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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
第四章 自分なりに生きていくということ
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話し合いのテーブルはマウントの取り合いでもある?

 私達が席に落ち着いたその数分後、煌びやかさを従僕に取り戻して貰ったアランが食堂に入って来た。

 私はそこでヤスミンがいつもの日常着にならなかった理由を理解したというか、ヤスミンって本気で意地悪なんだなと思った。


 アランは王子様らしく、紺色のストレートパンツに銀色に見えるベスト、そして袖がゆったりとした白いシルクシャツを着ていらしゃったが、上下を黒で統一された魔王様には霞んでしまう艶やかさだったのである。


 ヤスミンは私ににやりと笑って見せると、私の耳に囁いた。


「場を仕切るのはマウントを取った奴さ。」


「僕はどこに座ればいいのかな?君、席を作ってくれないか?」


 アランは侯爵家の御曹子らしく高慢な振る舞いで自分の後ろに付いていた召使いに命令を出し、ヤスミンを虫けらのようにして手の平で指し示した。


「此方の方を動かしてここに僕の席を置いてくれ。婚約者の隣に座るのは婚約者である僕だ。」


 ヤスミンはそんなアランににっこりと微笑むと、自分の椅子を自分が座ったまま、ヤスミンの右隣となる男性の近くにまで動かした。

 ヤスミンにべったりと真横に並ばれたその人は、やはりヤスミンと同じようにして座ったまま椅子を右側に移動し、ヤスミンは子供みたいな笑顔でアランに微笑んだ。


「ご自分から移動して下さりありがとうございます。デジール。」


「いえいえ、どういたしまして。坊ちゃま。」


 ヤスミンはグイっと腕を伸ばすと、私の椅子を掴んで自分の椅子の隣へと思い切り引っ張った。

 椅子ごと引き摺られた私こそ大慌てよ!


「きゃああ!」


 結果、本物のマルファ嬢と私の間には椅子一つ分の隙間が出来て、アランは苦虫を噛み潰した顔を作ってヤスミンを睨んだ後、そこに椅子を置かせて自分がそこに座った。

 とりあえず婚約者の隣で、私の左隣にはなるわね。


「がっかりだよ。あたしの隣には誰も座りたくないんだね。」


 ミネルパとヤスミンの右隣りの男性の間には、そういえば空席があった。

 ヤスミンはテーブルに身を乗り出し、ミネルパににっこりと微笑んだ。


「君の顔を見つめられる場所がいいんだ。」


 わあ!ミネルパがヤスミンにナフキンを投げつけた。

 その様子に可愛らしいクスクス笑いが起こり、私はこの場で誰にも注目されることのなかった美少女の存在を思い出した。


 本物のマルファ。

 金の彫像だとあがめられる美を持った、ルクブルール伯爵夫妻の娘。


 誰もが彼らの娘だと納得するだろう、美しき金色の少女は、楽しそうに笑っていた。

 大きな目は猫の様な隆線を描き、青い瞳は菫色に近い色合いだ。

 毎朝鏡を覗きながら、少しでもお母様に似ますように、と顔を洗って鏡を見返してがっかりするという、私の少女時代の悩みごと。

 幼き頃に夢想した私の夢の姿が、今目の前に生きて燦然と存在していた。


「出ていけ、この大嘘つきの小汚い孤児が!」


 父の罵倒とともに追い出されたあの日の朝の記憶が蘇り、私の胸は辛くなってきゅっと締め付けられた。

 するとヤスミンが私の方へと体を伸ばし、ずんずん伸ばし?マウント取り大会のライバル選手の肩を指先で突いたのである。


 え?


「お前さ、女を知らないくせに女を顔で選ばないんだな。」


「し、しし、失敬ですね、あなたは!」


「いやあ。ケツの青いガキは、女の顔と体しか見ないものだろ?」


「それはあなたでしょう。それに、マルファは顔も体も良いです!彼女の外見を侮辱するのは許しませんよ!」


「確かに顔も体も見てたな。マルファが体も顔も良いのは同意するよ。」


「貴様は!」


「あなた方?女性の真後ろでくだらない話をなさっていないで?」


 私の席の後ろで身を乗り出して私についてコソコソ喋っていた男達は、私の叱責にさっと身を引いた。

 アンナもミネルパも彼らの行動に唖然とした顔をして見せたのとは反対に、令嬢マルファの笑い声はけたたましく大きくなった。


「ああ。面白い。アンナの言う通りね。屋敷にいる時よりも楽しいわ。ああ、あそこは息が詰まった。でさあ、アラン。あんたと結婚したら好き勝手に出来るって、本当のママが言っていたけど本当?だったらさあ、さっさと結婚しようよ。あたしは上手いから夜のことは心配しなくても大丈夫だよ。」


 アランは拳にした右手で口元を押さえて、黙れという風な咳ばらいをした。

 その様子に意地悪ヤスミンはぷすっと笑い声を立てたが、今の自分のお姿で気さくそうな笑顔になった効果を彼は忘れていたのであろうか。


「ああ、良い男だな。あんたもあたしの婚約者候補なの?ねえ、アンナ、どうなるの?こっちと結婚したかったら、こっちって選んでも大丈夫?この人もお金持ちなんだよね?堅苦しくないお金持ちの方があたしはいい!」


 ヤスミンの方が咳ばらいをし始め、咳払いしていたアランがそのまま笑い出し、アランに笑われた悔し紛れかヤスミンが私の椅子の足を蹴った。


「もう!どうして!」


「いやお前言っただろ?私が淑女教育をしてあげますって。しろよ。今すぐ!」


「俺を信じて何も喋るな言ったのはあなたでしょう!」


「都合がいい時だけ俺の言葉を引用するな。このヒヨコが!」


「いい加減にしてください!私は話合いたいからここにいるのです!」


 低くて野太くて、でも人を威圧する事は無さそうな通りの良すぎる声は、ヤスミンの右隣りの男性から発せられたものだった。

 テーブルに座る全員の注目を浴びた彼は、怒りに震えながら顔を上げた。


 まあ!ブルーノ雑貨店に買い物に来ていた方だわ!


 お客として対応していただけなので、私にとっての彼の印象はごつっとした大男というだけだったが、よくよく見れば鼻筋もまっすぐで額の形も整っているという美丈夫だ。

 怒りに拳にした手はヤスミンの様に使われてきたこぶがあるもので、それはこの男性が働き者であることを示している。


 そう、ヤスミンは働き者なのだ。

 あのホールクロックを音を出さないようにすることも出来るのに、私という人間を見定める?ために音を出す設定に変えたり、私の為に思い出の時計を直してしまう、なんて無駄に働き者な人なのである。

 しかし、人が寝ている時間に立ち働いているヤスミンを、寝たら起きたくない私が尊敬しているのも事実であるのだ。


「初めまして。いえ、お店に来て下さっていた方ね。いつもありがとうございます。私は以前ルクブルール伯爵にご厄介になっていたマルファというものです。お嬢様と同じ名前ね。」


「あ、ああ。私はアフリア子爵のユベール・バレと申します。こちらのマルファ・ブーケ・ド・ルクブルール、ルクブルール伯爵令嬢と結婚の誓いを立てた者です。それがマールブランシュ侯爵家次男と婚約されたと聞きましてどうした事なのかと話合いをしたいだけです。」


 ばああんとテーブルを伯爵令嬢が両手で叩きつけ、彼女は立ち上がって大声を上げてユベールを罵った。


「嘘つきユベール!あんたはあたしと結婚なんか言わなかった!あたしを捨てたんじゃないか!ただの農民だから寝て遊んだらお終いだったんだろ!伯爵令嬢になったからって、何だよそれは!」



お読みいただきありがとうございます。

この世界の設定として、貴族の子供は十二歳から寄宿舎に行きます。

男尊女卑もある世界なので、女の子は三年、男の子はその先に三年、そして、大学に行く子もいます。

アランはその先の三年も終わった大学進学前の十八歳、マルファは十六歳です。

ヤスミンは二十代です。

アランに張り合うというよりも、子供を揶揄うウザイ親父状態ですね……。

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