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智将ヤスミンと悪辣なヒヨコさん

 ポーラ、もといフレイルは、どんな戦場でも、どんな混乱した情勢においても正確な情報を携えて戻って来る優秀な情報兵であるそうだ。


「悪いねえ。旦那の方が一枚上手だったよ。可愛い新兵はとっくに旦那に手なずけられて、旦那の言う事しか聞かない兵士におなり遊ばされていたよ。」


 出て行った数十分後にユーリアの薬屋に戻ってきたフレイルは、開口一番に残念なお知らせをはすっぱな口調で私達にしてくれた。

 続けて彼が言うには、ソフィは既にヤスミンによって水色の馬車を与えられており、今はその馬車の操縦の練習をヤスミンとしているのだそうだ。


「この馬車の安全は君の腕にかかっている。この地を出発し、この地に戻るまで、この馬車の責任を君に任せるがいいかな?お任せください!大佐!」


 ヤスミンの台詞はもったい付けた口調でフレイルは再現し、それに対するソフィの返答は可愛らしく、また、敬礼の振り付け付きで演じてくれた。


 ミネルパとユーリアは、思いっ切り諦めの溜息を吐いた。


「あの無駄な働き者め。」


「ヒヨコをあたしたちの煙幕に使っていたとは!」


 つまり、私がうろちょろしていたせいで出遅れた、という事なのでしょうか。


 私こそ邪魔者だったのね。


 がっかりとした私の肩に柔らかで冷たい手が乗り、私はその感触に顔を上げれば、イモーテルが元気づけるように微笑んでいた。

 この人は最初の印象と違い、とても優しい人である。


「あなたはお優しいのね、イモーテル。」


「そんなことないよ。マルファが伯爵令嬢のままだったら、ヤスミンは逃げる事なんか考えなかったかな?って思ってさ。そのままだったら良かったなって思ったんだ。だから、ごめんねって感じ。」


「そんな!こんな状況になったからこそ、私はヤスミンに出会えたのよ。あなたも伯爵令嬢におなりになったのだから、子爵と縁を結ぶことも出来るようになったのではないですか!あなたが謝る必要なんてなくてよ!」


「うん、でもさ。ユベールはあたしが農家の娘のままだと結婚できないって奔走したって話だけどさ。でもね、あたしは農家の娘のままでもユベールに結婚して欲しかったんだ。育ててくれた父ちゃんと母ちゃんにお祝いされながら教会で誓いの言葉を言いたかった、よ?」


 私の涙腺は崩壊するどころじゃない。

 イモーテルを抱き締めて、叫んでいた。


「あなたの結婚式はあなたのご両親を絶対に呼ぶのよ!そうよ!この程度でくじけちゃいけないの。幸せになる時は妥協しちゃいけないの。ソフィが駄目ならば、別の方法でヤスミンを逃がさないようにすればいいのだわ!」


「な、なんか策があるの?マルファ?」


 私は策はまだないと答えようとして口を噤んだ。

 イモーテルの肩越しで、フレイルが暑くなったと言って真っ赤な髪のカツラを脱いだ姿が目に入ったのである。

 その光景で私は打開策が突然に思いつき、自分の涙を指先で拭うと、心配そうな顔をしているイモーテルに微笑んで見せた。


「マルファ?」


「ラブレー伯爵夫人は戦争反対の方なのよ。大事な甥っ子が心配でたまらないっておっしゃっていた事があったの。ラブレー伯爵は貴族議員の方でもあるし、フフ、そこから揺さぶりを掛ける事にするわ!」


「なんと!ヒヨコとは思えないあくどいセリフを吐いて来たよ!」


「悪意なく笑顔で人をやり込める事が出来るのが、我がお嬢様ですわ。魑魅魍魎が蠢く社交界でさぞ見事に振舞われたはずでございましたのに、なんと勿体無い事でございますか!」


 イモーテルではなく、ミネルパが驚きの声を上げてくれたが、そんなミネルパを安心させる?ためにアンナが声を上げでくれた。

 だが、アンナが私をそんな風に見ていたとは、少々悲しいものである。


 ほら、私が抱きしめていたはずの純粋なるイモーテルが、すすすと私から逃げてしまったでは無いですか。


「あなたがその伯爵夫人に気に入られていることはヤスミンから聞いていたわよう。でも、その伯爵夫人はヤスミンを頼ってもいるのでしょう?あなたはどうやって揺さぶりをかけるつもりなの?」


 ユーリアは水の精のような純粋そうな顔をして尋ねてきたが、彼女の目の輝きは湖の底に人を引き込む悪辣な妖精の輝きがあった。


 私の返答に期待しているのだろう。


 彼女の期待に応えられる突飛な答えで無い事を申し訳なく思いながら、ラブレー伯爵夫人を確実に篭絡できる方法を告げていた。


「ポーラのお店の帽子をプレゼントするのよ。お願いを聞いて下さったら差し上げますわよってバルバラ様を揺さぶるの。」


 フレイルは私を見つめ返すと、真面目な顔をして見せた。

 そして、子供に言い聞かせるようにして私に話しかけてきたのである。


「ひよこちゃん。あたしの帽子は趣味が悪いと評判よ?」


「まあ!まああ!蝶々が飛んでいたり、お花畑みたいに沢山の造花が乗っていたりと、あなたのお店のお帽子は素敵なものばかりではございませんか!」


 フレイルはにっこりと私に笑いかけた。

 それから私の頭を子供にするように撫でてくるではないか!


「な、なんですの!私は何か変な事を言いましたか?」


「ヒヨコ、フレイルは帽子のデザインを褒められた事が無いんだよ。あれを頭に乗せる度胸はあたしでもないねえ。」


「そうねえ。愛してはいるけれど、フレイルのデザインは突飛すぎてねえ。」


「まあ!そんな!夢のある素敵なものばかりじゃないですか!」


「う、まあ、そうでしょうけれど。ほら、気軽に試すには高すぎるし、ねえ?」


 この町に来たばかりの、ガルーシに襲われたあの日、ヤスミンは怖い思いをした私の為に顔を隠せるレース付きの帽子を買ってやると言った。

 私はその申し出を遠慮するべきだろうが、ポーラの帽子店に入ったそこで、絶対に何か一つは手に入れたいと思った程の素敵な帽子だらけだったのである。


 そこで、選びに選んで喜んでヤスミンに買ってもらったのに、そのお帽子は私のクローゼットに何時まで経ってもやって来ない。

 それは、高いから買っていなかった、から?


「高いお値段だったなんて知らなかったわ。あ、それで私のお帽子が見当たらないのね!ヤスミンは片付けておくって言ったそのままなの!返品しちゃったのかしら?ああ!残念だわ!とっても素敵なお帽子だったのに!って、きゃあ!」


 私はフレイルに持ち上げられていた。

 華奢な女性ぐらいの少年のような体つきの人であるが、やはり男の人なのだと、彼に軽々持ち上げられながら思った。


 そして彼は私をぎゅうと小さな子供を抱くように抱きしめると、笑いながら歩き出したのである。

 私は不安定な状態にきゃあとなって、落ちてしまわないようにとフレイルの首に両腕を回してしがみ付くしかない。


「フレイル、ヒヨコをどこに連れていくの?手を出したらヤスミンに銃殺されるわよ?」


「あたしのお店で伯爵夫人に贈る帽子を選んで貰うのよ。あたし、帽子屋さんで当ててみたいっていう夢があるの。恥ずかしながら!」


「まあ!素敵ですわ!バルバラは絶対にお気に入りになって、ご自分で首都のお友達の皆様に宣伝して下さること間違いなしですわ!」


「きゃあ、嬉しい!では、宣伝費としてただで差し上げましょう。」


「いいえ!ちゃんとバルバラにお支払いいただきますわ。私は素敵な帽子を買うチャンスをバルバラ様に差し上げるだけですもの!」


 私を抱えているフレイルはそこでガハハハと豪快な笑い声を立てた。

 そして、私の頭をポンポンと撫でたのだ。


「大佐が手放せないはずだよ。ひよこちゃんは面白すぎる!」


 私は再び動き出したフレイルにしがみ付き直したが、彼にしがみ付かなければ心の中で羽ばたいた鳥によって空に飛んでしまいそうだった。


 大佐が手放せないはず?


 なんて素敵なセリフなの!

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