結婚したいのであれば、戦え!
ヤスミンは私に両親と戦えと言った。
いえ、今まで彼らに思っていた事、愛してくれなかったという鬱憤を全部ぶつけてしまおうか、と言ったのだ。
「俺が付いている。何があってもお前を支えるって約束するよ。ケツ持ちって奴だ。戦場で散々してきたからさ、安心してケツは俺に任せろ。」
私は彼に頷いた。
私こそそうしなきゃいけないって、ちゃんとわかっているもの。
私はあの両親の子供では無かった、その事実を受けいれなきゃいけないのよ。
彼らだって、私のせいで自分の子供を育てるって、たったそれだけの当たり前の幸せを奪われてしまっていたのだもの。
お互いの禍根を残さないように、言い合って、終わりにするのよ。
そして私は翌日を迎えた。
眠るまでヤスミンが抱きしめていてくれたから、私は寂しい思いも、さらに泣く事も無く、安らかな眠りを得る事が出来たのだわ。
ヤスミン!ああ、愛している!
胸が気持ちを叫んでしまいそうと、私は彼を想いながら両手で押さえた。
ドンドン!
扉を叩きつけるようなノックに私はびくりとなり、反射的に時計を見返した。
ま、まあ!もうすぐ十一時だわ!
ヤスミンが私を叩き起こしに来たのかしら?
「開けて!マルファ開けて!どうしよう!あああ!どうしよう!」
私の部屋のドアを叩くのはイモーテル?
私はイモーテルの必至な声に驚きながら、急いで部屋のドアを開けた
私と違い早起きのイモーテルは既に完璧に身づくろいをしており、その対照的な程に泣きはらした目をした顔に私は驚くどころじゃなかった。
私は彼女を抱きしめた。
「どうしたの?」
「お、お母様とお父様が来たの!と、とってもお怒りで!私の勝手な結婚は認めないって。家に私を連れ戻しに来たのよ!」
「ま、まああ!」
私は抱き締める腕に力を込めた。
そして、親友に咄嗟に考え付いた事を囁いた。
「ユベールは戻ってきている?いるなら二人で侯爵様の部屋を訪ねなさい。教会婚はあなたのご両親さんがいる時で、とにかく今は領主による結婚証明書を仕立ててしまうのよ。」
「領主による?」
「ええ。この地で一番の権力者は侯爵様よ。彼の決定に伯爵如きが覆す事なんかできないの。で、ユベールはいるの?」
「ユベールは行き違いになったから直接父ちゃんの所に行ったって言ってた。それで父ちゃんに事の次第を伝えて、父ちゃんのサインは貰って来たって。」
「機転が利く人ね。では、大丈夫。安心なさって。」
イモーテルはうんうんと頭を上下させた。
そこで私は妖精を呼んだ。
つまり、屋敷のどこにでも控えていて、命令があれば従おうと待機している召使いを呼んだという事だ。
すぐに顔を出したのは私の小間使いだったフェリシーで、彼女は私の命を聞くや、颯爽と動き出してくれた。
「さあ、私も身づくろいをするわ。申し訳ないけれど手伝って下さる?私は後ろのボタンを留めるのが下手くそなの。」
「も、もちろんだわ!」
数分後には私達は手を繋いで館の中を歩いていた。
勿論行き先は侯爵の部屋であり、そこには先にユベールが待機してイモーテルを待っているはずである。
しかし、私達の目の前には閉ざされた扉と、その前で所在なさげに佇むユベールという情景だった。
彼は昨夜から今まで馬を走らせていたというぐらいの汚れ具合で、そのために尚更に打ち捨てられて見捨てられた人の様に見えた。
「どうして!」
「すまない。侯爵は受け入れられないとのことだ。未成年の結婚、それも親の反対があるものを通すわけにはいかないとって、――マルファ!」
私はユベールの言葉を聞き、その言葉の意味を受け入れるどころか、謁見を待つ人用に並べられているらしき廊下の椅子を取り上げると、それで侯爵が籠る部屋のドアに向かって大きく振りかぶった。
「きゃあ!マルファ!」
「君が怪我してしまう!」
ドガしゃ。
扉に打ち付けても壊れたのは椅子の方で、私こそ床に転がったが、私はそれでも起き上がり、もう一客へと手を伸ばした。
「ばか。お前の方が先に壊れるだろうが!」
私を一括する大声。
私を叱りつけた男は私を自分の腕に抱いて私を椅子から遠ざけると、そのまま扉へと向かい、扉のノブに手を掛けた。
ノブを左に三回動かし、それから右に回した。
カチャリ。
「え?開いていたの?」
「ノブを左に三回動かせば内鍵の解除できるように仕立てといた。今後はこの館で主人による残虐行為を起こさせないためだ。」
「さすがですわ。」
「行くぞ。」
「はい。」
私達は侯爵の間に一歩足を踏み入れた。
そこは広い広い部屋であり、たくさんの本棚がある図書館のような様相だった。
ただし部屋の真ん中に大きな書斎机と来客の話を聞くための応接セットが置かれていることで、そこが間違うことなく書斎なのだと知らしめていた。
勿論、書斎机には侯爵様が座っている。
彼は私達の姿を認めると、出ていけと言う風にして右手を振った。
「てめえふざけんなよ。暇なんだろ?」
「暇ではないし、私は執事に言づけてアフリアにも伝えたはずだ。親の賛成のない結婚は認められない、と。」
「賛成はあります!イモーテルの両親は私の領地のダヴァンとネリーです。彼らは私との結婚に賛成しております。さあ、見てください!」
私達の後にイモーテルを誘って室内に入ってきたユベールは、汚れ切った上着からこれから結婚証明書となる用紙を取り出した。
そこにはユベールとイモーテルのサインは勿論のこと、未成年者の時の追記として、親である人物のサインもされていた。
「ご覧ください。イモーテルの父、ダヴァンのものです。後はあなたのサインさえ頂ければ私とイモーテルは夫婦となれるのです。」
しかし、水色の瞳は揺るがなかった。
氷のような視線をユベールに向け、それから自分の弟にも同様の視線を向けた。
「お前が仕立てた茶番か?彼女はルクブルール伯爵家の娘だろう?」
私は一歩前に出た。
それから不遜だと処刑されるぐらいに偉そうに胸を張った。
「失礼な!私こそルクブルール伯爵家の娘です。否定は許しませんよ。」
あら、水色の瞳がほんの少し和らいだ?
侯爵はしかし、ヤスミンの兄としか思えない台詞を口にした。
「契約への署名は時期を選ぶべきだ。より多くの果実を得たいのであればな。」
彼は悠然と書斎机に乗っているベルを取り上げ、それを鳴らした。
室内からどこに隠れていたのかエヴァンが姿を現し、侯爵の言葉など何も聞かずに一礼だけすると、そのまま彼は書斎を出て行ってしまった。
私はルクブルール伯爵家では何でも知っていて、何でもやり遂げてしまう名物執事を顎で使える人に初めて会ったと、脅えを持って侯爵を見つめてしまった。
「どうした?マルファ?」
「エヴァンはお伺いするべき人なのに、この人は指先一つで彼を動かしたわ!」
ハハハ。
私とヤスミンは厳格なはずの人の意外と軽い笑い声にびくっと肩を震わせ、同時に書斎机へと顔を向けた。
まあ、完全にすました無表情をされているけれど、口元がちょっとはにかんでいるではないですか!
と、いうことは?
エヴァンと仲良しになった侯爵様と、ルクブルール伯爵家や世間の事ならば何でも知っているエヴァン、それから、アンナが昨日のイモーテルとユベールの婚約式をお膳立てしていたとするならば!
「ああ!」
「ルクブルール嬢?お静かに。我が弟がいると無駄に騒ぎたくなる気持ちはわかるが、しばし黙っていてくれないか?」
私は頷くしか無かった。
これは舞台だ。
エヴァンとアンナ、それにルクブルール伯爵家のみんなが仕立ててくれた舞台なのに違いないのだ。
私は彼らを信じるだけだと胸元で両手を組んだ。
私の肩にはヤスミンの腕が回され、その腕は私を力づけていた。
大丈夫。
再会した両親に何を言われても耐える事が出来る。
私が今考えるべきことは、親友の幸せな結婚の成立だわ、そうでしょう。
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これで七章終わりになります。
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