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さあ出立よ、馬車に乗りましょう?

 ヤスミンはいつも荷馬車を操縦しているソフィの為に、生成りの布の幌で上部が覆われているだけの荷馬車を用意した。

 けれど、ヤスミンマジックによるものか、側面が水色で塗られているだけでなくお花もペイントされているという可愛らしいものとなっている。


「サーカスの興行馬車だと勘違いされそうね。」


「君というヒヨコは猛獣並みだから、俺は猛獣使いな気持ちでもあるな。」


「もう!」


 両手でヤスミンを突き飛ばすと、彼はふざけてよろけながら笑い声をあげた。

 そして私の左手を取ると、馬車の後部にある乗降口に私を誘ったのである。

 小さな階段の横にヤスミンは立ち、私の左手を自分の左手に置かせ、私が転がり落ちても大丈夫なように右手は私の背に当てているという格好だ。


「君の見立て通り、単なる荷馬車なんだ。クッションは沢山置いてあるから好きなように転がって寛いでくれればいい。目隠し幌もあるからね。さあ、人々の見本になるマルファ嬢よ。最初の一歩は君にお願いしたい。」


「わかったわ。私が乗りこめば他の皆さんも安心されるって事ね。」


「その通り!君が適当に転がってくれれば、みんなも君を真似して喜んで転がってくれる。そうそう、乗り心地については忌憚のない意見が欲しい。我慢されて体調を崩された方が事だ。」


 私は馬車の中を覗き込み、人数分どころでないクッションの数に毛布の数々があることで、私はヤスミンの左肩をポンポンと右手の指先で叩いた。


「大丈夫って事はわかるが、指でポンポンじゃなくて口で言ってくれ。」


「まあ!ごめんあそばせ。」


「俺にこんな振舞いをするのは母方の祖母やバルバラやら、年配の女性ばかりなんだよ。五歳か六歳ごろに戻った錯覚になる。」


 私は彼の慰めになるようにと、指先で彼の肩をポンポンと叩いた。


「お前は!」


「乱暴な言葉遣いはいけませんわ、坊や。ってきゃああ!」


 ヤスミンは空の右手で私のお尻を思いっきり叩いたのだ。

 私はお尻を押さえながらふくれっ面を彼に見せつけ、不機嫌な様で馬車の中に突撃するようにして乗り込んだ。


 もう!あの人ったら!


 御者席近くの場所に陣取って座りこむと、そのすぐ後にクスクス笑いと一緒に誰かが乗り込んできた音が聞こえた。

 エマだ。

 エマは瞳と同じ深緑のドレスを着ていて、フェリクスは貴族の子弟のような襟首にリボンが付いている白いシャツに紺色のジャケット、そして茶色の半ズボン姿という格好だった。


 彼女は息子によってエスコートされながら乗り込んできて、だが、息子の方が馬車の内部の様相に驚いた顔をして周囲を見回していた。

 外からは単なる生成りにしか見えないが、乗り込んだ途端に太陽の光によって幌に透かしが入っていることに気が付くのだ。


「これはヤスミンの趣味なのかしらね。星や月の透かしが素晴らしいわ。」


「そ、そうですね。僕が侯爵家で与えられていた部屋のカーテンみたいで驚きました。レースは薄い水色で雲と太陽の刺繍があって、夜に閉める分厚いカーテンには金色の糸で月や星々が刺繍されていたんです。」


「まああ!素敵なカーテンのあるお部屋だったのね。」


「はい。侯爵様の部屋の直ぐ隣の大きな部屋を頂いていました。」


 私はフェリクスの言葉に驚いていた。

 母親であるエマこそそうだろう。

 だって、普通、お小姓の部屋はそんな特別なカーテンにしないわよ?

 主人の部屋の続き部屋を与えられていたとしても、主人の寝室のすぐ隣となる普通の客間を召使い用に用立てたりしないわよ、と。


 ヤスミンはフェリクスよりもエマを侯爵が手に入れたがっていたという風な言い方をしていたが、実は、侯爵様はフェリクスこそ手に入れたかったのではないだろうか?

 本当は三人でお暮らしになりたかったのでは無いのだろうか。


「フェリクス。あなたは侯爵様の元に帰りたいのかしら?」


 エマが息子に尋ねる声は暗く、私と同じことに思い当たったように感じた。

 しかし彼女の息子はあっけらかんとした顔で首を横に振り、私の向かいとなる御者席に近い場所に腰を下ろして羨ましそうに御者席を眺めはじめた。


 異国のお姫様のような格好をしたソフィがそこに座っており、彼女がこれから御していく馬はいつもの彼女の相棒では無かった。

 レニの農場にはいない、とても体の大きな馬である。

 その真新しい馬車というか、馬をソフィは二日で意のままに御せられるようになったそうで、ヤスミンの方がソフィに舌を巻いていた、と思い出す。


「いいなあ。僕も馬車を御してみたい。」


 私とエマは顔を見合わせ、遊びたい盛りの子供には贅沢よりも冒険だったと、口に出さないが共通意識でにっこりと笑い合った。


「あの、私もお近くに座って良いかしら?」


 金色の輝きが馬車の中に潜り込んで来た。

 イモーテルは水色と生成り色のストライプ模様となったハイウェストドレスを着ており、襟ぐりで切り替えられた白い布地は喉元を隠しているので、彼女はとても深窓のお嬢様にしか見えなかった。


「もちろんよ。」


 私は笑い、エマは私の隣に座るのを止めて息子の隣に腰を下ろした。


「あら、私が追い出してしまいました?」


「いいえ。幼い息子と離れたがらないのが母親ですの。」


 私達は微笑み合ったが、当の幼い息子君はとても嫌そうに顔を歪めた。

 僕は赤ちゃんじゃない、声を出さずとも誰もがその言葉を聞き取っていた。


「私は悪戯娘達を監視できるように向かいの奥に座りますわね。」


「まあ!アンナったら酷い!」


 馬車の後部に腰を下ろしたアンナは、腰を下ろすやそこに固まっている沢山のクッションに身を沈めた。

 いつもの侍女の黒っぽい茶色ドレスで、彼女が殆ど横たわったことで馬車のその一角だけ暗い雰囲気となった。


「具合が悪いの?アンナ!」


「数枚の下着以外を持たないでラブレー伯爵家にご厄介になるなんて、そんな礼儀知らずな行軍をしようとしてる私達ではないですか。眩暈どころではありませんことよ。」


 私達は一斉に笑った。

 私達の馬車の後ろにはアランの召使が乗った馬車が続くが、そこには私達のお道具として数日分の下着だけつめたそれぞれの鞄も乗せ込んである。


 今日の建前上の目的は、ピクニックである。

 ピクニックの行き先で、ラブレー伯爵夫人に私達は出会い、そして彼女に誘われるまま何も持たずに彼女の家にご厄介になる、そういうシナリオなのである。

 私とイモーテルの評判と体面を取り繕うための仕掛けであるのだ。


「本当に彼は私達の事を考えて下さっているわ。」


「彼はあなただけだよ。マルファ。そのドレスは似合うよ。」


「ありがとう。」


 私はヤスミンがヒヨコドレスと呼んでいる、彼に初めて会った日の黄色のドレスを着ている。

 私がこれを着てルクブルール伯爵家を出たのだから、この服でラブレー伯爵夫人を尋ねていなければおかしいという理由からである。


「でもがっかりよ。結局あのお帽子を今日かぶれないのですもの。」


「ハハハ。ラブレー伯爵夫人宅に辿り着いたらいくらでもって、ヤスミンは言っていたじゃないか。それに、あなたが今すぐにでもお願いすれば、あの帽子ぐらいかぶらせて貰えるのじゃないの?」


「まあ!そう思います?」


「思うよ。ヤスミンは――。」

「なんかがっかりだよヤスミンには!」


 ソフィの大声が上がり、私達は一斉に御車台のソフィへと首を回した。

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