使いを売ってしまいましたの。


「さあ、参りますよ、マルファ。」


 母はついっと白鳥が水面を滑るようにして動き出し、彼女に並んだバルバラがいつもの笑みを私に返してくれた。


 そう、いつもの。

 これでいいの?と私を思いやる笑みだ。

 私は何度か繰り返されたいつものようにして、彼女に同じ笑顔を返した。


 これでいいのよ。


 それに、いつもと違って、母が私を愛している、その事実を知れたのだもの。


 でも、この十六年生きて来て知っていた彼女の性質が、きっと今回の出来事の事で変わる事は無いだろうとは思う。

 少し浅はかで、一番は自分で、時々ペットの様に子供を可愛がるという、母。


 恐らくバルバラの子供になれば、母と一緒にいることで抱える虚しさや悲しさを感ずる事は無いと断言できる。

 それでも、私は以前よりは幸せになれるはずだ。

 出ていけと言われても出て行くな、そう母に叱られたのだから。


「マルファ嬢、君に話があるから残ってくれ。」


 バルバラはちょっとだけ肩を竦め、大変よと口だけ動かして私に見せてから、この場に私と残りたそうな母を連れ立ってそのまま部屋から出ていった。

 立ち止まって残った私は、そこで私に声をかけた侯爵を見返した。


 父よりも若き侯爵は、伯爵でしかない父と子爵でしかないユベールを、手だけで払って自分の机の前から立ち去らせると、私に向けて指を動かした。

 来い、と。


 私は立ち止まったまま顎を上げて侯爵を見返した。

 立ったままの私の脇を、イモーテルを腕にぶら下げたユベールと父が連れ立って通り過ぎていったが、私はまだ動かないで立ち尽くしていた。


 全員が、いいえ、壁にもたれて立っているヤスミンしか残っていない侯爵室で、侯爵は再び私に向けて指を動かした。


 私が動くわけはない。


 侯爵は右の眉を高慢そうに動かした。

 私も右の眉を動かした。


 ハッハハ!


 笑い声はヤスミンと似ている。

 書斎机から立ち上がった侯爵は私の元へと歩いて来て、私に手を差し伸ばした。


「バルバラが気に入るはずだ。さあ、そこのソファに座って貰えるかな。私は君に大事な話をしたい。」


「喜んで。」


 私達は連れ立って歩き、侯爵は私をソファに座らせ、彼はその対面となるソファに腰を下ろした。

 そして膝の上で両手を組むと、単刀直入に話を切り出した。


「我が弟、ププリエ伯爵との婚姻を承諾して欲しい。」


「お断りです。」


「なぜだ?」


「本人から何の申し出も受けていませんから。」


「そんなものは不要だ。爵位ある者の結婚などは、家と家の合意がなされればそこで成立となる。」


「でしたら私の承諾こそ不要ですわね。」


 私は侯爵を見返すと、彼は気分を害するどころか、鼻で笑った。

 いや、口元に手を当てて、本気で楽しそうな笑い声を立てたのだ。


 どうしたの?

 こっちは張り子のトラを被って、必死に虚勢を張っておりますのに!


 私の目の前に紅茶のカップが浮かび、ゆっくりと目の前に降りてきた。

 カップを差し出すその手の滑らかな動きと静かさにエヴァンだと私は判断し、その手がカップを置き終わった瞬間に彼の袖をきゅっと掴んだ。


 完璧な執事が袖なんか誰にも掴ませない。

 だけど、五歳の時からチャレンジして、私はエヴァンの袖を掴めるようになっていたのである。


「お嬢様。」


「全ては情報だとあなたが教えて下さったのよ。今は他所のお宅の方でしょうけれど、女性に優しくという社会気風に乗っ取って私を助けてくださいな。」


 ぷっ。

 ぶふっ。


 同時に部屋の隅の壁際と目の前で吹き出した声が聞こえた。

 これはセレスト兄弟のお遊びなのかしら?


「お嬢様。侯爵様はあなた様の助けが必要だってだけでございますよ。」


 エヴァンは優しく囁き、彼の袖を掴む私の手に、お約束のようにして包み紙に巻かれた小さなキャンディを一粒差し出した。

 私はしぶしぶとエヴァンの袖から手を放し、その代わりとして彼からミントキャンディを受け取った。


「ハハハ。ヤスミンが執着するわけだ。これは可愛い。だが、こんな阿漕な事を我が弟にさせる毒婦でもあるな。」


 カップの横に一枚の用紙が置かれた。

 侯爵とエマの署名があるまだ認定されていない結婚証明書だ。

 彼は私がそれを目にした瞬間に再び取り上げ、びりっと破いた。


「ま、まあ!なんてことを!」


 私は慌てて破れた紙を拾い上げ、これ以上破かれないように胸に抱いた。

 そんな私の手から侯爵は再び紙切れを奪う事も無く、些末なことだという風に鼻で笑った。


「これは詐欺だ。侯爵がこんな詐欺に関わってはいけない。後継者問題で戦場に行けないとあの愚弟が嘆くならばな、君達が次代を生み出せばいいだけだ。そうではないかな?」


「前半は了承いたしました。後半はご自分こそお頑張りあそばせ?」


 ぷっ。

 ぷふっ。


 今度の吹き出しの声は、やっぱりヤスミンだが、もう一人はなんと、私の真横に立つ完璧執事なはずのエヴァンであった。

 それもそうか。

 侯爵は私を絞め殺したい目で睨んでいらっしゃるのだもの。



お読みいただきありがとうございます。

今日はお休みの日ということで、もう一話だけ投稿しました。

お布団に重石をされて出られない~と騒ぐマルファを見ながら、

反対側はフリーだよ?といつも思っているヤスミンさん。

エヴァンの袖を掴んで喜ぶマルファを見て、

それ、掴ませて貰っているんだよ、と言いたい事でしょう。


いつもありがとうございます。

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