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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
第四章 自分なりに生きていくということ
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騒々しいばかりの恋のさや当て

「違う!私は君と結婚したかった。だから、君と結婚できる道を模索していたんだ。そうしたら君が捨て子で、ルクブルール伯爵家の本当の娘だって分かったんじゃないか!」


「じゃあどうしてすぐに迎えに来なかったのさ!あたしをお嫁さんにするって言った次の日からあんたはあたしに会いに来なくなったじゃないか!」


「私のせいで不幸になった少女がいたと知ったからだ!自分のせいで破滅してしまった彼女の身の上を確かめる前に、自分が幸せになどなれるわけ無いだろう!」


 私はユベールと伯爵令嬢の言い合いをポカンとしながら眺めるしか無く、ヤスミンはそんな私に身を寄せて囁いて来た。


「あいつが店に来ていたって言ってたよな?」


「ええ。あら、私が破滅しているか確認していらっしゃったのね。真面目で義理難い方なのね。」


「年端も行かない少女を誑した奴だけどね。」


「あなたは!」


「静粛に!」


 そこで静かな威厳のある若い声が喧騒を引き裂いた。

 アランが凛とした顔つきで、死刑宣告のような言葉を喋り始めたのである。


「先に婚約があり、あなたが純潔でないのならば、我が父と交わした婚約契約は条件的に成立しないものです。この話し合いの結果を父に伝え――。」


 慌てるなんてものじゃない!

 私は立ち上がってアランの右肩から腕に両手をかけ、必死になって彼の気が変わるようにと揺さぶった。


「待って、アラン!そんな事をしたらルクブルール伯爵家は社交界から完全に弾きだされてしまう!彼女とこちらの子爵様の結婚だって不可能になるわ!」


「不可能になってしまえ!」


 ばあん。


 アランがテーブルの天板を叩いた。

 完全に彼は怒りに熱くなっていた。

 そうして自らの怒りに煽られるまま彼は、煌びやかな外見ながら芯が強く我も強いという、絵本とは違う王子様の一面を表に出したのである。


 そうよ、彼は柔和な雰囲気を人に見せているが、怒らせれば怖い人なのよ。


 アランは学友に誘われて潜り込んだパーティにて、アランの家では決して起きる事など無い、主人による召使いいじめの現場を目撃してしまった事がある。

 彼は虐められたメイドの死を従僕から聞いたのか、その相手に決闘を申し込むために決闘用の銃を従僕に用意をさせてしまったくらいなのだ。


 私は彼の従僕からその話を聞き、いざ決闘の申し出を入れに行こうとするアランをこうしてしがみ付いて止めようとしたと思い出していた。


「マルファ!止めないでくれ。あいつはお遊びで召使いを人前で裸にしたんだ。その彼女が自殺してしまったそうなんだよ?それでもお遊びでしかなかったと、あいつは反省の一つもないんだ!」


「じゃ、じゃあ。遊びだったとその人が言うのならば、あなたもお遊びで仕返ししてやればいいのよ!そ、その人の椅子に硫酸を塗ってみたらいかが?」


 私を振りほどこうとしたアランは私の台詞に動きを止め、私をゆっくりと見返すと、さすがだ、と言って私に微笑んだ。


 そう、アレンは罪ある所に罰が下されるべきという信条をお持ちなの。


 でも、でも!


「お願い!お許しになって!」


「許せるものか!僕の大事なマルファを彼らが破滅させたんだ。その咎は背負ってもらう。僕はマルファと結婚できないのならば一生独身でいよう。その覚悟のもと、彼らを幸せになどさせないと決意しているんだ!」


「もう!私もこのお二人は実はどうでもいいの!でもね、我が家が潰されたら、そこに働く人達が職を失うの!そこを理解していらっしゃるの?執事のエヴァンも料理長のスチュワードも、女中頭のマーサも、職を失って困って欲しくなんかないの!それに、私の大事な大事なアンナには、引退時には年金付きでこぢんまりした素敵なお家に住んで欲しいわ。ルクブルール伯爵家が滅んだら、それが無しになるの。お分かり?」


 椅子に座ったままのアランを私は掴んで睨みつけており、私に睨まれながら怒鳴られたアランは、怒るどころか顔をくしゃっと笑い顔にした。

 そして、まあ!私に両腕を伸ばして、私を自分に抱き寄せたじゃないの!


「ま、まあ!アランったら、ねえ!」


「マルファだ!僕の結婚したいマルファだ!正義感が強くて悪戯ばかりの僕の大好きなマルファは変わっていなかった。僕は君に新聞と同じ紙を用意させられたり、君のアイディアでハルマー子爵の椅子に硫酸を塗って仕返ししたりもしたし、ああ、体罰ばかりの校長の嗅ぎ煙草に胡椒も詰め込んだね。そんな色々が、とってもとっても楽しくて嬉しかったんだよ?だから君じゃないと嫌なんだ!」


「ま、まあ!」


 私は自分を抱き締めるアランを撥ねつける事など出来なかった。

 私が私である事をこんなにも望んでいる人を、否定されてばかりだった自分が否定する事なんかできないのだ。


「僕と、結婚してくれるね?」


 私が答えようとしたところで、私はぐいっと力強いが小さな手で押しのけられてアランから引き剥がされた。

 伯爵令嬢が私の代りにアランを引っ張って抱きついている!


「いやだ!あんたはあたしの婚約者でしょう!あたしはユベールと結婚なんかしない!あたしを幸せにしないなら、あたしが純潔じゃないのはあんたのせいだって言ってやる!」


「イモーテル!私を愛していると言ったのは嘘なのか!」


「あんたはただのイモーテルの時は結婚してくれなかったじゃないか!」


「だからそれは!」


 ドオン。


 テーブルに拳が叩きつけられた。

 もちろん、叩きつけられたのは白い手袋を嵌めた拳であり、話し合いはマウンティングだと主張されたお方の右手である。


 彼は全員の注目を自分に集めると、軍隊の兵士に言い聞かせてきただろう地獄の底から響く様な低くて怖い声音を出した。


「うるせえよ。てめえらだけではまとまりがつかねえようだな。」


 周囲は、完全にしんと静まり返り、自分が世界の中心になった魔王は微笑んだ。


「それじゃあ仕方がねえ。この俺が采配してやるよ。この領地の所有者である、ププリエ伯爵、アルセーヌ・ヤスミン・セレスト・ド・フォレプロフォンドレ様が、ぜんぶ、引き受けてやる。」


 自分では言わない尊称を現わすドをこれ見よがしに発音して自分の名前を述べた男は、伯爵どころか侯爵の尊厳を持って周囲の人間をねめつけた。

 その場にいた全員はヤスミンの剣幕に言葉を失っていたが、私はヤスミンの座る椅子の脚を思いっきり蹴っていた。


 私に椅子を蹴られたヤスミンは、爵位持ちの男がする傲慢な顔つきで私を悠然と見返してきたが、開いた口から出た言葉はいつもの軽口であった。


「爵位付きだと知っていれば俺を誘惑していたのに、と、怒ったのか?」


「真実を隠されていた事が許せないだけです!私は働き者のヤスミン様だから尊敬しておりました。あなたの爵位など、今まで存じ上げていたあなたと比べれば、価値など全くございませんことよ!」


 ヤスミンは一瞬だけ目を丸くし、そのあとすぐに手を伸ばして私の頭をポンと撫でた。

 誰が見ても父親が子供にするような仕草で。


「良かったよ。俺は親父と同じ名で呼ばれたくねえし、すぐに枯れちまう間抜けなポプラの木呼ばわりは嫌だからな。」


 私は泣きそうだったはずなのに、涙が引っ込んでいた。

 なぜ?

 それは私を見つめるヤスミンの目が、それはそれは嬉しそうにとっても輝いているから、かしら?




お読みいただきありがとうございます。

ようやくヤスミンの本名明かせました。

アルセーヌ・ヤスミン・セレスト・ド・フォレプロフォンドレ

デジールはママの苗字です。

ヤスミンのお母さん

「男の子だったらあなたの名前をもじって、女の子だったらヤスミンがいいわ。」

ヤスミンのパパ、アルセーヌ・セレスト・ド・フォレプロフォンドレは、ヤスミンを生んで体を壊したママのために、ヤスミンに二つ名を付けたのでした。

ちなみに、腹違いの兄一号は、オーギュスト・セレスト・ド・フォレプロフォンドレで、兄二号はオレリーです。

設定で、名前・苗字・ド(爵位がある人はそれの尊称のためにつける)・爵位名となっております。ラブレー伯爵夫人が名前からセレストを抜かないのは、自分がフォレプロフォンドレ侯爵令嬢であったことを誇りに思っているからです。

アランは、アラン・デュボア・ド・マールブランシュですが、マールブランシュ様のデュボアさんちのアラン君となりますので、自分では様となるドは言わない、としております。

アフリア子爵(27歳)は、ユベール・バレ・ド・アフリアが本名となります。

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