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傲慢と高慢

「だから君は子供だって!」


「ええ、そうですわ!ですが子供でも教養はございます。あなたを侯爵様ぐらいの振る舞いがお出来になる紳士にして差し上げられます。そうしたら、身持ちの固い貴婦人とご結婚出来るじゃないです、うぷ。」


 熊男は私の両頬を片手だけで掴み、私は言葉を話すことが出来なくなった。

 そしてヤスミンは私を押さえつけ威圧しながら、侯爵は嫌いだな、と言った。


「あいつは自分の器量で女を堕とせたことが無いからな。俺は爵位と金だけで靡く女は嫌なんだよ。わかるかな?俺は男を知っている女がいい。子供には分かんないか?」


 ヤスミンは私を小馬鹿にしたようにして顎を上げた。

 そのせいで彼の目元を覆っていた焦げ茶色の長い前髪がさらっと動き、ヤスミンの焦げ茶色の瞳がチョコレートの様に魅惑的に輝いているのを見せつけた。

 私はその瞳を持つ彼の表情がとても恰好良く見える事に初めて気が付いて、すぐに勿体無いと思った。


 ヤスミンは私から手を放し、私に対して片眉を上げて見せた。

 どうだ?っていう風に。

 私も片眉を上げてから、彼を見返した。


「男を知っている女性こそ、男の方には身だしなみはきちんとして欲しいと願うものですわ。お風呂は入った事がありませんの?あなたは小汚さすぎるわ。綺麗になさればとっても素敵になるのに残念ね。」


 彼が臭いのは事実だ。

 こんなことは言うべきでは無いが、彼に子供と一蹴されたくは無く、言うべきことは言える人間と認めて貰いたかったのだ。


 私の生存権がかかっているのよ!


 しかして、ヤスミンは生意気だと怒るかと思ったが、大笑いをした。

 もし、私が似たようなことを父に言っていたら、父は私を鞭で叩いただろうに!


「何て生意気な子供だ!で、素敵になった俺が君と結婚するのかな?」


「いいえ。あなたが淑女と結婚されるお話でしたわよ?」


「君は俺と結婚を考えていない?」


「はい。それよりも素晴らしい事を考えましたの。」


 ヤスミンは鼻でふっと笑い、それもいい考えかもしれないね、なんて言った。

 彼は教養が無くとも、やはり機転が利く賢い頭を持っている。

 私は結婚相手に話し相手となる人を求めた彼の気持ちが分かった。

 そうね。

 こうして互いの考えが分かって会話が弾むのは、とても楽しいことだわ!


「分かって下さって嬉しいわ!まずあなたが素敵な方と結婚するでしょう。そうしたらすぐに赤ちゃんが出来ますわよね。私はその赤ちゃんの家庭教師になりますの。それで、赤ちゃんが大きくなって手が離れましたら、奥様の話し相手として、私が引退するその日まで雇って頂けるじゃないですか!って痛い。」


 ヤスミンが拳にした右手で、私の左のこめかみ辺りをぐりぐりしてきたのだ。


「お前は!何もしないで俺に食わして貰う算段をしているのか!」


「まあ!何もしないでって酷いですわ!奥様を貰う迄はあなたの話し相手をしてあなたを磨いてさし上げて、奥様が出来たら、奥様を最高の淑女に仕立てて差し上げます。お子様だってそうよ?どんな家の扉だって胸を張って一歩を踏み込める教養を授けてさし上げられますわ。だって私は――。」


 そこで私は言葉に詰まった。

 ルクブルール伯爵令嬢だった私だからこそ、どの家も私に扉を開き、どの家々も私を素晴らしき令嬢だと褒めたのだと気が付いたのだ。


「だって私は、どうした?俺は続きを待っているのだけどね?」


「少々自分の物言いが傲慢過ぎたと思いましたの。」


「おや、残念だ。俺は傲慢な奴は大好きだけどね。」


「私も好きですわ。うじうじしている小心者よりもはっきりしていて好感が持てます。でも、それは根拠があっての自信でなくてはいけません。空っぽな人間が傲慢に振舞うのは恥ずかしいだけだわ。」


「おやおや。君は自分には教養が無かったと認めるのかな?あれほど自信たっぷりで、俺を磨いてやると言って見せた君が?」


 ヤスミンは急にどうして意地悪になったのだろう?

 小馬鹿にしたように私に言い募った彼は、顎を上げて私を見下している。

 しかしそのせいで彼の目元は煩い前髪から解放されて、光を受けて瞳がキラキラと輝いているじゃないか。


 目元が出るとヤスミンが若返って見えるせいか、私は彼に対して敬う大人と思うよりも女学院時代の憎たらしい同級生の面影を思い出してしまっていた。

 だから私も顎を上げて彼を睨みつけた。


「オクタヴィアン叙事詩を原文で諳んじられる私に、教養が無いと?私は人は謙虚さも必要だと自らを戒めただけですわ!」


 ばあんと、テーブルが大きく叩かれた。

 ヤスミンは椅子を倒す勢いで上半身を反り返らせ、先ほどよりも大きく笑い出したではないか!


「ヤスミン?」


「うぁはははは!よりにもよってオクタヴィアン叙事詩かよ!懐かしいぜ。偉ぶった奴らが読めないとひいひいと泣いて勉強させられていた、あの古代語で書かれたオクタヴィアンか!本棚の埃を被るだけの高いだけの本か!」


「ぼ、冒険譚として最高だとわたくしは思いますわ!」


「ハハハ、確かに同感だ!ついでに言えば、兵法にも使える良書だ。」


 え、この人は読んでいたの?

 む、無学な人では無かったの?

 私が茫然と見返す視線を受けた彼は、それはもうしてやったという笑みで顔を歪めて見せた。

 まるで異国の地で謀略の限りを尽くした、我が国の始祖、英雄オクタヴィアンのように!


「いいよ。君は話していて面白い。ハハハ。お望み通り、俺を磨かせてやろう!」


「まああ!」


 私の世界が少しだけ取り戻せた、そんな気がした。

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