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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
第四章 自分なりに生きていくということ
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私は私で居続けたい

2022/4/30 デジレーかデジールかどちらにしようか書いていた物を投稿した時点でデジールに修正したと思っていましが、この話ではデジレーだったので直しました。今日まで気が付きませんですいませんでした。

 結局はヤスミンもラブレー伯爵家のマナーハウスに行くことが決まった。

 何の事は無い。

 アランがヤスミンに掴みかかったその時、ヤスミンを罵りたい別の人物の大声が廊下中に響いたのである。


「あんたあ!うちの亭主をまた軍隊遊びに引き込んだんだね!こんなんだったら、カード遊びをしていたってオチの方が良かったよ!」


 私はこの場にアドリナがいた事をすっかりきれいに忘れていた。

 そして、ヤスミンこそ、怒りに燃える姉同然の女性がここにいた事を忘れていたようで、彼女の声を聞くや、やべ!なんて子供の様に呟いた。


「やばいと思う頭があんなら、ちっとは考えなよ!自警団なんて!そんな危ない事にあたしの大事なレニを引き入れるなんて!レニがどうにかなったら、あたしもソフィもアダンもブリスもノエミも、お先真っ暗じゃないかああああ!」


 つまり、ヤスミンはアドリナどころかミネルパも含んだ自分の姉貴分に叱られる事から逃げるために、ラブレー伯爵領に向かう事に決めたのである。

 もう!情けない!

 でも、私は自分がホッとしていることを知っていた。


「嬉しそうだね。」


「も、もちろんよ。これからアンナに会えるのですもの。」


「そうかな。君の表情がホッとしたのは、あの男がラブレー伯爵領への旅路に付いてくると言ってからだよね?君は僕なんかどうでもいいようだし。」


 ああ、隣に座るアランの声がとげとげしい。

 私達はソフィの操る荷馬車に乗って、一先ずはクラルティに戻るところだ。

 なんと、アンナとアランはヨタカの森亭の二階の部屋を借りていたらしく、そこにはアンナが連れて来ていた本物のマルファもいるそうだ。


 アンナは本気で私の返り咲きを望んでいたようである。

 アランがあの館で叫んだ、私とアランを駆け落ち婚させた後は私と本物のマルファを取り換えてしまう計画を、彼女こそがアランに持ち込んだのだそうだ。


 ただしアランが言うには、本物の伯爵令嬢がアランとの結婚にかなり乗り気であるらしく、彼女の説得にアンナこそ手を焼いているそうである。


 あのアンナを煩わせることができるなんて、彼女は凄い胆力だわ。

 いえ、アランと結婚しなければあの伯爵夫妻に認められないと、彼女自身が追い詰められているのかもしれないわね。

 !!

 伯爵夫妻を思い返したそこで、私は大事な事にハっと気が付いたのである。


「本物のマルファの行方不明について、ルクブルールは何も動いていないの?」


「僕が同行しているとわかるようにしてアンナと彼女を連れ出した。侯爵家との婚姻を望んでいるルクブルール伯爵夫妻が動くはず無いだろう。あの夫妻も、あのマルファも、貴族階級が生み出した無知蒙昧な恥ずべき人達だよ!」


「アラン。私だって何も考えていないわ。行き当たりばったりで生きてきたの。私が幸運だったのは、私が最初に出会えた人が、デジール大佐だったからなのよ。」


「デジールね。どうして僕に助けを求めてくれなかったんだ?」


 それはヤスミンにも言われた事だ。

 私は着替えの入った大きなカバンを持って、どうして全く違う世界に飛び出る事の方を選んだのかしら?


 いいえ、わかっている。

 ルクブルール伯爵夫妻にされたみたいにして、今まで友人だった人達に拒絶されたくなかったからよ。


 いいえ。

 憐れみや施しを受ける立場になる方が嫌だったのでは無くて?


「ごめんなさい。本当にごめんなさい。友情を疑う気なんか無かったわ。でも、私にもプライドがあったのよ。」


「君は!君は何だって僕に頼んで来たじゃないか!僕は君の願いを叶える事が楽しくて幸せだったんだ。だから、困っている今こそ僕に助けを求めて欲しかった。僕は君が好きだから君に婚約を申し出たんだよ!」


「わああ!マルファが言っていた王子様って、やっぱりその人だったんだ!金髪に青い瞳の絵本の王子様みたいな人だもんね!その人!」


 手綱を握るソフィが大声を上げ、今まで私達の会話に聞き耳を立てていたらしきミネルパとアドリナが、揃ってソフィに黙るようにしぃっと声を上げた。


 しかし私はソフィに感謝するしかない。

 ソフィの言葉を聞いたことによって、アランの口元が嬉しそうに、今日出会ってから初めて笑みというものを浮かべているのである。

 彼は御者台に顔を向け、良く通る素敵な声をソフィに上げた。


「君の手綱裁きは素晴らしいよ!僕の持っている二頭立ての競走馬車を君に操縦させたいな。」


「アハハ。本当に王子様だ!すでに馬車を持っている!ヤスミンなんか馬車も無いのにあたしに戦車を御させてやるなんて言うの!」


「いや。僕も持っていないよ。親から与えられたものばかりなだけだ。そうだね。僕は子供だ。マルファが頼ってこられるわけがない。」


 アランは再び静かになると、膝を立て、そこに顔を埋めた。

 私は御免なさいと彼に謝った。

 謝って、彼の横に慰めるようにして寄りかかった。

 ヤスミンにこんなことは出来ないな、と思いながら。


 だってヤスミンは、いつだって私を守ってくれる立場だった。

 慰めてくれる立場だった。

 ああ、だから私はヤスミンの傍から離れがたいのだ。

 彼がいない世界では、私が忘れていたかった不安が一気に私に押し寄せてくるのが分かっているから。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい。私が弱くてごめんなさい。」


 私も同じように膝を立て、ドレスのスカートに顔を埋めた。

 四着のドレスの中で、焦げ茶色で黒の格子があるこのドレスばかり、一般庶民が毎日同じ服を着るように私も毎日着ている。

 そのせいでこのドレスはすっかりよれよれになったらしく表面が毛羽立っていて、私はこのドレスの毛羽立ちに今ようやく気が付いていた。


 私は毎日同じドレスを着る生活に慣れてしまったのよ?


 毎日自分で自分の下着を洗濯していると言ったら、アランもアンナも私に何というだろうか。

 お皿だって洗えるのよ?

 隣りにいつもヤスミンが立ってくれているから、一人で出来るって言い切れないでしょうけど、私はもう貴族の令嬢では無くなったの。


「ヒヨコ、悲しいの?悲しいのはその男がヒヨコを怒るから?」


 私が顔を上げると、ブリスが私の右横にくっついて私を見上げていた。

 心配してくれる瞳はキラキラして、私は彼に腕を回した。


「あなた方から離れたくないわ。」


「じゃあ、ずっといようよ?そのラブレさんなんかの所に行かないでさ。」


「そうだよ。ヒヨコは姉ちゃんの先生してんだろ?姉ちゃんを置いてくの?」


 私の真ん前にジョゼを抱きしめているアダンがいつの間にか座りこんでいて、弟と同じ瞳を私に向けていた。

 私はそこで、どうしてラブレー伯爵夫人の元に行かなければいけないか、という状況のおかしさに気が付いたのである。


 私はもう伯爵令嬢でないのよ?

 しがらみは無いのよ?

 生きたいように生きるべきでは無くて?


 私は天啓を受けた様な気になったそのままミネルパとアドリナの方へと顔を向けて、自分が自分でいるための希望を叫んでいた。


「ラブレー伯爵家のマナーハウスなんか行かない!評判が何よ!私はクラルティで生きていくって町に着いたその日に思ったのよ!この町で生きて行こうって!だから、だから、私をこの町においてください!ミネルパ様!アドリナ様!」


 ミネルパは、はっと鼻で笑い飛ばし、嫌だね、と言った。

 だが、何でも許してくれる祖母のような笑みを私に向けている。


「様づけでしかあたしを呼ばない子は嫌だね。」


 ハフっと、私の喉から息が漏れた。

 彼女は最初から家族として私を受け入れてくれていたのね。


「お願いよ。ミネルパ。」


 町長でもある彼女は、いいよ、と言ってくれた。

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