恋の解決策はどこにでも転がっている?
「あら、大事な甥っ子でも秘密は秘密。私とマルファは、大事な大事な親友ですのよ?」
「バルバラ、あなたのその気高さに僕は惚れ惚れしてしまいますよ。ですが、デジールと同じく、同じ悪戯仲間としてあなたとお話したかった。」
「うふふ。今お話できているから良いじゃない。私は沢山の秘密に囲まれて、その秘密を全部私だけが知っている、その状況をとっても楽しんでいるのよ。」
「どんだけまだ秘密があるんだ、ちくしょう。」
「デジール。言葉が汚いですよ。ここには淑女もいるのです。」
「あ!あたしは淑女じゃないから良いよ。」
今まで黙っていたソフィが片手をハイッという風にあげた。
彼女は昨日の異国風の服ではなくいつもの少年スタイルであったが、シンプルなシャツは新品で、ウールの半ズボンは上品だったからか、普通に少年風の格好しているだけのお嬢様に見えた。
「何を言っているのかな、ソフィは。君は淑女だよ?気高くて優しい。淑女はそれを備えている人の事だ。綺麗な言葉を使って人の悪口や人を貶めようとしているだけの着飾った人達は、僕は淑女とは思っていない。」
やはりアランは王子だった。
誰もがアランの言葉にうなずき、なんて素敵な青年だと見惚れたのだ。
もちろん、可愛いソフィこそ感動した風にして頬を赤く染めていた。
ああ!ソフィって本当に可愛らしい!
同じ年齢でなくて良かったわ!
「ソフィはまだ子供だ。何を口説いてんだ。余計な触手を動かすなよ、王子。」
「あなたは!僕の言葉をそんな下世話な受け取り方しかしないなんて!なんて最低な人なんでしょう!」
「そうですよ!デュボア君は素晴らしい。彼がそんな幼気な子供に何かすると本気で思っているのですか?」
ユベールまでも正義感溢れる事を言ってヤスミンを攻撃したが、ヤスミンこそそのユベールの攻撃を待ってましたと言う風な笑みを顔に浮かべた。
「お前が言うなだよ、アフリア。それとも、お前のイモーテルはお前から見て、簡単に手を出しても良いと思った相手か?」
「貴様!私はどうでも彼女を侮辱するのは許さんぞ!」
ユベールはヤスミンを殺してやりたいという風に怒り狂って立ち上がったが、そのユベールをイモーテルは慌てて押さえた。
だが、悠々と座っていたヤスミンはゆっくりと足を組み替えた。
それから、ユベールの拳ぐらいこのままでも受けてやると言う風に、顎を上げて見下す視線をユベールに向けたのである。
「俺は聞いているんだけどね。君達の出会いをさ。君はその女性に初めて会った時、どんな風な印象を受けたのかってね。今日のこの会合は互いのなれそめを語る場だろう?そうじゃないか?」
ユベールは炎を燃え立たせていた瞳を丸くすると、ようやく血が頭に廻ったという風にしてヤスミンを見返した。
それから自分を抑えようとしていた女性の両腕が自分の体に回されていることに初めて気づいた、という風に両方の眉毛と目尻をあからさまに下げた。
「あ、ああ。興奮してすまなかった。ああ、私を止めてくれてありがとうイモーテル。君のその芯の強さに私はいつも頼ってしまう。」
「え、あの。私にあなたは頼っているの?」
「ああ。初めて出会った時は、なんて美しい人だと見惚れて、初めて君と会話が出来た時には、君は何て思いやりがあって賢い女性なんだろうと恋に落ちたんだ。ここで言うのも情けないが、私は君が十八ぐらいに見えたんだ。」
イモーテルはユベールを抱き締めていた腕を解き、そろそろとその両腕で自分を抱き締めてがくりと頭を下げた。
「じゃ、じゃあ、子供すぎて、嫌だね。」
「そんな事は無い!」
ユベールは叫び、イモーテルの両手を取った。
「私は君とああなる前にダヴァンに結婚を申し出てはいたんだよ。だがダヴァンは身分の違いを突きつけて断った。自分達の子供でさえない君が、私の世界でいじめられるのは確実だと言い切った。そこで私は意固地になってしまった。君の心を手に入れる方を先に考えてしまった。」
「わ、わたしの心を手に入れる?」
「愛して欲しかった。こんな唐変木。愛してもらえるなんておこがましいだろうが、私は君に好かれたかった。好いてもらったら、駆け落ちでもして君を自分の妻にしてしまいたかった。」
「うそ。」
「すまない。こんな結果になって。だが、こんな結果になった時、ダヴァンにもう一度頭を下げて結婚を願い出たんだよ。昨日言った通りにね、彼は許してくれた。彼も泣いて許してくれたんだよ。もう一度君を娘として取り返せるならばってね。私とあの時結婚させておけばよかったとも言ってくれた。」
「お、お父ちゃん。」
イモーテルはぽろぽろ泣いて、そんなイモーテルをユベールは、そっと、それはもう壊れ物を守るようにして抱きしめた。
「今すぐにでも君と結婚したい。ダヴァンとネリーにお祝いされる結婚式を君の為に挙げたい。」
イモーテルは育ててくれた両親をそれはもう愛している。
この言葉に陥落しないはず無いだろう。
昨日まで悩んでいた事もすべて忘れ去ったようにして、彼女はユベールに対して、はい、と可愛らしく答えたのである。
「ああ、明日にでも村に帰ろう。今週中に式を上げよう!」
「帰る、うん、帰る!でも、私はまだ淑女教育も出来ていないよ?」
「アラン君の言葉があるじゃないか!君は既に淑女なんだよ!」
「ユベール!」
二人は人目などある事を忘れ、離れ離れだった恋人として、ひしっと互いを抱きしめ合って抱き合った。
私は彼らの素晴らしき愛の姿に涙がほろほろと零れ落ちて来て、差し出されたハンカチを目頭に当てた。
「ハンカチをありがとう。鼻もかんでいいかしら?」
隣りのヤスミンがそっと私に体を寄せて、私に囁いた。
「アランのハンカチだからいいだろう。」
「アラン、ありがとう。」
ヤスミンを越えた右隣りから、アランが投げやりな声を出した。
「いいよ。差し出したのはシャンディだから。」
「そう。」
私は思いっきり鼻をかんだ。
斜め向かいのソファからも、鼻を啜った音が聞こえたと見れば、エマが軽く指先で自分の目元を拭っていた。
バルバラは完全に崩壊しており、館の執事からレースの縁取りのあるハンカチーフを受け取るところで、私はチーフ!と叫び出しそうになった。
昨夜私達を迎え入れた召使いは見覚えのある者達ばかりだったが、執事はバルバラの執事のバーソロミューだった。
けれど、今私の目の前にいるのは、若かりし頃は漆黒だった髪をシルバーグレーにさせ、若かりし頃と変わらないだろう聡明なブルーシルバーに輝く瞳を持った執事様である。
あなたこそ、ルクブルール伯爵家で私が散々にお世話になったエヴァンではないですか!
「エヴァン!」
エヴァンは一瞬だけ執事にあるまじき笑顔を私に向けると、胸に右手を当てて静かに一礼をし、それからそのまま私達がいる部屋を出て消えてしまった。
「エヴァンったら!一言くらい話してくれてもいいのに!でも、どうして昨日は姿を見せてくれなかったの!」
「彼はププリエ伯爵家の執事になったからね。現在ププリエ伯爵よりも偉い侯爵様に付き従っていらっしゃる。厳格な執事と無駄に高慢ちきな侯爵はベストカップルになったらしいよ。」
「そう。彼が幸せならそれでいいわ。親友も幸せいっぱいのようだし。」
当の親友は私の存在など忘れ、温かいだろう恋人の腕の中で、今までしっかり泣けなかった分を取り返す如く、わんわんと泣いて幸せの涙を流している。
「社交界デビューは不要になったのね。」
「結婚後も君が振舞い方を教えてやればいい。これからも親友なんだろ?」
「もちろんよ。」
でも、イモーテルが結婚したらアンナはどうなるのかと彼女を見返せば、アンナは私など見てはおらず、ヤスミンに目配せしていた。
まさか、このハッピーエンドの台本を作ったのは、アンナなの?
いえ、もしかして、きっと、エヴァンがこの場にいたということは!




