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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
第五章 新たな明日に向かって

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空っぽでいたいと望むヤスミンの過去

 私は淑女にあるまじき言葉を口にしてしまった。

 イモーテルに対して、ユベールと本当のキスをした時にはどんな流れだったのと尋ねるなんて、なんてデリカシーが無い恥ずべき女なのでしょう。


 でも私はどうしてもヤスミンから離れがたいの。


「ちょっと!あんたは、……したいの?」


 私に呆れ顔をして見せたイモーテルは私を叱りつける声音を出したが、すぐに、私の事を想っておずおずと尋ね返してくれた、とは!


「だって、ヤスミンは私をアランに託そうとしているのよ?」


「嫌なの?あいつは誰よりも良い人じゃないか!す、すごくハンサムだし。あ、あたしのことは虫を見るような目で見ていたけどさ、それは出だしから仕方が無いっていうか、だから良いんだけどさ。今朝はそんな目で見ないでね、自分が失礼だったなんてあいつは謝っても来たんだよ。良い奴だよ?あたしこそあいつに嫌われるように振舞っていたというのにさ。」


「まあ!そのように振舞われていたなんて!あなたはやはりユベールを愛していらっしゃるのね。それならわかって下さいますよね。アランはとても素敵な方ですけど、ヤスミンを選んでしまった私の気持ちを。」


「わ、わかるけど。」


 イモーテルはすまなそうにして私からそっと目線を外し、さらに彼女に言い募ろうとした私の肩は、後ろからグイっと強い力で掴まれた。


「わかるけど、あいつは結婚しないよ。あんたの身の上を考えたら、あいつのことはキレイにあんたの中で終わらせたほうがあんたのためなんだよ。」


 わあ!

 せっかく店の隅っこに逃げたのに、ミネルパさんもアンナも追いかけて聞き耳を立てていたなんて!


「どうしてですか?ヨタカ亭のクラリスが言っていたように、恋人になったら遊ばれてお終いだからですか?でも、失恋するなら、誰かのものになりなさいって送り出されるより、恋人になって振られる方がいいわ!ずっとおそばにいられると思ったから、子供のままでいたいと思っていたけれど!こうして他の男性に差し出されるなら、恋人になって振られたいわ!」


 ヤスミンとキスをするって考えたら、私の頭の中はそれ一色になっていた。

 昨晩も今朝も、彼の腕の中で私はもっとと願ったけれど、それは彼とキスがしたいって事だったのに違いない。

 きっとこのまま何もなくって、ヤスミンにあっさりと手放されたら、私はずっとヤスミンを想っているし何も思い出が無い事にこそ後悔しちゃうだろう。


 私は自分の頬に流れる自分の涙を感じ、両手で自分の顔を覆った。

 するとミネルパは、彼女の優しい胸に私を抱きこんだ。


「全くあんたは子供だね。あんたはそのままでいておあげ。それでね、アランや他の男性に目を向けるっていい事だよ?あいつは本当に結婚を望んでいない男なんだからさ。」


「ヤスミンの傍にいられれば、私は結婚して貰えなくてもいいの。」


「あいつが結婚しないのは、自分が長生きするつもりが無いからだよ。呼ばれたらいつだって軍に戻るつもりだ。あたしらこそそれが嫌だからさ、首都に戻って浮ついた生活をしろって叱るんだけど、駄目だね、あいつは。ブランが生きていたら少しは違ったかねえ。」


「ブランはお母様みたいな方でしたものね?」


「お母様か。あいつがそう言ったのかい?」


「違うのですか?私はそう思い込んで、あの、すごく大事な方だったことはヤスミン様の口調からわかっています。自分の為にオレンジの木を植えてくれた人だって懐かしそうにおっしゃっていました。」


「ああ、そうだね。ブランはヤスミンの為になら何だってした。五年前に死んだときは三十二歳か。私には親友であって娘みたいな奴だったよ。若い身空で娼館の女主人になれるぐらいの怖い女だった。ひよっこのヤスミンはブランのお陰でいっぱしの男になれたのも事実だからさ、やっぱり母親かねえ。」


 私は足元がガラガラと崩れていった気がした。

 母親にできなかった看病が出来たって言葉で勘違いしていた。

 いいえ、女主人というイメージで年配の女性の事ばかり考えていたんだわ。


 彼には愛している人がいる。

 最初から私の想いなど届くわけ無いのだわ。


「そう。愛し続けている方がいるから、ですね。」


 私の存在こそ彼の人生の邪魔なのか。

 彼は愛する女性のよすがを想い、静かに鎮魂していたかったというだけなのか。

 失った大事な人を忘れられないから、短い人生を望んでいるというの?


「普通の女と男の愛というよりは、戦友に近いと思うよ。ブランは自分が娼婦だって事はわきまえすぎていたからさ、ちゃんとヤスミンと一線は引いていたよ。それでね、ヤスミンが戦場に戻りたいのは、自分のせいで沢山の戦死者を出したと思っているからだよ。」


「そんな!戦争で誰かのせい、なんて!」


「あいつの爵位のせいなのは確実だね。」


「爵位、ですか?」


「二年前に外国暮らしの伯爵が戻って来て、ヤスミンの従姉に大怪我をさせた。その顛末は知っているね?」


「はい。」


「その糞伯爵が死んだのは一年近く前だ。結果、前線にいたヤスミンは大事な侯爵位を継ぐ伯爵様とおなりになったからと後方に戻され、ヤスミンが指揮していた部隊が無能な指揮官のせいで敵の餌食にされてしまった。ヤスミンは敵のど真ん中に取り残された兵を助けに戻ったそうなんだよ。それで、半数はヤスミンのお陰で逃げる事が出来たけど、残りの半数は死んでしまったという話だ。半年前にヤスミンが退役する事になった大怪我の原因だね。あたしが伝手から聞いた話によるとさ。」


 俺は空っぽなんだよ。

 何度となく私に言い聞かせたヤスミンの台詞。

 その台詞は、俺は空っぽじゃないといけない、何ても言っていなかったか?


「あいつが結婚しない男だって意味は分かったかい?あいつは戦地に戻るために、常に空っぽでいようとしているんだよ。」


「だ、だから、あ、諦めろ、と?」


 私はミネルパにぎゅうと強く抱きしめられ、彼女に囁かれた。

 その声音は悪辣な企みをもたらすようなものだった。


「そんなあいつがあんたをヒヨコと呼んで、すでにあんたを自分の内側に入れちまったんだよ。ブランの部屋もあんたに開いたんだろう?」


「ミネルパ。」


「この町の領主は今やあいつじゃないか。あたしらの為に、あいつを落としな。結婚しないことを決めた男だって事は教えたよ。その理由もね。それでもあんたが傷ついて苦しんでも構わないって覚悟があるんなら、あたしはあんたの後押しをするよ。」


 私はミネルパを抱き返した。

 ブランがミネルパの娘のような親友であったというならば、ヤスミンはミネルパの息子のような親友であるに違いない。

 そんな彼女が私の後押しをしてくれるなら、私が傷ついた時は彼女が癒してくれるに違いない。

 二人でヤスミンの悪口を叫んで慰め合う事になるのかもしれない。


「ミネルパ!やるわ!私はヤスミンを落とす!ヒヨコを卒業だわ!」


「いいや。ヒヨコはヒヨコのままでいなさい。あんたがヒヨコだからこそあいつはあんたに執着しているんだからね。」


 ヒヨコだからブランの部屋を使わせてくださいましたの?

 ブランのものを使ってもブランの記憶を消してしまわないと思われたから?

 だから私はヒヨコのままでいなさいって事なの?




お読みいただきありがとうございます。

ブックマークが八十越ていて、本当にありがたく励みになっております。

さて、ようやくヤスミン背景になりました。

時系列ですと、

五年前にブランが死亡→ヤスミン大暴れでクラルティ大炎上。

一方、自分に子供がいた事を知った侯爵は、滅多に領地に戻らない弟のマナーハウスの女中頭にエマを抜擢し、自分の子を自分の小姓にして、子供に会いたくば、という風にしてエマと逢瀬を続けていた。

二年前、放蕩伯爵がマナーハウスに戻りエマ親子に悲劇が起きる。

一年前にヤスミンが次兄に復讐、そのために彼が伯爵になってしまう。

半年前にヤスミン戦地で大怪我。

で、ございます。

ヤスミンは、空っぽなろくでなしではなく、空っぽになろうとしている大馬鹿者です。

どうぞ、もう少し物語にお付き合いいただけると幸いでございます。

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