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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
第七章 あなたのすべてが欲しい

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君のオープンシーズン

 ヤスミンは私の返答が気に入らないと言いますか、私とイモーテルがしていたと彼が考える性的な話題の内容を知りたかったようだ。


 恋をした相手のあなたですけれど、がっかり、物凄くがっかりですわよ?


「ま、まあ!女の子同士の性的な会話を知りたかったって事ですの!なんて嫌らしい人なんでしょう!」


 普段だったら言い返せば更なるぐりぐりがくるはずが、ヤスミンは、ああ!と情けない声を上げるや両手で顔を覆ってグルんと体を転がした。


 私にはヤスミンの裏側しか見えなくなった。

 一体どうした事でしょう?


「ヤスミン。」


 私はヤスミンのせいで掛布団から出る事が叶わないので、彼の肩に手を乗せるという行為の代りに彼の背中に額を当てた。

 まあ、なんて硬くて温かで、優しい鼓動のメロディが聞こえるのかしら。


「寝るな。」


「だってあなたは温かで、あなたに触れていると嬉しいのだもの。」


「そういう言葉はイモーテルから教わったのか?昨日までは俺の骨が欲しいって残虐なことしか言わなかったものな。」


「ひどい人!意味が分からないし。イモーテルが教えてくれたのは、キスをすると体がフワフワしてしまうって事と、彼女の足が綺麗だってユベールに褒められたってことね。」


「――そうか。そうだよな。ヒヨコでしかないお前じゃ、突っ込んだ質問なんかできないから、イモーテルも経験したこと全部お前に話せないか。」


 背中越しに聞いているからか、ヤスミンの声は残念そうに聞こえた。


「そんなに女の子の会話が知りたかったの?女の子が純潔で無くなる行為の事は私だって知っていますわよ。それを経験した方にどうだったのか尋ねるのは、私はとっても無作法だと思っているだけですわ。」


「君の知識を教えて欲しい。鼠を見たら気絶する授業を受けた君がどんな知識をお持ちなのか、俺はとてつもなく興味津々だよ。」


「まあ!嫌らしい。」


「マルファ?」


 性について女性に言わせるなんて、なんて恥ずかしい事をさせるの!

 でも、ここまで子供だと小馬鹿にされるのは許せません。

 私は恥ずかしさを堪え、殆ど棒読みだが、彼に性の知識を披露していた。


「男の人のお持物を女性の子供を産むための穴に入れるってお話でしょう。」


「だよな。あああ!俺は本当に無駄な働き者だよ!」


「ま、まあ!ヤスミン。」


「いいか?……お前は俺が守らなきゃいけない。それなのにお前は余計な好奇心が強すぎる。俺の予想の斜めの行動ばかりする。だから俺は不安でいっぱいだ。好奇心を満足させたいお前をフラフラさせるぐらいなら俺が、って馬鹿なことを考えただけなんだ。いや、忘れてくれ。森のくまさんは、狩猟解禁時期オープンシーズンを間違えたらしいってだけの間抜けな話らしいからな。」


「もう!本気で意味が解りません。社交界オープンシーズンは二週間後です。」


「だな。安心したよ。お前はまだ解禁されていない。」


「でも、キスってフワフワするものですの?」


「てめえ、俺を揶揄ってんじゃないだろうな?」


 まあ!怖いお声!

 でも、いつもと違って艶も何もないがさついた声だった。


 彼は焦っている?

 何に?

 私をフラフラさせるぐらいなら、俺が?


「ねえ、もしかして、私が興味持った行為をあなたが教えてくれるって事ですの?で、では、フワフワするキスも教えて下さるってことですか?」


 ヤスミンはあからさまにびくっと体を震わせた。

 彼の心臓の鼓動は太鼓を打ち鳴らしているみたいに、どどどどどと聞こえ、私はヤスミンを混乱させることができたのだと、ほんの少しだけ嬉しくなった。


 何の影響力も無いわけでは無いってわかるのは嬉しいでしょう。

 でも、恋をしてくれたわけではないのだから、嬉しさはちょっとってだけよ。


「……俺が悪かったよ。」


「逃亡なさるの?ってきゃあ!」


 ヤスミンの温かさは一瞬で消え、次の一瞬で私の布団は剥がされた。

 彼は動くときには素早く動く。

 そして私は掛布団を剥がされただけなのに、なぜか丸裸にされたような気持ちになって自分の体を両手で抱きしめた。


 布団を剥いで私を見下ろす男は、私を小馬鹿にしたようにして微笑み、私から剥いだ布団の代りのようにして私の上に乗り上げた。


「ひゃっ。」


 昨日は抱きしめられても怖くは無かった。

 軽いキスをされた時は、天にも昇るぐらいに嬉しいばかりだった。


 でも今は、怖い。


 横たわる私の体の下に簡単に腕を潜りこませ、私を左腕で抱き締めてしまった彼は、右手で私の頬を包んでいるのだ。

 さあ、これから彼のキスが私に降りかかるという風に!


 今までだってそんなシチェーションはいくらでもあった。

 でもなぜか、今は怖いと感じていた。


 私はひゅうと息を吸ったが、その音は私の脅えそのものだった。


 そして、それを合図のようにしてヤスミンの唇は私の唇へと降りて来て、触れるか触れないかの寸前で彼の動きは止まった。


「震え過ぎだ。ばか。わかったか?男を揶揄うんじゃない。」


 ヤスミンは私から体を離そうとして、私はそんな彼の体に、彼の背中に、自分の両腕を伸ばして彼にしがみ付いてしまっていた。


「マルファ?だから揶揄うなって。」


「こ、怖かったの。だから、だから、このまま。」


 私は再び抱きしめられた。

 ヤスミンはぎゅうと私を抱きしめ直し、私の肩口で大きな溜息を吐いた。

 溜息の中に、悪かった、と謝罪する言葉が聞こえた。


「ご、ごめんなさいは私の方だわ。」


 ヤスミンは戦場で部下を死なせながらも撤退しなきゃいけなかった人なのだ。

 そんな人に、逃げるの、なんて、なんて最低な事を言ってしまったのだろう!


「し、しぃ。良いから。君は悪くない。」


「あ、ああ。でも、ど、どうして怖かったの。今のあなたは怖くないのに!」


 私を抱き締める彼は、いつもの頭の撫で方で私の頭を撫でた。

 何度も、何度も。


「し、しい。怖くて当たり前だ。俺は君を脅したんだから。」


「でも、でも、私だってイモーテルがユベールにされたみたいにあなたに抱きしめられたい。でも、でも、怖いの!本当は怖いものなの?」


 私は息を呑んだ。

 頬にヤスミンの唇を感じたのである。


「大丈夫。怖くない。もう怖い思いはさせない。」


 私の鼻の頭にも彼の唇が触れた。

 いつものように額にも。

 そのキスがとても優しくて心地が良くて、私はもっとキスされたいと彼に回した腕に力を込めた。


「もう大丈夫だ。し、しぃ。怖くない。もう怖くしないから。」


 再び彼の唇は私の額に落ちた。

 いつもの優しいキス。

 いつも私はそのキスを唇に受けたいと顎を上げる。


 私の唇はヤスミンの唇によって塞がれた!


 しっかりと。


 喰らいつかれたかのように。


 でも、私は怖くなかった。


 フワフワにもならなかった。


 だって、蕩けちゃった。


 怖くは無いのに、気絶したかのように、世界が真っ白にもなってしまった。

 チョコレートの精霊にキスされている!

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