巣立ちの時間?
ルクブルール伯爵家から召使いがいなくなっていたとの話をイモーテルから聞き、私はただ事ではないと淑女にはあるまじき大声を上げてしまった。
「まあああ!ルクブルール伯爵家に一体何がございましたの?」
私は慌ててイモーテルの手を取ったが、大きなしっかりした腕が私達二人の背中に回された。
「朝ご飯を先にしないか?アンナ様を食事室に置いてきぼりなんだよ?」
私とヤスミンは台所で台所にある小ぶりのテーブルで食事をしてきたが、この館には台所とドアで繋がっている広めの食堂もあるのである。
「ああ!そういえばアンナの姿が見えなかった!」
「食べ方の練習をするには場所からでしょう?」
ヤスミンは私に当り前のように言って見せたが、恐らく昨日のことをアンナに叱られたのか、もしくは叱られる前の嫌がらせのような気がした。
アンナを一人ぼっちにしておくとは!
私はイモーテルの腕に自分の腕を絡めると、慌てたようにして台所の向こうに繋がる扉へと歩き出した。
が、すぐにイモーテルに後ろへと引き戻された。
「ねえ!食事の器はどうするの!」
「あ。」
私はヤスミンに振り返り、ヤスミンはわかった顔で行けと言う風に右手の手の平をひらりと動かした。
「大丈夫ですって。さあ行きましょう。パーティなどの集まりではね、男の子のパートナーがいない子はこうやって女の子同士で腕を組んで移動するのよ。」
「一人で行動できないのかい?貴婦人とやらは。」
「そうね。一人ぼっちであることを恥ずかしがる文化はあるわね。だから、自分が一人にされないように出来る限り仲良くはしようとするわ。」
「ママはアランのお母さんに無視されていたよ?」
あの気さくなアリアーヌ様が?
アリアーヌがそこまであからさまな振る舞いをされたというのであれば、アランが言っていたイモーテルとの婚約契約は、きっとだまし討ちのような形で行ったに違いないわね。
「そう?ええと伯爵夫人と侯爵夫人の仲がお悪くて、二人だけだったから、そのような振舞われ方だったのかもしれないわね。でも、大勢の中では嫌い合っても仲良く振舞うのがルールなの。誰でも一人ぼっちにされて無視されたら怖いわ。だからこうして出来る限りくっつくの。一人で虐められるよりは二人の方がよろしくてよ。そう思いません?」
イモーテルは私の腕に私が彼女にしているようにして、彼女の腕をしっかりと絡めた。
まるで私に縋るように。
「あたしは村でも一人ぼっちだったんだ。父ちゃんも母ちゃんも外に行くときは自分達からあたしが離れないようにって厳しかった。女の子だけの集まりでは好きに遊んでいいよって言ってくれるけどさ、誰も仲間に入れてくれなくて。」
私は虚勢を張るばかりの母だった伯爵夫人を思い出していた。
そう言えば、彼女には親友と呼べる方がいなかった、とも。
「あなたはお辛かったのね。綺麗なあなたの様になりたいと私は毎日神様に願ったくらいですけれど、神様みたいに綺麗だと神様みたいに寂しくなるのね。」
「神様って寂しいの?」
「あら、神様の像はいつも一人ぼっちじゃないですか。」
イモーテルは私の横でクスクス笑いを始めた。
その笑い方が可愛らしく、私には出来ないと少しだけ悲しくなった。
なんだかんだと言っても、伯爵夫人もイモーテルも何気ない所作が絵になる美しさを持っているのである。
私の動作は雑で騒々しいから、ヤスミンは最初からヒヨコにしか私を見なかったのかしら。
イモーテルみたいだったら、彼は私を愛人に考えたりもしたのかしら?
「ほらお喋りばかりじゃなくてさっさとドアを開けて中に入る!」
私とイモーテルは同時に振り返り、朝食の皿が乗ったカートを押しているヤスミンの姿に驚いた。
いいえ、鍋にパンに、カトラリーに、パン皿とスープ皿が、六人分あることに私は驚いたのだわ。
「あら?」
「はやく。」
ヤスミンは今は聞くなという顔で私を促し、私はイモーテルに絡めた腕の脇をぎゅうっと閉めてイモーテルを逃さないようにしてから扉を開けた。
食堂室には若い男性と取り残されても評判に関わらない年配女性であるアンナが、アランとユベールと楽しそうに歓談していた。
私の隣のイモーテルが、うえ、と淑女らしくは無い声を小さく上げた。
「ハイハイ。お二方進んで頂戴。朝の馬駆けで仲良くなった俺のお友達だ。仲良くなったついでに朝食にご招待したんだよ。優しくしてあげてちょうだいね。」
「あなたったら。」
アランとユベールは私達に対してとても嬉しそうな顔を向けると一斉に立ち上がり、私達を座らせるために私達の席だろう椅子を引き始めた。
「男女交互の席並びは今日は止めるよ。男性陣と女性陣は向かい合わせに座ろうか。アンナと俺が偉そうに中心の席、アランの向かいがイモーテルで、ユベールの向かいがヒヨコさんだ。」
それでアランもユベールも自分が座っていた席の向かいではない椅子を引いていたのかと理解すると、私はイモーテルをひぱっていき、ユベールの手に彼女を託した。
ヤスミンがユベールを呼び寄せたのならば、ユベールは信用に足る人物であるに違いない。
それから私は椅子を引いて待つアランの所に行くと、何度も彼にしてもらったようにして彼によって席に着かせてもらった。
たったこれだけの行為であるのに、どうして大昔を思い返すようにして懐かしいと考えてしまったのだろうか。
そしてアランは私から身を引くときに、私の頬に軽くキスをしていった。
私はびくりと震えた。
震えた動きのままアランを見返せば、アランは婚約を約束した時と同じ表情で私を見下ろしていた。
「アラン。」
「僕はただの次男だ。兄の様に爵位を継ぐことも無い人間なんだよ。だから、僕はね、うだつが上がらない男でしかないんだ。柵のない自由人ともいえる。君が僕を想って身を引くことなんて無いんだよ?」
「アラン。」
アランは絵本の世界の王子そのものの笑みを私に見せた後、誰もが溜息を吐いてしまう優美な動きで自分の席へと戻って行った。
彼は私を諦めていない?
それどころか、私がアランを思うばかりに彼から身を引いている、と思い違いをされている?
昨日までは自分を頼ってくれなかったと怒っていた人が?
私はハッとしてヤスミンを見返した。
彼は給仕人どころか客にパンチを注いでやるパーティホストとして堂々とした様で私達の為に皿にスープを注いでおり、私が向けた視線に気が付くや、大丈夫だ、という風に微笑んで見せた。
大丈夫?
何が?
ああ!
あなたは本気で私を巣立たせようとなさっているのね。
私はどこにも飛んで行きたくはないというのに。




