君は何も聞いていないのか?
ようやく心が通じ合った二人だから、二人でもっと語り合いたいのかと思ったが、ユベールはイモーテルの育ての両親を結婚式に連れてくると旅立ちの準備をし始めた。
ユベールは婚約者イモーテルの為には、どんな困難でも身を投げうつつもりの姿勢を身をもって証明しようとしているらしい。
だって、彼は自分の領地に戻る前に、ここから馬を飛ばして半日はかかるルクブルール伯爵家にイモーテルとの婚約成立の申し入れを先にするつもりらしいのだもの。
アランはユベールにキスするぐらいの勢いでユベールの決意を讃えた。
だけど、私は別の心配を感じた。
無理な行軍であなたが馬から落ちたら大変よ?と。
「うちを飛ばして直接イモーテルのご両親にお話を伝えたらいかが?」
私の言葉にユベールはニコッと微笑むと、私が知らなかった事実を彼は語ったのである。
「となりですよ。」
「お隣さんだったのですか?交友がありませんでしたから。」
「私は一年の半分は首都の大学に勤めておりますからね。」
ルクブルールとアフリアの領地がこんなにもご近所だったのに親交が一つも無かったことに驚いたが、社交をこよなく愛するルクブルール伯爵夫妻には学者先生は近寄りたくない変人の隣人ぐらいの感覚であったのだろう。
さて、そこで晩餐はユベール不在となったが、イモーテルとユベールの婚約をお祝いする会であるのは変わりなく、アンナによって着飾られたイモーテルはキラキラと輝いていた。
ハイウェストドレスは未婚女性には少し濃いめの薄紫色だが、彼女の目の色を映したようでもあり、彼女をとても美しく際立たせていた。
私はアンナとヤスミンの秘密の談合?を忘れ、イモーテルの婚約成立だけを大いに祝い、彼女のユベールへののろけ話を大いに聞くことにした。
盛り上げてあげなきゃ!
でも、そんな杞憂は不要だった。
侯爵までも席についていたのだ。
見惚れるぐらいに美しい男は、ヤスミンのように饒舌では無かったが、的確どころかところどころで人を笑わせる会話をされる方だった。
王子なアランもチョコレートの精のヤスミンも霞みきり、でも、その侯爵の彼なりの気さくな振る舞いはエマに向けられていたような気もする。
だって、話題がエマにこそ通じるような時代の流行話で、エマよりも年上のバルバラやアンナは初めてという風に耳を傾け、私とイモーテルは小首を傾げるぐらいのものだったのだ。
それでも晩餐は大いに盛り上がったと思い出す。
そうして深夜となり、私はベッドにごろりと横になった。
「疲れた。」
「だったらもう少し小間使いを使えばいいだろ?お前に使ってもらえないって、まつ毛が蝶々なフェリシーちゃんが嘆いていたぞ。」
ヤスミンが私の部屋に忍んでやってきていた。
結婚する気は無いのに、独身女性の部屋にフラフラ入ってくる独身男性って一体何なのだろう。
そんな風に思いながら、私はむっくりと起き上がった。
「どうした。そんな目で睨んで。」
ヤスミンは人差し指で、ぷつっと私の頬を突いた。
彼は私が子供だからって、全く意識していないのね。
「ええとね。キスをするとフワフワってなったの。それで、彼の腕の中にすっぽりと入っていて、気が付いていたら彼に横たえられていたの。」
イモーテルのセリフが蘇り、私はヤスミンをじっと見つめた。
ヤスミンは私に笑顔を返すどころか、勝手に人の家に入ってきた野良猫が、俺を見るんじゃないよ、という顔で見返してくるような表情で私を見返した。
自分に恋してくれる相手が向けてくれる目ではないわね。
「私の足は綺麗だって、褒めてくれた!」
私の足は綺麗だろうか?
私は寝間着の裾を引っ張って自分の足を見返した。
「何をやってんだ!」
ヤスミンの裏返った声!
あ、そう言えば彼が部屋にいたんだった。
私は私に諫める声を上げた男を見返した。
!!
まあ!真っ赤な顔で、見た事も無い表情をしているわ!
ヤスミンの顔はもっと赤くなるかしら?
私はもう少しだけ裾を持ち上げてみた。
「こら!」
私は少々乱暴に横たえられ、そして、ヤスミンはイモーテルをユベールが襲ったようにはならず、普通に父親のようにして私の裾を直し、なおかつ、私に掛布団を掛け、さらに、ベッドに座って私が掛布団を捲らないための重しになった。
「とりあえず、部屋を出て行ってくださる?」
「俺が何しにお前の部屋にわざわざ来たと思っているんだ。お前に大事な話があるからだよ?」
「偽造用の署名を手に入れたのでしたら、ナイトテーブルの引き出しの中に置いておいてくださいな。今日は疲れましたから、明日からとりかかります。」
「てめえ。本気で俺を揶揄っているな。」
ヤスミンは大きく舌打ちをすると、そのままごろっとベッドに上半身を寝ころばせた。
つまり、ベッドの横に座っていた人が上半身を倒したので、ベッドに寝かしつけられている私のお腹の当たりに彼の頭が乗ったという事だ。
重みを体に感じるけれど、頭がお腹に乗った時、私は衝撃も何もなかった。
ヤスミンってここまで気を使った上で無造作風な素振りをしているんだな、と気が付き、本当になんて無駄な働き者何だろうって思った。
「悪かったな。無駄な働き者で。」
私は心の声を口にしていたらしい。
晩餐のワインのせいかしら。
「アルコール入ってないワインで酔うわけないだろう。」
「まあ!お祝いなのに本物のワインじゃなかったの?」
ヤスミンは、うはあ、と変な声を上げて、私のお腹の上でごろんと動いた。
彼の頭はお腹の当たりから私の腿の当たりに動いて行き、そこが腿という内臓が入っていない場所だと気が付いたからか、彼は本格的に力を抜いた。
つまり、お腹の上にあった時の頭はお腹を潰さないように気をつけていたけれど、今はしっかりと彼の頭の重みを腿に感じるわ、ということだ。
「私に膝枕をして貰いたかっただけ?」
あ、頭が浮いた!
私は布団の中から咄嗟にヤスミンに手を伸ばし、結局も何も手など布団から出せなかったが、ヤスミンは私の動きを知って笑いながら頭を再び私の腿に乗せた。
そしてそのまま彼は静かになった。
私は彼の重みを感じているうちに、なんだか幸せな気持ちがこみ上げてきた。
重いのに、この重さが嬉しいばかりだなんて。
「――って、寝るな。」
「だって。」
「畜生、これじゃ話も出来ない。」
私の腿から彼の重みは消え、だが、次には私の真横に彼は転がったのである。
「し、親密すぎるわ。」
「悪いな。だがこうでもしないとお前は寝てしまうだろ?」
「そ、それで、あなたのお話は何なのかしら?ってきゃっ。」
ヤスミンが私の頭を撫でて来ただけであるのだが、その撫で方がいつも違うと感じる指使いであったのだ。
そう、指使い。
頭を撫でる時は手の平でだけだったのに、今のヤスミンは髪を梳く様にして指先を髪に差し込んで撫でているのである。
指先が頭皮に時々触れて押し付けられるだけなのに、そのたびに腰のあたりがびくびくっと震えるなんて。
「あ、あの?」
「イモーテルと君は大人の話をしたのかな?」
「大人の話?って、きゃあ。」
「耳のあたりはやっぱり弱いな。で、君は大人になる方法をイモーテルから教えて貰ったりしたのだろうか?」
「あ!」
私が思い出したような声を上げた事で、優しいが拷問なんじゃないかと思えるという、気持が良いのにゾクゾクを与えるヤスミンの指先が止まった。
それでヤスミンはというと、絶対に蕩ける程に美味しいと思えるチョコレートぐらいの魅力的な笑みを顔に浮かべていた。
「さあ、教えてくれ。俺は聞いているんだよ?」
「明日聞きますわ!そうね!イモーテルのシチューの作り方は聞かなきゃだったわ!レモン風味があるのにクリームシチューなんて、素晴らし過ぎですものね!って、痛い!」
「お前は!結婚式を挙げる同い年の女の子を前にして、女の子として興味があるだろう性的な事は何一つ聞いていないのか!」
ええ!彼は一体何を言っているの!




