せっかくだからピクニック
「ひどいなソフィ。俺は君の為にこんなにおめかししたのに!」
「あたしは適当なヤスミンが良いんだよ!」
ソフィとヤスミンの会話に、私とイモーテルは目を合わせて微笑んだ。
彼女はこの二日だけで、随分と変わっている。
ヤスミンの家は自分で出来る事は自分で、だからこそ、彼女は落ち着いて自分の良さを表に出す事が出来るようになったのだろう。
そして、イモーテルの作るシチューは凄く美味しい。
これだけは彼女から教わらなければ!
「その服はヤスミンっぽくない!」
ソフィの怒り声が私をもの思いから引き戻した。
ソフィはヤスミンの服装が気に入らないようであるが、彼は普通に乗馬服になっているだけである。
いつものシャツにズボン、そこにツゥードのジャケットというヤスミンに見慣れている彼女には、今の格好がそもそも受け入れられないようだ。
「なんだかさ、遠い人になったみたいで。」
ヤスミンはがっかりした少女の両手を自分の両手で包んだ。
「それでいいんだよ。俺達はそれなりな距離があった方がいい。だってそうだろう?君は小煩いヒヨコたちを運搬しているんだ。馬に乗っている俺に見惚れて馬車を転がしたら大変じゃないか!」
「バカヤスミン!あんたに見惚れるか!見惚れるんだったら王子様の方だね!アランは本気で王子様じゃないか!」
アランはヤスミンと同じく乗馬服だが、黒の襟が付いたロイヤルブルーのジャケットに、革のズボンがヤスミンの黒ではなく明るい茶色となっており、乗馬ブーツも同じ色で統一している。
「ヒヨコの言う通りに、アランは絵本の中の王子様だよ!」
アランはソフィの言葉が耳に届いたからかそっと振り返り、ソフィに向けて笑顔付きで手を振るという王子様サービスを行った。
ちなみに、アランの衣服の組み合わせはアラン自身の趣味ではない。
全てアランの従僕によるもので、彼は美しきアランを誰よりも絵画的に見せることに腐心しており、献身的すぎる従僕は得難いものだからとアランは彼の好きにさせているのである。
「王子様風だからって白馬に乗っちゃう馬鹿野郎だもんな。」
「葦毛の子なんですけどね。馬の毛色もわからないなんて!」
馬上のアランはこれ見よがしにヤスミンを罵った。
アランが手に入れた時は黒っぽい灰色の子だったのが、五歳の今は白に近い灰色に色変わりしているのである。
「今は真っ白じゃねえか。」
「まだシルバーです。色が分からないなんて老眼ですか?」
「大人だから細けえことに拘らないんだよ。」
「もういいよ。ヤスミンは王子様いじめをやめてさっさと馬に乗って。あたしが馬車を発車できないだろ!」
「ハイハイ。疲れたらいつでも俺に声を掛けろよ?」
「ヤスミンは疲れないの?」
「お前が疲れて横になるときに、俺も横になって寝るんだよ。」
「馬車放置かよ。」
「じゃあ、僕が御者台に座ってもいいですか?」
ヤスミンとソフィの掛け合いに、フェリクスがさも嬉しそうな声を上げて割り込んだ。
すると御者台の二人は同時に振り返り、ダメ、と大声で言い放った。
「ひどい!僕にも馬車の操り方を教えてくれるって言ったじゃないですか!」
「お前才能無いから駄目だよ。」
「ソフィ、はっきり言い過ぎ。」
「言った方が良いって。それにフェリクスは何でもできるんだよ。あたしの特技だけは奪うなって奴。」
「奪わないよ!ソフィが格好いいから、僕も覚えたいって思っただけだよ。」
「しょうがないな。あたしの横に座れば少しは覚えるんじゃないか?」
「乗る!」
フェリクスは四つん這いになって、荷台と御車台の柵を乗り越えて御車台へとのそのそ向かった。
「いいの?エマ?」
「ええ。あんな子供めいたあの子の振る舞いは初めて。」
エマはにっこりと微笑んだ。
「よし、お前ら。馬車のみんなを頼むな。」
ヤスミンは御者台に座った甥とソフィの頭にポンと手を乗せた。
それから父親みたいな微笑みを二人に見せた。
私は彼のその顔をずっと見ていたいと思った。
私に向ける顔でなく、そう、今の子供達に向ける彼の顔を、だ。
「安心したよ。いつものおっさんなヤスミンだ。」
「失礼だな、ソフィは。俺はいつだって変わんねえよ、ばか。」
ヤスミンは先程の父親風とは違う、彼自身の微笑みをソフィに向けた。
その時のソフィの表情がどうだったのかなんて私にはわからない。
だって、馬車に座って御者台を眺めていた私達女全員、私とエマとアンナにイモーテル、が、同時に熱い吐息を吐いたのだ。
ほうって。
ああ、無精ひげが無ければ最高の人なのに!
やっぱりいつもの私に向ける顔がいいわ!
さて、馬車はそのまま発進した。
王子と暗黒騎士の先導を受けた馬車は道を誤ることも無く、計画通りに道を進んでヤスミンが計画していた場所に辿り着いたようである。
木立に入り、そこから森の中と錯覚するほどの鬱蒼としたところを少し走った先で、急に視界が開けた明るい場所に到達したのである。
これぞ、ピクニックに最適な場所。
色とりどりの大きなパラソルの傘が見え、明るい敷物が緑の地面を飾るように敷き詰められている。
その風景を守るようにして大きな馬車が何台も止まっていた。
ラブレー伯爵家の紋章と、角のある甲虫と盾にブドウという初めて見た紋章、恐らくアフリア子爵家のものだろう、のある馬車たちだ。
「流石だな、アフリア!」
「どういたしまして、ププリエ。」
「ユベール。昨日からあなた一人にお任せしてしまいましてすいませんでした。でも、デジールではなくあなたという信頼のおける人にしか露払いは任せられませんからね。」
ヤスミンの声に応答するユベールの声。
そこに続くアランの言葉で、ユベールが一人でラブレー伯爵夫人と繋ぎを取り、この会場を設営していたのだと知った。
「あら?あなたのユベールはあなたの為になら何でもするようよ?」
イモーテルは私に顔を歪めて見せたが、頬は彼女の意思に反して嬉しいと仄かに赤く染まっていた。
「ここで終わりかな。あの馬車にヒヨコたちが乗って移動になるのな?」
振り向いたソフィは寄る辺のない寂しそうな顔を見せており、私はソフィの言葉に初めてハッと事実に気が付いたのである。
ラブレー伯爵領はここから遠すぎる場所だったわ、と。
一晩駆けてもユベールが辿り着けない遠くじゃないの、と。
「それにしても、ププリエ。ラブレー伯爵のマナーハウスと言っていて、君のマナーハウスだったじゃないか!」
「俺がヒヨコ発見って手紙を送ったら、彼女が使っていない俺のマナーハウスに押しかけて、自分のマナーハウス状態にしてしまったのさ。気を付けろよ、アフリア。バルバラは押しかけたそこを自分の家としてしまう魔女だからな。」
「まあ!聞いた?ソフィ。あなたがお役御免になどなりはしないわよ。別の馬車にどうぞと言われても私はあなたの馬車に乗り続けるわよ?あなたの馬車は酔わないもの。」
「まあ、そうですわね。お嬢様。確かに此方のお嬢様の操作される馬車は揺れなくて快適でしたわね。」
私に振り向いていたソフィは、にやっと笑顔になると、隣に座るフェリクスに声をかけた。
「降りたら、あたしらもピクニック楽しもうか?ピクニックだったら、あたしらが見た事も無い貴族様のお菓子があるんだよね。」
フェリクスはびくりと震えた。
自分自身を抱き締めていた。
あ、そうだ!
ププリエ伯爵のマナーハウスは彼が虐待された場所だった。
私はエマを見返したが、エマこそ血の気を失った顔をしていた。




