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悪い騎士様と純粋な王子様

 私達の壁となっていた男達は一斉に大笑いする声の主へと振り返り、なんと、声の主が私達に見えるように道まで開けた。


 そこに出現したのは、勿論、私が名指ししたヤスミンその人。


 ヤスミンは館にたむろう男達が着ているものとは違う形だが、男達の仲間のようにして黒い上着を羽織っていた。

 前髪など油で固めて上にあげ、額だって綺麗に見せているという姿だ。

 まあ!白い手袋まで嵌めているという姿よ?

 無精ひげが無ければ精悍で素晴らしいと言えるのに、勿体無い!


 そして、そのとっても勿体無くてとっても悪そうな男は、口元に拳にした左手の甲を当てて笑いを収めようと必死というご様子でおられ、私の癇に大いに障ってくれた。

 だから、彼を思いっきり罵倒してやろうと息を吸ったが、私達の壁だった男がさらに一歩引いた事で視界がさらに開けたことで息を呑むしか無かった。


 ヤスミンの斜め後ろには、私の見覚えのある人が幽霊の様にして、足元がおぼつかなさそうなお姿で立っていらっしゃったのである。


 クラルティの敵であるガルーシなどでは無く、私の婚約者だった青年、アラン・デュボア・ド・マールブランシュ、その方だ。

 金色の髪は光沢を失ってぐしゃぐしゃで、青い瞳が海の輝きにしか見えない溌溂とした目元はどんよりと落ちくぼみ、頬だってこけているという姿だった。


「まあ!アラン!そんなお姿でどうなさったというの!」


「ああ!マルファ!君がこんな男の毒牙に掛かっていたとは!」


「ごほっ!ちょっと待て!君はマルファの婚約者か?あのマールブランシュと関係しているっていう、お家柄の?」


 アランはヤスミンの言葉に自分を取り戻したように背筋を伸ばすと、違いますよ、と高慢そうに言い捨てた。

 そうよ、私の元婚約者だなんて認めてはいけないわ!


「僕は傍系なんかじゃありません。僕の名は、アラン・デュボア・マールブランシュ。マールブランシュ侯爵家の次男です。そこにいるのは僕の婚約者だった人、マルファ・ブーケ・ド・ルクブルール。ルクブルール伯爵令嬢だった方だ。僕の婚約者をかどわかした罪、あなたには死んで償って頂きたい!」


「アランったら、えええ?待って、待って頂戴!ええと、皆様、ここでお聞きされた事は全部忘れてくださいな!」


 私は声を上げるとヤスミン達の方へと駆け寄り、ヤスミンの隣のアランの腕を取って廊下の端へと引っ張った。


「何を考えていらっしゃるの?あなたは立派な血筋の方。伯爵家の者ではないと明らかになった私との関係など清算するべきお方なのよ?」


「何を言う!僕は君が伯爵令嬢だったから恋をしたんじゃない!君だったから、あの我慢ならないルクブルール伯爵夫妻に我慢できたのではないか!さあ、君。まだ恋人という事は結婚の誓いは無いという事だよね?今すぐに教会に行こう。僕の妻となれば君の不名誉などいくらでも消し去ることができる!」


 あ、私の腕こそアランに掴まれた。

 そして、私を見下ろすアランの表情の真剣さはどういうことですの?

 恋をしたって私に言ってくれたなんて!

 王子様が!

 この世の王子様と誰もに憧れられている、マールブランシュのアランが!


 だ、だけど、どうして胸が一向にときめいたりしないの?

 帽子屋の前でヤスミンが跪いてくれたときは、あんなにもドキドキして夢みたいだなんて思ったのに!


「よし。馬車を用立ててやるから、君達は今すぐ旅立てば良い。」


 私とアランの間に割り込んできた声はヤスミンであり、彼は私に常々言って来たようにして、私を元の婚約者の元に返したいらしい。

 私はそこで頭にカっと血が上った。

 思いっ切りヤスミンの脛を蹴とばしたのである。


「ひどいわ!あなた!」


 私の腕は今度はヤスミンに引っ張られ、ヤスミンは私の耳に囁いた。


「俺は海軍と問題を起こしたくないんだよ。それにな、お前の元婚約者は金持ちの良い男じゃないか!お前の幸せのために駆け落ち婚行っとけ!」


 私もヤスミンに囁き返した。

 彼の耳たぶを摘まんで引っ張りながらだが!


「貴族でもない女性と駆け落ち婚なんかしちゃったら、それこそマールブランシュ侯爵家の恥では無いですか!ここは鬼になってアランを突き放し、マールブランシュ侯爵夫妻に恩を売るべきですわ!」


 ヤスミンは私の手を軽く撥ね飛ばし、私に凄んで見せた。

 けれど出した声はやっぱり囁き声である。


「純粋なアラン君の気持ちを平気で踏みにじる提案とは!お前は悪だな!」


「何をおっしゃるの!私と駆け落ち婚なんかしてしまったら、アランが不幸になるのは目に見えているじゃないの!」


「おい。ここでお前の恋人だと言い張った後の、この俺の不幸はどうなるんだ!」


「私が恋人だと不幸だというのですか!なんて失礼な人!」


「失礼で済むか!侯爵家次男は俺の処刑を口にしていただろうが!」


「だから息子では無く父親の侯爵の方に恩を売りなさいと申しているのです!」


 私達は互いに口を閉じ、睨み合った。

 数秒後、ヤスミンの方が先に動いた。

 私達はこの場をとりあえず逃げ出した方が良いと互いに同じ判断をしたようで、ヤスミンがまず私に対して大声をあげたのである。


「この生意気小娘が!表に出ろ!」

「望むところです!」


 間髪入れずに私も大声で答え、私達はそこで今だという風に同時に一歩を踏み出そうとしたが、私とヤスミンの進行方向を金色の影が遮った。


「いい加減にしてくれ!僕は自分で自分のことぐらい判断できます!」


 私とヤスミンに割り込んできたアランは、再び私の腕を掴んで自分に引き寄せた、だけでなく、私を抱き締めた!


「アラン!」


「さあ、一先ず僕の宿に行こう!君の大事な侍女、アンナも君を待っているよ?」


「え?アンナが?アンナはルクブルールの館にいるはずでは?」


 アランは笑みを浮かべた。

 頬がこけている今の顔は、安心できる笑顔と言えず、病的な人が浮かべるそれにしか見えなかった。


「アラン?」


「僕は君だけを求めているんだよ?だから君が消えた後はアンナを頼りにしたんだ。彼女は君から手紙を貰ったと言って、僕に教えてくれたんだ。」


「ま、まああ!アンナは一人で来てくれると思ったのに!」


「君を失った僕達は、君の情報を分かち合う同志になったんだよ?」


「まああ!」


「さあ、お願いだ。僕と逃げて助けて欲しい。僕は本物のルクブルール伯爵令嬢とは結婚したくはない。」


「そ、そんなの、正式な婚約だってしてはいなかったはずでは……。」


「父がルクブルール伯爵と交わした契約書がある!婚約はすでに正式なものとなっている!我が家の方から婚約など破棄することはできやしない。」


「ま、まああ!」


「アンナは、君と僕が駆け落ちをすれば全て丸く収まると言っている!もう一度君達を入れ替えるんだ!僕は君と結婚し、本物のマルファ嬢は彼女が幸せだと思う相手と結婚させる。社交界では有名な君だ。誰も本当は君の方が偽物だと指を差しはしないだろう。」


「ま、まああ!」


 わ、私は友人だったアランの為に、アランと駆け落ち婚をするべき?

 最初に彼と約束した時には、結婚する事があったとしてもって、考えたわよね。


 それならば!


 そう覚悟を決めようとしたけれど、覚悟って言葉を自分が考えた事で、アランとは結婚など出来ないと自分に認めるしかなかった。

 覚悟を決めなきゃってところで、私はアランと結婚したくは無いのだわ、と。



お読み頂きありがとうございます。

王子様ようやく出せました!

ですがヤスミンはチョコレートな魔王様です。

外見比べ、では。

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