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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
第四章 自分なりに生きていくということ

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再会

 私の宣言にアランは怒りだした。

 けれど紳士である彼は女性に声を荒げる事など出来ない。

 よって彼は、アンナに私を会わせることで私の意思が変わるはずだと信じ、ソフィに馬車の速度を上げるように頼んでいた。


 その結果か、すでにクラルティそばにまで馬車が到着していたのか、その数分後には私達はヨタカの森亭に着いていた。


「おやおや、どうしたって事だね?」


 ヨタカの森亭は喧噪の真っただ中のようであり、ミネルパは町長として馬車を降りると、野次馬の住人達に声を上げた。


「何があったんだい?」


「何があったも何も、ヒヨコと同じ名前の女の子が前の男と大騒ぎでさって、あ、ヒヨコいた。お前、本当にヒヨコなんだなあ。」


 ミネルパに答えたのはヨタカ亭の主人であるクロエだったが、彼女はミネルパに説明しながら私を上から見下ろして、私が幼いヒヨコだとしみじみに何度も言うのである。

 何のことかと首を傾げていると、同じように馬車から降りていたアランが、クロエの方へ身を乗り出す勢いで話に入って来た。


「伯爵令嬢に昔の男ですか!彼に部屋を用意して、彼と話し合える環境を作っていただけますか?今すぐに!」


 ああ、そうか。

 アランは婚約破棄しなければ死んでしまう状況の人だったのだわ。

 そしてアランが一人で行動しているはずなど無いのであり、彼の声を聞きつけた彼の従僕が外に飛び出してきてクロエに協力しだし、あっという間に人払いされてクロエの食堂は私を含んだ関係者だけの相談会場になったのである。


 もちろん、自分の主人が小汚くなっていることを許せるはずのない従僕は、他の召使にこの場を収める役割を押し付けるや、アランを借りていた個室へと連れ去っていた。


 アランは私と離れがたかったようだが、召使に抵抗しきれるものではない。

 主人と召使いの関係は、いかに主人が威厳を保ちながら召使いの言う事を聞けるかで、良きもの悪しきものと変化していくものなのである。


 さて、喧騒が落ち着いてガランとした食堂では、奥の方のテーブル席にアンナが私ではない令嬢に寄り添って座っていた。

 彼女達を問い詰めるようにして対面で座っている男性の後姿が見えるが、男性の髪色は私の髪色みたいに金髪ではないが茶色でもないというベージュに近い色合いだった。

 ただし、彼の髪色は私よりもブラウンよりの濃い色だ。


 彼が騒ぎだてないのは、町長のミネルパが調整人のようにして彼らの間の席に落ち着いているからであろうか。


 ああ、私のアンナがあそこにいる!


 アンナは首元まできっちりと覆う焦げ茶色をしたドレス姿であり、令嬢はその対比になるぐらいに白に近い水色のシルクドレスを纏っていた。

 今の流行りのコルセットのいらないものであるが、少々肩を出し過ぎだと私は思い、それどころかなぜその出し過ぎをアンナが許しているのか訝った。


 しかし、そんな疑問は一瞬だけだ。

 私はアンナの存在に懐かしさだけが沸き立っていたのである。


 私は一歩踏み出した。


 すると、アンナこそが席を立った。


 ま、まああ!

 アンナは別れた時のアンナでは無かった。


 きっちりと結っているはずの髪は乱れていて、茶色い髪には以前よりも白髪が目立ち、後れ毛だってあちらこちらにと多く出ている。


 母と同じぐらいの年齢なのに、母よりも、いいえ、祖母ぐらいに老けて見えてしまうぐらいにやつれていただなんて!


 アンナも私を一目見て私が以前と違う事に一瞬で気が付いた。


 彼女が見守っていた頃の私が、毛羽だったドレスなど身に着けているはずなどあるわけは無いのだ。


 それでも私達は再会できた喜びに声をあげ、お互いに駆け寄り、当り前の様にお互いに腕を回して抱き合っていた。


「お嬢様!」


「会いたかったわ!アンナ!それにずっとあなたの指輪を返したかったの!いつも持ち歩いてますから、今すぐに――。」


「いいえ、まだ持っていらっしゃってください。」


「でも!」


「貴方様のそばに私が戻れるその日までお持ちください。」


「そんな!私は令嬢に戻る気は無くてよ?このままこの町で働いて生きて行こうと思っているの!」


「まあ!お嬢様!貴方様のお手紙の老婦人がいないことはとっくに存じております。ああ、どうやってお金を稼がれていたのですか?あなたがどのようにして生き抜いていらしたのですか!」


 私は急に鬼気迫ったアンナに身が凍る恐怖を感じた。

 優しく私を抱きしめていたはずの両腕は、いつのまにやら子供にものを言い聞かせる母親のようにして私の両腕を掴んでいる。


 ついでに私に向ける瞳は、幼い私が火の消えた暖炉に手を突っ込もうとした時のそれ、なのだ。

 手を失いたいのですかと、とっても叱られたあの日と同じぐらいに怖い目で、彼女は私を睨んでいるのである。


「お、お金は頂いていないわ。こ、ここにいさせていただくために、ええと、自分が出来る事をしているの。自分のことは自分でして、ミネルパ様のお店で店番のお手伝いをさせて頂いて、それから、村の子供の勉強を見てあげているのよ?」


 アンナは、はあ?という顔を見せてから、首の骨が折れるんじゃ無いかという勢いでミネルパの方を振り返り、ミネルパが何度も頷くのを見てから再び顔を私に戻した。


 まあ!

 アンナの褐色の瞳が、褐色に見えないぐらいに煌いているわ。


「ああ!神様!感謝いたします!ああ、ああ。未だにこんなに純粋無垢で!この町の方々には感謝してもしきれませんわ!」


「ほんっと、感謝して欲しいよ。お前をヒヨコのまま保護していた俺こそをさ。」


 私は後ろを振り返って驚いた。

 ヤスミンがいつの間にか私の後ろに立っていた事はよくあることだが、未だに悪徳の館にいた姿のままであることに驚いたのである。


 つまり、とっても悪そうでとっても魅力的な紳士のお姿のままだったの。


 だからか、私を掴んでいたアンナこそも、なんと軽く悲鳴を上げたのだ。

 どんな状況でも動じないはずの、鉄の女と揶揄された事もあるアンナがよ?

 私はもう一度ヤスミンを見返したが、私もひゅっと息を呑んでいた。


 だって彼が、神様だって誑かせるような笑みを顔に浮かべているのである。


 私はヤスミンに無精ひげがあることに初めて感謝していた。


「ふふ、顎の小汚い髭で魅力が台無しだわって痛い!」


「まあ、あなた!お嬢様に何を!」


「あなたが噂のアンナ様ですね?此方のヒヨコ殿はラブレー伯爵夫人のいとし子ですから、迷い込んで来たその日から、皆で必死に守っておりましたよ。散々に骨を折って守らせて頂きましたので、この程度の教育的指導はお許しください。」


「まあ!ラブレー伯爵夫人が!ああ、なんと情け深くありがたい事でしょう!」


「では、これからのことを話し合いましょうか。関係者全員で。」


 ヤスミンは腕を広げ、私とアンナを席へと誘った。

 私はラブレー伯爵夫人の元には行かないと、あのテーブルに着いたらアンナにもアランにも、もちろんヤスミンにこそ言わなければ。


「君の気持ちはアドリナから聞いたよ。君の一番良いようにしてあげるから、俺を信じて口を閉じていてくれないか?」


 優しくて滑らかなヤスミンの囁きは、私こそ感情が不安に高ぶっていたと気付かせるほどに私を落ち着かせた。

 でも私は、いいえ、と彼に答えていた。

 だって私の人生だもの。

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