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女達の策略

 私にヒヨコでいろとミネルパは言った。

 だけどそれは、存在がフワフワしている私だからこそ、ヤスミンがブランへの愛を私に投影できるから、ということなのだろうか。


「ひ、ヒヨコだから、私がブランの記憶を消さないってヤスミンに思われているって事ですか?だから、ブランの私物を私が触っても構わないって思われたのでしょうか?」


「私物?そんなのは残っていないよ。あの部屋は空っぽだった。あたしらが空っぽにしたんだ。自分の私物は何も残さないでくれってブランの遺言でね。家具やら何やら引き取って、使えないものは燃やしたよ。ひと月前に戻ってきたヤスミンは、自分があの部屋を使うつもりで家具をあそこに入れ直したんだ。」


 まあ!あの異国風の家具は全部ヤスミンの趣味だったと?

 それで、扉の装飾のゴテゴテしさと内部の家具の雰囲気が違っていたの?

 女性的な優美さも感じられるあの家具達は、全部、彼が選んだものだった?


「まあ!でもお使いになっていないってことは、やはりあの部屋をお使いになるのはお辛かったのでしょうね。」


「そう。基本甘ちゃんの寂しがり屋なんだよ。あいつは。階段の上り下りはあの足にはきついし、あの部屋に一人でいるのは寂しかったんだろう。それでも馬鹿みたいに一人でいる事に拘っているあいつが、あんたをあの部屋に入れたんだ。他にも使える部屋が沢山あるというのにね。だから、マルファ。あんたはあいつの為にヒヨコのままでいるんだよ。」


「ええ!ヒヨコのままでヤスミンを落とすなんて無理です!どうしたらいいのですの?私だってヤスミンとキスはしたいですもの!」


 ミネルパは私を自分から引き剥がし、頭を子供にするように撫でた。

 それからヤスミンが私にするように私をほいっと放るとアンナの腕を掴み、私がイモーテルを店の隅に連れ込んだようにしてアンナを私がいるところとは違う店の隅へと連れて行ってしまったではないか。


 アンナはそこでミネルパに何かを囁かれると、ミネルパに対してそれはもう悪そうな笑みを彼女に返したのである。


「了解ですわ。」


「責任を取らずに首都に逃げてしまわない重石を用意するからね、大丈夫だよ。ちゃんとソフィに言い聞かせておく。ヤスミン自身に家に送り届けさせろってね。それであいつがクラルティに戻って来たら、あたしらがちゃんと首に縄を付けてやる。」


「まあ!心強い。では、もしもの際は頼みます。私は、ええ、お嬢様が以前のようなお暮しが出来れば、お相手がひよっこだろうが、ジャッカルだろうが、ええ、ええ!全くかまいませんことよ。」


 私の腕に細い腕が絡められた。

 わかるわ。

 私の為の相談事なんでしょうけれど、私もミネルパとアンナが怖い。

 私達の目の前で私を売り出す秘密の計画を練り上げていた彼女達は、いえ、ミネルパは、店に閉店の札を下すと私達を連れて町の魔女の店に向かった。


 魔女の店とは、ヤスミンが苦手としているユーリアの薬屋だ。

 同じ並びにある帽子店は閉店しており、ユーリアの店も閉店して鍵が掛かっているようだったが、ミネルパは合いカギを持っていたらしい。

 当り前の様に店の扉の鍵を開けて、私達を店の中に押し込んだのである。


「まあ、いらっしゃい。ご用命はなんでしょう?その気のない男を一瞬でホットにしちまえるクスリをご所望かしら?」


 水の精のような上品な外見の店主である女性が、私達の来店を知るやゆらりと店の奥から姿を現して、とっても下品な言葉を吐いた。


「バカ言ってんじゃないよ。いや、必要かな。それを二包と、今すぐソフィを呼び出して欲しい。いるんだろ?ここにポーラが。」


 ユーリアは舌で妖艶に自分の唇を舐めると、店の奥に声をかけた。


「フレイル。お呼びだよ。」


 店の奥から帽子屋のポーラが出てきたが、真っ赤な髪の毛が消えた代りに、ほとんど坊主に刈り取られた金色の頭をしていた。

 それだけでなく、ポーラは女性の下着をつけてはいるが、体つきは少年にしか見えない筋張ったものであるのだ。


「ああ~。ユーリアのせいでぐらぐらだ。あたしは馬に乗れるかな。」


「フレイル、あんたは元情報兵だろ。頼むよ。ソフィを連れて来てくれ。」


 ミネルパに背中を叩かれたフレイルと呼ばれたポーラ、彼?は、首をゆっくりと回すとユーリアに渡された衣服を身に着け始めた。

 ポーラが最終的に身に着けたのは、生成りのレースブラウスに、膨らんだスカートにしか見えないズボンだった。

 そして彼は忘れものだと投げつけられた赤毛のカツラを被り直すと、私達に軽い投げキッスをしてから薬屋を出て行った。


「え?」

「え?」


 私とイモーテルが同時に疑問符を口にしたのは当たり前だろう。

 そして双子のような素振りでミネルパを見返すと、彼女は軽く肩をすくめて見せながら、簡単な種明かしをしてくれた。


「フレイル・イーロ。彼はヤスミンの元部下だよ。変装して異国にて様々な情報集めて走り回っていた子なんだけど、女の格好が好きで女として生きたくなったそうなんだよ。なんかあった時はヤスミンよりも頼りになる良い子だよ。」


「そうそう。よく気が付くし、私のベッドも温めてくれるからねえ。あの子は大事なクラルティの一員だね。」


「まああ!ヤスミンは皆様の弟分だったそうですけれど、ヤスミンも皆様のベッドを温める係をしていましたの?」


 あれ、どうして私以外の人達は私を一斉に見返して来たのだろう。

 私は何か間違った事を言ってしまったのかしら?


「だって冬になるとベッドに温めたレンガをいれてくれるものじゃないの!」


 私は彼女達の無言の視線が突き刺さるばかりが耐えられなくなり、必死になって別の話題を頭から探すことにした。


「そ、それで馬って。フレイルさんはあの貸し馬屋の馬をお使いになりますの?」


「そこにヤスミンとフレイルが自分の馬を置いているんだよ。」


「ヤスミンは新しい子にようやく乗るようになったわね。ヤスミンはレニの所の駄馬に乗るばかりだったから、フレイルがヤスミンの代りに新しい子の運動もさせていたのよ。それが使うようになったから、もう乗れないやってフレイルは残念がって嘆いているの。」


「まあ!首都で買われてようやく届いた子では無かったのですの?」


 ユーリアは私を再びじっと見返してから、諦めた様な大きく溜息を吐いた。


「ゆ、ユーリアさま?」


 私に助け舟を出してくれたのは、町長のミネルパだった。

 助け船どころか、本気で呆れているような声音だったが。


「ヒヨコ。あいつが首都からここまでどうやって来たと思っているんだい?」


「まあ!それではどうしてようやく届いた子だなんて嘘を!」


「フレイルは最高の馬だって言っていたわ。前の馬と比べ物にならないぐらいって。だからそれを一番よく知っているヤスミンは、前の馬の為に義理立てていたのでしょうね。馬鹿なのよ、あの子は。今の馬を褒めたって、あの子の命を守って戦場を駆け抜けた前の子の凄さが消えるわけなんか無いのにねぇ。」


 私は遠い目をして馬を撫でていたヤスミンを思い返した。

 彼は独り歩きをした私が心配で、あのオクタヴィアンを引き出したというの?

 私が彼のタブーを彼に破らせたって言うの?


「まあああ!」


「分ったかい?ヒヨコ。お前がヒヨコのままでいた方が良いって理由がさ。それで、お前がヒヨコのままでいられるように、ソフィを呼び出したからね。あの子と一緒にヤスミンを捕まえるんだよ?」


「私こそソフィをラブレー伯爵領に連れて行ければと考えておりましたが、ソフィに何を託されるおつもりなんですか?」


 ミネルパとユーリアは顔を合わせてから、私を再び見返して来た。

 二人ともどうしてわからないの、という顔付だ。


「ソフィをちゃあんとお家に返さなきゃ、アドリナが黙っていないだろ?それでもってヤスミンはソフィに甘い。ヤスミンが送り届けてくれなきゃお家に帰らないってソフィに言わせれば、あいつは不貞腐れながらもちゃんと送り届ける。」


「納得しましたわ。」


 笑顔で答えながら、ソフィが十二歳で良かったなって思った。

 同じ十六歳だったら、本気で私は彼女と戦わなければいけなかった、かも。




お読みいただきありがとうございます。

最初に町に出てガルーシ一味に囲まれた際、帽子屋に行きなさい、とヤスミンがマルファに囁いたのはこれが理由です。

そして、ヒヨコさんはちょっとどんくさくて足が遅いので、見事に人質になりました。

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