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君のお気に召すものは?

 バルバラが社交界で人気者であるのは、彼女が美しいからでも、古き家柄の侯爵家の元令嬢であるからでもなく、金満な伯爵夫人だからでもない。

 彼女の性格が溌溂とし過ぎているからか、彼女と話す人間は誰でもウキウキとした気持ちになれるからである。


 だから、ソフィもエマもイモーテルも、彼女によって簡単に打ち解けた。

 イモーテルに対しては、傷つけてごめんなさいね、と謝ったのである。


 ただしバルバラは、イモーテルの右隣にユベールを座らせた。

 そこで、私がイモーテルの左隣りに行こうとしたが、バルバラこそその左隣に座り、自分の右隣りに私ではなくソフィを座らせた。


 そのうえで彼女は私を娘のようにして指先だけで指示を出し、私はイモーテルとユベールの対面になるようにアランを右隣りにして座ることになったのである。

 私の左側はエマとフェリクス、そしてアンナという事になる。


 しかしフェリクスは座らなかった。

 ヤスミンもここにはいない。

 それは、ジョゼという真っ白な幽霊犬が出現したからであろう。


 ヤスミンはジョゼをミネルパに預けてきたはずだったが、ヤスミンを求めてやまないあの犬は、ミネルパから逃げ出した上に私達の馬車を追いかけて来たらしいのだ。


 ピクニック会場に響く、バルバラの甲高い悲鳴。


 ヤスミンは冷静にジョゼに対処した。

 バルバラが銃殺してしまえと召使い達に命令を下す前に、ジョゼを抱き上げるや私達から離れた場所へと一目散に駆け出して行ってしまったのである。


 そんなヤスミンを見たフェリクスは、自分こそ遊びたい盛りの子供だと思い出したらしく、彼はヤスミンの後を笑いながら追いかけて行ってしまった。

 今はもう、私の視界の中で小さな点に近い姿となった彼らは、白い点をあっちに走らせこっちに走らせと、それはもう楽しそうに遊んでいる。


 ジョゼを羨ましく思う事になるなんて!


 あの子は、ヤスミンが言う通りに、本気で空恐ろしい生き物である。

 ちなみに、自分の大事な猿を殺されたからとバルバラがジョゼを蛇蝎の如く嫌っているのに対し、バルバラの召使の誰もがジョゼに優しい様子なのは、猿がトイレを覚えない生き物であったからに他ならない。


 ジョゼは彼らの毎日の苦難、猿によって館中にまき散らされる糞尿の後始末という仕事から、一瞬にして解放してくれた救世主なのである。


「ああ、今日は天気も良くて地面もカラッとしているから、素敵なピクニック日和ね。ここを会場に選んだアフリア子爵は流石ですわ!」


 バルバラはヤスミン達に一切意識を向けたく無いようだ。

 フェリクスとヤスミンの笑い声やジョゼのワンワン声が風に乗って届くや、それを打ち消すぐらいの空々しい声を上げてユベールを褒め称えはじめたのである。


 いいえ、ヤスミンが本来ならば行うはずのバルバラとの渉外をユベールに任せきりにしたのだから、これは正当な労いと言えるだろう。

 と、いうことは、この席順こそユベールに対する今回の御礼?


 私はバルバラを見返すと、彼女は物知り顔でふふんと笑った。


 まあ良い。

 私はご飯を食べよう。

 バルバラが主催者のはずなのに、並べられているお料理がお菓子の国ではなく、お肉な国という私の目を引くものばかりなのですもの。


「マルファ、君は何が欲しい?」


 私は自分の手を伸ばしかけたそこで、貴婦人ごっこの世界になれば全て男性にしてもらうことになるのだと思い出した。

 私はアランに微笑んで見せてから、一か月前のマルファだったら選びそうも無いものばかりを頼んでいた。


「角切り牛肉の煮物?と牛肉でアスパラを巻いて焼いたもの、トマト煮のミートボール、あそこの天辺に菫の砂糖漬けが乗っている白くて可愛いケーキ、それから、あの干しアンズのシロップ漬けは絶対だわ。お願いね。」


 アランは持ち上げていた小皿を一先ず置くと、新たな皿、私が頼んだものが全部載せられそうなサイズの大きな皿を手に取った。


「そんなに?いつもは三つぐらい、それも一口サイズのお菓子と小さなサンドウィッチ程度の君は嘘だったのか?」


 貴族社会は女性が食べ過ぎるのは無作法と笑われる。

 また、コルセットを無意味に締め付けているがために、胃が押されて何も食べられないのも真実である。

 今の私はコルセットをしていても常識的な締め方でしか無く、ここは社交界のパーティ会場ではなく気が置けない人しかいないピクニック会場なのだ。


「人生は短いの。食べられる時に食べなければ後悔するのよ。」


 ヤスミンが作ってくれる料理はどれも美味しかったけれど、肉と言えば鳥さんで、その他はチーズかウィンナーやハムなどの加工肉でしたの。


 純粋に、牛肉食べたい!です。


 そんな浅ましい私にアランはニヤリと笑うと、私が頼んだものを乗せた後に、私が嫌いなものを一つだけ追加して皿に乗せて手渡してくれた。

 私が皿を受け取りながら片眉を上げてアランに見せた事で、彼は笑顔だった表情を驚いたものに変えた。


 あら、嫌がらせじゃなかったの?


「グリーンオリーブは嫌いだった?」


「種の代りに塩漬けの鰯が入っていなければ好きよ。」


「魚は嫌いだった?あれ、嬉しそうに食べていた気が!」


 アランの瞳はほんの少しだけ混乱した様にしてきょろきょろし始め、瞳が落ち着くにつれて落ち込むように首が下がっていくではないですか。


 あ、もしかして、私が彼には嘘の姿しか見せていなかったと思われてしまったのかしら?

 ええと、気に入られようと演技していたって誤解された方が問題、よね?


「まああ!あなたの記憶通りですわ!私はお魚は好きよ。カリッと焼いた白身魚さんや、揚げたお魚は大好きですわ。ただ、ええと。」


「ただ?」


「ぐちゃぐちゃにされて姿を失ったのに生臭みだけ残っている魚が嫌いなの。」


「ひどい言い方!」


 アランはぶはっと笑い出し、私に渡した皿からオリーブだけを摘まんで自分の口に放った。


「ありがとう。助かったわ。」


「どういたしまして。」


「あなたは私に何が良いのかなんて聞いてくれないのね。」


 不機嫌そうなイモーテルの声に見返せば、ピクニックシートに広げられた食料の中から、ユベールがいそいそとイモーテルの為に皿に次々と食材を乗せているところであった。


 しかし彼が皿に盛るそのどれも、美味しそうでも地味な料理ばかりである。

 私が選んだ肉料理二種はしっかりと盛ってあるので、確実においしいのばかりを選んでいるようだが、確かにイモーテルの言う通りだ。


 独りよがりでは、感動どころか全く心に響くものではない。


 ユベールはピシッとかたまり、その表情は、やってしまった、と読み取るしか出来ないものであった。




2022/3/9

座り方の位置が右と左が混ざっていたので修正しました。

わかり易く時計の12をバルバラにして、そこから時計回りに、ソフィ、アラン、ヒヨコ

エマ、アンナ、ユベール、イモーテルとなります。

すいませんでした。

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