何気ない会話は緊張も生む
ユベールはきっとイモーテルと幸せに付き合っていた頃を思い出しながら、イモーテルに気に入られようと彼女に手渡す皿に料理を乗せていたのだろう。
一生懸命すぎて失敗したユベール。
周りが完全に見えなくなっていたユベール。
「あなたは私に何が良いのかなんて聞いてくれないのね。」
数十秒前のイモーテルの言葉を私は思い出し、バルバラが私とアランをイモーテルとユベールの対面にした理由が分かった気がした。
私とアランは気軽すぎる友人同士だわ。
ユベールに恋をしているイモーテルは、きっと私とアランの掛け合いによって自分もユベールとそんな気軽な掛け合いをしたいと望むかもしれない。
また、失敗続きのユベールは、社交界では理想の王子と名高いアランの振る舞いからイモーテルへの対応を学べと言うことかもしれない。
「アフリア子爵さま、そのお皿にもう一つお肉を乗せて頂ける?お菓子はよろしくてよ。あの子はお菓子は自分で選びたいと申しておりましたし、お菓子が無くなるわよ、と呼び寄せる事も出来ますでしょう?」
エマは流石に素晴らしい。
彼女はユベールが失敗しているどころか、自分の息子のために料理を取り置いてくれている、という状況を作ったのである。
見るからにユベールはホッとした顔をしてみせてから、フェリクスの為に大き目のお肉の塊を一つ追加した。
「これでどうでしょうか?デジール夫人。」
「ありがとうございます。」
「お礼を言うのは私こそです。」
二人は笑みを交わし、ユベールはエマのお陰で取り戻せた笑みとチャンスを今すぐに有効活用すべきだという風に、その笑みを顔に貼り付けたままイモーテルに振り向いた。
「君は何が欲しいかな?」
イモーテルはユベールに答えるどころか、唇を噛んで黙ってしまった。
どうしてそんな悲しそうな顔なのだろう?
ええと、エマがユベールのフォローをしたのならば、私こそ友人のフォローをしてみせるべきよね?
「イモーテル?このサイコロ肉は美味しいわよ?貴婦人ルールで小さなお皿に三つまでって考えると、吟味に吟味を重ねなければいけないと落ち込む気持ちがわかるわ。私はお肉が食べたいのに、きゅうりの一口サイズのサンドウィッチだけで我慢したことが何度ありましたでしょう。」
「マルファ、私のはそういう事じゃないから。」
存じておりますわ!
知っていてフォローしようと思ったのですのよ!
バルバラもアランもアンナも、一斉に私から顔を背けるとは!
そして、エマの同情溢れる視線は痛いだけだわ!
私は取りあえず別の言葉を発言しようと口を開いたが、ユベールがイモーテルの左手を右手で掴み、私には何も喋らないようにという意味で左の手の平を見せた。
むう!
「君が辛いのは全部私の責任だね。」
「私が辛いのは私は誰にもなりたくないからだよ。あなたにはみっともないかもしれないけれど、農場のイモーテルにしか私はなれない。」
「それこそ望んでいることだ!」
ユベールの大きすぎる声に、イモーテルはびくっと肩を震わせた。
そしてユベールこそすぐに小声で、すまない、とイモーテルに謝罪し、だが、それから懇願にしか聞こえない言葉を続けたのである。
「あの、私ともう一度やり直してほしい。従弟に爵位を譲っても良いんだ。それで、君のご両親の農場で君と一生暮らしたい。君が私を望んでくれるならば。ダヴァンは何も持たなくなった私を息子として受け入れても良いと言ってくれた。だから、君に言いたい。ただの男に戻った私と結婚してくれないか?」
イモーテルは自分の左手を掴むユベールの手の甲を、右手でピシャリと音を立てて強く叩いた。
ユベールは手の甲が受けた痛みではなく、見るからの拒絶を知ってイモーテルから手を放した。
「すまなかった。私は、……。」
「あた、あたしは。駄目だよ。あなたは良い人だ。きっといい子爵様なんだろう。だから子爵を止めてと言えない。それで、あたしは子爵夫人なんかできない!だから、だから!」
「だから、ヒヨコにお姫様指南をしてもらうんじゃん?ねえ、ヒヨコ?」
私はソフィの賢さに舌を巻いた。
この切り替えし、ヤスミンが彼女を可愛がる訳だわ。
「もちろんよ、ソフィ。」
私は偉そうに笑って見せると、二週間と言いながら指を二本立ててイモーテルに見せつけた。
「二週間後に社交界が始まるわ。あなたはそこでデビューをして、成功するの。それから決めればいいと思うわ。愛する人と結婚するか、育てて下さったご両親のもとに一人で帰るか。」
イモーテルは一瞬脅えた表情をして見せたが、きゅっと唇を閉じてから私に覚悟を決めた顔を向けた。
そこで私は彼女に頷いて見せてから、彼女の求婚者に顔を向けた。
あら、ユベールは怒り顔?をしているわ。
「ユベール?不満そうね。」
「もちろんですよ。私は今のままのイモーテルしか欲しくない。子爵という称号の私が農家の娘の彼女に求婚できないならば、彼女に称号を付けるか自分が称号を捨てればいいだけの話です。彼女の中身は変えたくない。」
「確かにねぇ。ヒヨコは何もできないもんね。」
「ひどい!ソフィ!」
ソフィは手を伸ばしてオリーブを一粒掴むと、それをひょいっと自分の口の中に放り込んだ。
「うわ、しょっぱい!でも、美味しい!……うわ、あとから魚味が来た!そっか、ヒヨコが嫌なのはこの後から魚風味か!」
「その通りよ。それでソフィ、その初めてのものを食べて、あなたは変わったかしら?」
「変わるわけ無いじゃない。だけど、また食べたいって思ったら、ああ!どうしよう!あたしはファルゴ村に納まっていられなくなっちゃう?」
ソフィは生意気そうに笑って見せた。
私も彼女に笑い返しながら、内心、彼女の機転に負けたと落ち込んでいた。
ソフィが私と同じ年齢だったら、絶対に私はソフィに霞んでしまっていた!
いえ、今だって、何の役にも私は立っていないでは無いですか!
「あれ?どうしてヒヨコこそ落ち込んだの?あたしはさ、バルバラとヒヨコが言っていたヒヨコの悪事を聞きたいんだけど。」
「え?」
「ほら、筆を折ったって、ええと、絵を描く事を止めたって話だよね?嘘新聞のお話よりも酷い事をしたの?それが聞きたいから私はここにいるんだよ。早く教えて!私も早くジョゼと遊びたい。」
ソフィは食事会の恋模様なんて一切興味など無いようで、最初からずっと私の悪事が聞きたいと考えて静かにしていたらしい。
ソフィの隣のバルバラは私に助け舟を出すどころかニヤニヤ笑って自分こそ暴露したそうだし、私の隣のアランは絶対に事の顛末を知っているからクスクス笑いをして揺れている。
「ええと、昼食の話題にはあまり相応しくないと思いますわ。」
「そうかな。俺はその話が聞けるからと舞い戻って来たのに寂しいね!」
私とアランの間ににゅうっと茶色の影が突き出してきた。
彼の滑らかで低い声に、私は猫の舌で背中を舐められた感じがした。
びく、ひゅう!よ。
「ヤスミン!」
ソフィは目を輝かせて叫んだ。
それから、ヤスミンを逃さないように話せ!という命令を両目の輝きを光線にして私にぶつけてきたのである。
でも、武勇伝にしちゃいけない話よ?
でも、私こそ彼をここにひきつけておきたい。




