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貴婦人は演技をするもの

 ヤスミンと一緒に階下に降りて行って、一緒に台所に辿り着いた時、私は再び不機嫌になるしかなかった。

 ヤスミンは私からするっと腕を抜き出すと、いつものように台所のコンロの前に向かったのだが、そこにはイモーテルがすでに当たり前のようして立っていたのである。


「鍋を任せていてごめん。かなり時間が掛かっちゃったね。」


「いいえ。このコンロは凄く使い勝手が良くって、楽しいくらい。」


「ハハハ。だろう?」


「見た事のない香辛料もたくさんあるし、魔法使いのかまどみたい……、です。料理をするのがこんなに楽しいって初めて!ええと、ですわ!」


「そうか。じゃあ明日は一からお願いしようかな。」


「任しといてくれよ!あ、ええ、お任せになって。」


「ハハハ、よしよし。」


 まあ!なんと!

 私には弄らせてくれないコンロを、イモーテルには触らせていたなんて!

 さらにさらに、ヤスミンとイモーテルが寄り添ってご飯を作っていたなんて!

 ヤスミンの隣は私がいるべきなのに!


「わん。」


 ヤスミンもイモーテルもすっかりと私の存在など忘れ去ってしまったようだが、ジョゼという私の盟友は私に気が付いてくれたようだ。

 ジョゼと呼びかけようとした、が、ジョゼが尻尾を振りながら鳴いている相手は、イモーテル様その人でいらっしゃいました事よ。


 そうねジョゼは盟友ではなく、私の仇敵みたいな子でしたものね。


 イモーテルは犬の鳴き声に振り向くと、鍋の横に置いてあったジョゼの器を持ち上げて軽く指先で触れた。

 ジョゼの器の中には骨付きの肉が入れてあったのである。


「もう大丈夫だ。あげてもいいかな?ヤスミン?」


「もちろんだ。せっかくだからお芝居風にしゃべってみようか?」


「芝居風?」


「はい、そこのヒヨコさん。今のイモーテルの台詞を貴婦人風に変換して喋ってみようか?」


 ヤスミンは最初から私の事を忘れていないどころか、私が焼餅を焼いた上に負けず嫌いを発揮するだろうと見越してもいたらしいわ。


 でも私こそ、女学校では立ち居振る舞いの見本ともされていたマルファだわ。


 ヤスミンが吹き出すほどの嘘っぽい笑みを顔に貼り付けると、ヤスミンとイモーテルの方へとつかつかと真っ直ぐに向かった。

 それから軽く二人に腰を落として頭がぴょこんと動くぐらいの軽い挨拶をすると、イモーテルの持っている器を自分が取り上げた。


「もう差支えは無いようですわね。与えてあげても良くって?ヤスミン?」


 吹き出しを我慢している顔付のヤスミンは、私の額を指で軽くつくと、私の手からジョゼの器を取り上げてイモーテルに返した。


「わかったかな?貴婦人か農家の娘かなんか、実は問題ではないんだ。丁寧な言葉を使っていかに演技を貫けるか、それでいいんだよ。君は君らしく、このヒヨコさんみたいにお芝居をしてみようか。女優ごっこだよ。」


「あははは。貴婦人よりも女優の方があたしに似合っているね。」


 イモーテルは気さくな笑い声をあげると、一呼吸してから、笑顔をすましたものに変えた。

 私が欲しかった顔であるだけで、ほんの表情を変えただけで、なんとまあ!私には一生望めない至高の微笑を作り上げる事ができるなんて!


「冷めたようですわ。ジョゼに差し上げても良くって?ヤスミン?」


「まあ!素敵だわ。」


 差し上げてだとイモーテルよりもジョゼが偉くなっちゃうけれど、そんな使い方をしているご婦人は沢山いるのだからと私は聞き流していた。

 それよりも、ヤスミンがイモーテルに何か言う前に、私こそイモーテルを褒めなければと焦ってもいた。


 だって、だって、イモーテルがヤスミンを好きになっちゃったらどうするの?


 心の命ずるまま、私はヤスミンとイモーテルの間に割って入ってもいて、私の背中でヤスミンを押しのける、という行動まで体がとってしまった。


 私を笑うヤスミンの声が、私の良識を呼び起こして私を責め立てる!

 浅ましい私!と。


 けれども、イモーテルは私に何でも分かっているような視線を流した。

 彼女こそ誰かを愛する気持ちは経験なさっているものね。


 そして私が彼女を見守る中、彼女は私をさらに悔しがらせるような仕草で床にジョゼの器を置いたのである。


 さらさらっとアンティックゴールドの輝きが小川の様に流れ、私は自分のほわほわ毛が情けないと無意識にひと房掴んでしまっていた。

 イモーテルが屈めていた体を起こした時、また、金色の彼女の髪がこってりとした輝きを見せつけた。


「どうかな。ううん。い、いかがかしら?マルファ?」


「素晴らしいわ。うっとりしちゃうくらい。それからね、無理に言葉を言い直す必要も無いのよ。」


「そうなの?」


 私は口元に指先を添えて笑っている風にしてイモーテルに答えた。


「どうかな。なんて、ふふ。」


「ああ、わざとおかしな言葉を使って見せた風にするんだね!」


「そうよ!あなたは素晴らしい。ご自分に自信をもって胸を張っていればいいだけなのよ。簡単でしょう?貴婦人ごっこは?」


「そうですわね。ええ、そう思えるのは、あなたの教え方が上手だからですわ。」


「いいえ。もともとあなたには素養がおありなの。」


 すると、褒めたのに、彼女は急に暗い顔付と変わった。

 美しい顔をがくりと下げたではないか。


「どうなさったの?」


「あたしは学校に通っていないよ。」


「文字がお書きになれない?」


 イモーテルは首の骨が折れるぐらいに顔を持ち上げて私を見返した。


「いや!字は書けるよ!本も父ちゃんの部屋にあったのや、ユベールが貸してくれた本を読んだよ。だけど、あたしが詳しいのは家畜の交配とか小麦の苗の良しあしとか、そんな話ばかりだよ!」


 私は額に手を当てると、意識が遠くなったようにして足元を揺らがせた。

 ヤスミンは含み笑いをしながら、私を後ろから支えて私に囁いた。


「君は戦線離脱する時は気絶するのか!」


「だって、お聞きになった?此方の方はお美しいだけでなく、牛や作物の話がおできになるそうでございますのよ!ヘロヘロ文字しか書けない私など、紳士様の夢の女性の彼女の前では、霞んでしまうばかりではございませんか!」


 ヤスミンは、私を抱えたまま本格的に笑い出した。

 私は彼に抱きしめられる事に耽溺していたので、そのまま力を抜いていたのだが、ヤスミンに額をピシャリと叩かれて起き上がるしかなくなった。


「もう。」


「ほっとくと寝てしまう怠け者、起きなさい。だが確かに君の言う通りだな。自分はこんな作物を作っているって自慢している御仁には、興味津々で耳を傾けてくれる女性は得難いだろう。イモーテル、どうして君はそんな素敵な自分の事を隠していたんだ?」


 私は起き上がりながらイモーテルを見返すと、彼女はワナワナ震えており、まるで馬鹿にされたと怒っているみたいに顔を真っ赤にしていた。


「どうなさったの?」


「あ、あんたらは!泥臭い小娘だって、馬鹿にしているだけでしょう?」


「いいえ。そんな事は無いわ。」


「いいやそうだ!あたしが何も知らないって馬鹿にしているんだ!」


「まあ!まあ!そんな事は無いわよ。家畜や作物の研究に没頭されている紳士はたくさんいらっしゃるの。研究熱心のあまり世情に疎くて、社交の会話が苦手な方もたくさんいらっしゃいますのよ!だから、あなただったら、その方達と実のある会話が出来るんじゃないかしらって、純粋に思いましただけよ!」


「ユベールもそんな事言っていたな。だけど……。」


 イモーテルはほんの少し希望を持ったように両目を輝かせたが、すぐに、その瞳は暗く落ち込んだようになった。


「だけど?イモーテル?」


「あたしじゃだめだよ!あたしじゃユベールの家も台無しにしてしまう!」


「イモーテル?」


「ルクブルールの召使いは、あたしがあんたじゃないからって、どんどんと、日が経つにつれていなくなっていったんだ。お母様はあたしのせいだって。」


 ルクブルール伯爵家から召使いがいなくなっていたですと?




お読みいただきありがとうございます。

初恋のマルファは感覚が中学生ぐらいです。

イモーテルもそんな感じなのですが、経験度が違うためにはすっぱに振舞っていました。

そして養女になった先では大事に養育されていたので、彼女はいい子なのです。

また、ヤスミンはイモーテルに手を出したユベールが同年代な事もあり、わが身に置き換えてしまうからなのか、次話では色々と無駄に働いていらっしゃいます。

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