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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
第四章 自分なりに生きていくということ
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フォレプロフォンドレ侯爵家の三男様と

 自分が全部引き受けると言い切ったように、ヤスミンは私だけでなくアンナと伯爵令嬢、もうイモーテルでいいわね、を自宅に連れ帰った。


 アランとユベールこそ独身男性の家に連れ帰るべきでは無いか?

 貴族の習慣上のルールで私は考えたが、反発するはずのアランこそヤスミンに追従していた。

 ヤスミンに暗がりに連れていかれて二言三言囁かれたその後に、ヤスミンの言う事に逆らうどころか従うようになっていたのである。


 また驚く事に、ヤスミンはいつのまにやら家の中の空き部屋を使えるように整えていたようで、私の部屋から少し離れた位置にある広めの部屋にイモーテルを押し込み、アンナはイモーテルの隣の部屋に案内された。

 そして彼女達は、本日の疲れに襲われたからか、早くも眠りのなかにある。


 私?

 もちろん、ヤスミンの話を聞くために起きてはいるわ!

 独身男性であるヤスミンの部屋に単身で押しかけるって、淑女にあるまじきことかもしれませんけれども!


 でもヤスミンこそ、私が来襲して来ることを想定していたようだ。

 彼は私がノックする前にドアを開けたのである。


 出てきた彼は、いつものシャツにいつものズボンに、前髪だって下ろしてぼさぼさな状態という気軽な姿に戻っていた。

 ジョゼは彼の足の間からにょきッと細長い顔を出して、私が煩いという風にヤスミンを見上げて甘え声を出した。


「お前はベッドに戻っておいで。」


 なんて甘くて優しい声!

 ジョゼは部屋の奥へと素直に戻ってった。

 そして彼は無精髭だらけの口元を緩ませると、ドアの前にいる私の手を握って部屋の外へと連れ出して歩き出したのである。


「俺達の話し合いはオレンジの枝が揺れる洗濯室だ。そうだろう?」


「ええ。でも、今後あの部屋にイモーテルが入ってきたりするのね。」


「仕方ないだろ?俺はイモーテルの下着もアンナの下着も洗いたくはない。マルファこそそうだろ?それにこうなったのは君のせいだろうが。君がバルバラのとこに行かないって言うんだから。行っといてくれれば俺の苦労もそこで終わったというのに。」


「だって私はもう令嬢に戻れなくてもいいのだもの。ここで暮らして、この町の助けになって生きていくって決めたの!」


 ヤスミンは私から手を放し、私の頭にその手を向けた。

 いつものぐりぐりがくるかなと私は構えたが、彼の手は優しく私の頭をさらっと撫でただけだ。

 子供にするみたいにして。


「町の助けにはなるが、俺の助けにはならずに俺の家で食う寝るするだけの?」


「ひどいわ!じゃ、じゃあ!エマさんの所に行きます!」


「エマが迷惑だからここにいろ。」


「私がいたらあなたがこっそり会いに行けなくなりますものね!」


 ヤスミンはピタリと足を止め、それから私をまじまじ見返した後、アハハハっと軽い笑い声をあげた。

 参ったな、と言いながら彼は腕を私の肩に回した。

 恋人の肩を抱くように、ではなく、彼が彼の周りにいる男性の遊び友達?にするような肩の抱き方だった。


「俺をいくつだと思っているの?」


「え?」


「俺が家をおん出されたのは十四歳だ。十五だって言い張って軍に入った。フェリクスは十一歳。いや、もう十二になったのかな。おや、俺のガキだと言ってもおかしくないか?俺も年を取っていたなあ。」


「あなたは一体おいくつなの?」


「二十七だよ。お姫様。それで、エマの相手は俺の兄だよ。侯爵の方だ。親父と俺の母の結婚に反対し、俺の母が商家の娘だったからと俺を追い出したあいつのくせに、母の姪に手を出したのさ。実は俺の母に惚れていたのかねえ。美人だったもんなあ。」


「え?」


「十二年前、女房が死んで弾けたあいつはエマを落した。ただし、階級主義のあいつが与えられるのは愛人の申し出だけだ。エマはあの気性だ。愛人は嫌だと突っぱねた。デジール家は裕福な商家だしな。恋はそこで終わったはずだが、再会した時にフェリクスという自分の息子がいた事を知ったのさ。そこであいつはエマに女中頭の職を斡旋した。弟に会いに行った振りでエマと逢瀬が楽しめるだろ?フェリクスを自分が引き取って自分の小姓にして、成長した暁には差配人に任命して自分の領地を管理する立場にしてやりたい。エマをそう唆したんだよ。」


「じゃあ、あの傷は侯爵様が?」


「いいや。次男の伯爵様だって。エマ達に聞いていただろ?次男は兄の弟だが、父の子ではないという噂があったんだよ。そこで歪んだあいつは、兄、いや、前侯爵様そっくりのフェリクスを壊したかったんだろうな。兄の目を盗んで兄の小姓のフェリクスに鞭を振るっていたなんざ、人として情けない話だよ。」


 そこでヤスミンは言葉を切ると、私を自分にぎゅうっと抱き寄せて、私の頭にちゅっとキスをしてきた!


 ええ!


「君だったのか!」


「え?」


「あの素晴らしき芸術作品。素晴らしき文字の配列と挿絵で、絶対に誰もがあの文章を読んでしまう。そして、あの写真のような繊細で恐ろしい挿絵によって、あの嘘記事が本当に起きた出来事だと信じ込ませてしまう。ハハハ、最高だったよ。あの新聞の噂を聞いていたが、手に入れた時には鳥肌が立った。ああ、これであのくだらないあいつを罰せられると、俺をほくそ笑ませたくらいだ。」


 私は自分が誇らしいと思うよりも、しまった、という気持の方が大きかった。

 だって、ヤスミンの語り口からすると、今では殺人事件の凶器みたいになっているみたいじゃないの。


「ええと?何のことかしら?私の新聞と伯爵様の死は、か、関係ないと思いますことよ?私が書いたものじゃ無かったかもしれませんことよ?」


「ハハハ!ここで自慢しないとは!ヒヨコは悪辣な奴だったな。そうそう、ハルマー子爵のお尻事件も君の仕業だったのか!俺はアラン君と仲良くなって君による悪事を洗いざらい吐かせたくなってしまったよ。」


「まあ!でもそれで仲良くおなりになったから、アランは私達があなたの家に行くことを許したの?」


「いいや。寝込みを襲われたいんならどうぞって言ってやっただけだよ。イモーテルと同じベッドで寝ている所を発見したら、領主としてその場で結婚許可証に署名してやるから気にするな、とも言ってやったな。」


「まあああ!」


 私の肩から腕を下したヤスミンは、再び私の手を握って廊下を歩きだした。

 私も再び彼の手を握り返して、彼が進むそのまま歩きだしていた。


「俺は暫定伯爵だよ?兄に子が出来たら俺は簡単に爵位を失う。そうしたら、この家からも出て行けとあの兄にまた追い出されるかもね。」


「そうしたら、あなたの行くところについて行って良いかしら。」


「どうせ男に頼るなら、俺じゃ無くアランにしてやりなさい。」


「だってあなたは、ベッドに連れて行きたくない女性には誠実なのでしょう?」


「アラン君は誠実では無いと?」


「い、いいえ。そうじゃなくて、ええ、私はあなたに頼りたいのだわ。あなたはお優しいから。今日もありがとう。あれも優しさよね?ふざけた振りして私の顔と体をアランに褒めさせたのは。」


 ヤスミンは横顔だけ私に見せていたが、私の手がぎゅっと強く握り返された。

 私は反射的に自分の手に視線を落とし、すると、私の頭の上でヤスミンの笑いを含んだ優しい声が響いた。


「ヒヨコ?俺もアランも男なんだよ?普通に下世話な男の冗談を言い交わしただけだ。優しさなんかじゃねえよ、嫌らしさだけだ。本物のいやらしい下心からの見立ての感想だ。感謝せずに嫌らしいと怒って罵っとけ。」


 そう言い捨てたヤスミンだが、顔を上げて彼を見返せば、彼の顔は私からしっかりと背けられている。

 私は最近気が付いている。

 ヤスミンは照れた顔は隠したがる。

 だから私は出来る限り感謝の言葉を彼に伝えるようにしているのだ。


「ヒヨコめ!悪辣に育っていやがる。」


 彼もどうやら気が付いているようだわ。




お読みいただきありがとうございます。

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