その出会い方でいいの?
「わあ!止めて!ヤスミン!目が回るよ!」
私はフェリクスの大声に中庭の方に視線を動かした。
フェリクスはジョゼとヤスミンの取り合いをしているようにヤスミンに纏わりつき、今はヤスミンに大きく振り回されて喜びの大声を上げているのだ。
「あんなにグルグルと振り回して。疲れないのかしら?」
「じゃあ僕が代ろうか?そうしたら君はデジールとお喋り出来るものな!」
私の隣にはアランが腰を下ろしていた、そう言えば。
今は中庭を見渡せるサロンでのゆったりとしたお茶の時間。
私達は各々が思い思いのソファに座り、中庭の花々の美しさを眺め、食べきれない程の山盛りに飾られたお菓子に舌鼓を打っているのだ。
しかし、この席に侯爵様はいない。
だからエマはかなり寛いだ雰囲気で庭を眺めているが、ヤスミンに振り回されて笑い声をあげているフェリクスの笑顔は侯爵様そっくりで、私は彼女が息子を通して愛する人を見つめているような気もした。
さて、母親に見つめられている元小姓の少年は、お菓子をいつでも選び放題だと知ったからか、大人しく席に座ってかしこまることを放棄してしまった。
彼は本来の子供に戻る事に決めたらしく、常に走り回り、そこいらじゅうで転がり、いままで静かにしていた分を取り戻すが如き大声で笑っているのだ。
けれど、誰も彼をお行儀が悪いと叱らないどころか、彼の生育環境や出生の秘密を知っている者が、彼を煽って傲慢にさせる教育こそ施しているふしがある。
特にバルバラとヤスミンが。
確かに、将来侯爵になるお人が、自分が人に虐げられても当たり前なんてチラリとでも思うような意識でいてはいけないだろう。
だけど私は思うのだ。
フェリクスは自分が受けた暴力に恐怖を抱いているが、自分が怪我をさせられた事にそれ程疑問など抱いていない。
その事を私は不可解だと思っていたが、それは彼自身が小姓という召使いの立場だったからじゃ無いかしら?と。
だとしたら、彼が受けるべきではない暴力を受けたのだと新たに思い知ることで、彼の内面は再び傷つかないかしら、と。
無抵抗だった自分こそ悪いって、そんな風に思わないかしらって。
「返事も無いのかい?君はデジールにご執心だものね。」
もう、アランったら。
私は当り障りのない笑顔をアランに向けたが、アランは私のその笑顔こそ気にいらないという風に鼻を鳴らした。
アランは私が彼に頼らないことと、私が常にヤスミンを目で追っていることなどで、私に私が考えている以上の鬱憤を抱いているようだ。
あなたは王子様でしょう?
「ああ!僕にはそういう目だ!デジールに向けるような憧れる目なんて一度も見せてくれない!だけど、僕は君のそういう所が好きだった。初めて会った日だって僕を特別視しなかった。ああ、だけど、今は君の視線が適当過ぎて辛い。」
「適当だなんて!それから、芝居がかり過ぎは食傷ですわよ。」
「慰めるって気も無しとは、何たる我が身の不幸!」
もう!
アランったら悩み深い青年像みたいにして、顔に手を当てて俯いてしまったでは無いですか!
そのポージングをする前の台詞は情けないものでありましたが、バルバラもソフィもエマも、そして、ユベールにウンザリしているイモーテルまでも、アランのその姿を目にした事で溜息を吐いてしまった音は私に聞こえた。
ええ!アラン様は絵になるぐらいの美しさです!
全くあなたはそんなにも神々しい方なのに、一体なぜそこまで、どこにでもいる普通の子と評判な私に恋心を抱いてくださったのでしょうか?
私はアランの気持ちを考える事にした。
初めて私とアランが出会ったのは、寄宿舎に入っての最初の冬休みに友人宅に招かれた時かしら?
泣き虫と揶揄われていたリリアーヌは、冬休みになって家に戻ったら乱暴な兄に虐められるからと泣いて、私は彼女のためにと彼女の家に数日滞在する事にしたのだ。
「ああでも、マルファ。マルファがいてくれると心強いですけれど、マルファがいなくなったらまた虐められるわ。お兄様は私のベッドに蛙をいれるのよ。」
「冬には蛙は見つからないと思いますけど。でも、ベッドにそんなものを入れられるのは嫌だと伝える事は必要ね。」
「嫌って言ってもお兄様は笑うだけよ?」
「私達もお兄様のベッドに何かを入れてあげましょうよ。う~ん、大蛇なんていいかも。同じ目に遭ったら、きっとリリアーヌのお気持ちを理解して下さると思いますわよ。」
リリアーヌは大きく見開いた目を私にして見せてから、おずおずと脅えるようにしながら私に尋ね返した。
「マルファは蛇を捕まえられるの?」
「本物そっくりに刺繍したシーツをお兄様のベッドに敷いてさし上げるのよ。リリアーヌは裁縫がお得意よね。私が図案を考えますわ。一緒に刺繍しましょう。」
私はここまで思い出して、落ち込んでいるアランを見返した。
私とリリアーヌが刺繍したシーツのあるベッドにリリアーヌの兄を飛び込ませることに成功したが、飛び込んだのはリリアーヌの兄だけでは無かったのだ。
アランとリリアーヌの兄が、それはもう素敵な悲鳴を上げたと思い出す。
「アラン。あなたと私の出会いは蛇のシーツ事件よね?男女の出会いとしては最悪じゃないかしら?」
「マルファお嬢様。その場所は出会いでは無かった事にしてください。出会いは蛇シーツ事件の翌朝からでお願いします。」
当時も今もアランの従僕をしているシャンディが、完全に私から顔を背けてしまったアランの代りに私にこっそり囁いた。
シャンディは存在を隠しての行動が物凄く上手な人だ。
アランが独立した際には、アランの執事に絶対におなりあそばされる事だろう。
そんな素晴らしきシャンディに囁かれながら私はアランを見つめていたが、アランの耳はどんどんと赤く染まっていく。
私とリリアーナは、蛇シーツ事件の翌朝の朝食の席でも、アランの可愛い悲鳴を聞くことになったと思い出した。
「シャンディ。翌朝も飛ばしてさし上げた方が良いようよ?」
「さようでございましたか。翌朝の朝食テーブルでは何が起きたのですか?アラン様の召使いの私は、ラフォン家の召使いにその朝食席の出来事は教えていただけなかったものですから。」
「大したことじゃないの。朝食メニューにウナギのゼリー寄せがあったってだけよ?ほら、蛇さんとウナギさんはぶつ切りになると似ているでしょう?まだ紳士になり切れていない少年が、前夜の恐怖を思い出して悲鳴を上げてしまったというだけのお話なのよ。」
シャンディは召使いにはあるまじき吹き出し笑いをして見せて、悩める青年だったアランは怒った顔で私を見返した。
「君は!あの時の君は優しかったじゃないか!僕とリアンがあげた悲鳴以上の悲鳴を上げてくれて、リリアーナと一緒に朝食の席から逃げてくれた。それは僕とリアンの失態を隠すためだよね?」
「いや~それは違うと思うぞ。このヒヨコはウナギが大嫌いだ。君にかこつけてウナギ朝食の席から逃げただけだと思う。」
わあ!どうしてそんな真実を!
いつのまにやらフェリクスを背負ったヤスミンが私達の傍にまで来ていて、これが真実だと言ってさも嬉しそうな顔を向けてるでは無いですか。
きゃあ、アランが再び不機嫌そのものの顔をしてしまった!




