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町で働いておりますのよ

 町内会議から二週間たった。

 私がミネルパの店に働きに来て、そして、週に二回、ソフィがファルゴ村とクラルティを行き来する日にエマの家で家庭教師をするようになって、ようやく今日で四回目、という日である。


 つまり、火曜と金曜に家庭教師をしているので、今日は金曜日、ということだ。


 ソフィとフェリクスは互いがいる事で発奮するのか、ソフィは簡単な単語をもう綴れるようになっているし、フェリクスは嫌々ながらでもピアノを奏でる指は少しずつ柔らかくなっている。


 彼はピアノなどと私に怒ったが、ピアノがあるならば使わなきゃ。

 それに私が彼に音楽を強要する理由は、音楽は数学理論と結びついてもいるし、古い曲の有名なものを知っているか知らないかで教養のある振りも出来るからという親心的なものである。

 なんだかんだ言っても、貴族の子弟は音楽会という名のホームパーティに幼いころから狩り出され、互いの家を行き来しているという生育環境なのである。


 楽器が使えるか使えないか、それって紳士階級に入り込むにはとても大事なのよ、フェリクス。


 ぷああああん。


 店の外で小さな子供がちいさな笛を吹いたような音が響いた。

 その間抜けな音に、私とミネルパはクスリと笑い声をあげた。

 本当に平和だ。

 この二週間、クラルティの町には何事も起こっていない。

 あんなにもガルーシをどうするかと話し合ったはずなのに、ガルーシはあの日から全く姿を見せないという肩透かしなのである。


 さて、私とジョゼをブルーノ雑貨店に放出して私達がいない間、ヤスミンは一人で一体何をしているのかというと、私とジョゼのいない自宅で昼寝を存分になさるそうだ。


「いざという時に君達の安全確保に手間取っていたら、敵に簡単に攻め入れられてしまうだろ?」


 そういう風に言われたら、私は、そうね、と答えるしかない。

 いざという時に熟睡されてたほうが危険じゃない?

 なんて言い返したかったけれど。


「あの、お会計を。」


「はい、ありがとうございます。千二百三十レンです。」


 私が客が出した品物の値段を一瞬で計算して言うと、客は驚きながらもお金を差し出してきた。

 私は客が差し出した銀貨に対してのお釣りをすぐに差し出したが、やはりお客は目を丸くしながらも受け取って、小首を傾げながら店を出て行った。


 おかしなお客さんだこと。

 そんな風に思った途端に、私の隣に控えていたミネルパが軽く笑った。


「あんたは計算が早いね。」


「まあ!ありがとうございます。計算は大好きでしたので、褒めて頂けるのは嬉しいですわ。でも、計算が出来るのは可愛げが無いから隠しなさい、と女学校の先生には注意されましたのよ。」


「ハハハ。計算できない男には可愛げが無いだろうね。あとね、今の客は昨日初めて来た客だけど、それから三回目も来ているんだよ。昨日はマルファが帰った後にもう一回来たんだよ。だからさ、明日また来た時にはね、ゆっくり計算して、いい天気ですね、ぐらい言っておあげ。」


「まあ!三回も来て下さったお得意さんでしたの!ええ、明日にはいつもありがとうございますとお伝えしますね!でも、知らない人とお話したら?」


 私は急にヤスミンの作ったルールを思い出した。

 書かれた時には反発したが、最近ではそれを何度も読み返してお守りのようにして折りたたんだものを小さな小袋に入れている、という有様だ。

 私ったらどうしたのかしら?


「店商売で客に愛想を振りまかなくてどうする?あたしが良いって言った相手には良いんだよ、ヒヨコ。」


「そうですわね。ミネルパ様の言う通りですわね。」


「アハハ。今から楽しみだね。お客と長話になったら、ヤスミンが突撃してきそうだからね。」


「まあ!ヤスミン様はお昼寝中ですわよ。」


「あいつは寝ている時が一番悪たれなんだよ。」


「まああ。そんなに寝相がお悪いの?では一緒のベッドで寝ているジョゼが五時には外に出たいと鳴きだすのは、仕方のない事なのですね。」


 雑貨店の真ん中の床で転がっている仔犬が自分の話題だと気が付いて顔を上げたが、彼女はヤスミンに名前を呼ばれない限り返事をしない。

 ジョゼは再び頭を床に落として、ヤスミンみたいに寝直し始めた。


「もう、ジョゼもヤスミンも、寝直すなら朝はゆっくり寝ていればいいのに!」


「あんたは子供すぎるねえ。だけど、それがヤスミンには良いんだろうねえ。」


 どういう意味なのだろうかとミネルパを見返した時、雑貨店の扉についた鐘がカランと鳴って誰かの入店を知らせた。

 見れば、黒い髪を適当に結いあげた黄色い目の美女、アドリナであった。

 彼女は腕に自分の赤ん坊を抱いており、あの日の妖艶にも見えた雰囲気とは全く違っている。


「おや、いらっしゃい。旦那さんとこっちに来たのかい?」


「違う違う。クロエの所にうちの野菜を届けたソフィがさ、うちの旦那がヤスミンのとこに行くのを見たって言うもんだからさ。また悪い遊びを覚えさせられたらたまんねえよって、慌ててやって来たんだよ。」


 アドリナの旦那様でありソフィの父であるレニは、ファルゴ村の大きな農家の主人であり、村の青年団をまとめている人でもあるという。


「父ちゃんさ、ヤスミンに心酔しすぎていてね、ヤスミンの真似をしたがるらしいんだよ。あたしは別に構わないんだけど、母ちゃんがそれを嫌がってねえ。」


 ソフィがそんな事をぼやいた事がある。

 確かに、ヤスミンは頼りになるが、ろくでなしな所も大いにあるので、アドリナがレニについて不安になるのはすごくわかる。


「ヤスミン様の悪い遊びって何ですの?」


「ああ、ヒヨコもいたか!ヒヨコ!お前はちょっとあたしの子を見ててくれるか?あたしはミネルパを連れてヤスミンの所に行かなきゃだからね。」


「い、いいですけれど。私も行きましょうか?」


 すると、ミネルパとアドリナは、同時に私に同じような顔を向けて、来るな、と叱るような声で言い放ったのである。


「ふえっ。」


「ああ、大丈夫大丈夫。お母様もミネルパ様もあなたを叱っていないわよ。」


「ああ、すまないね。ヒヨコ。あんたには汚い夫婦喧嘩みたいなものは見せたくないんだよ。結婚前の女の子に結婚生活の幻滅なんかさせたくは無いだろ?」


 私はアドリナの赤ん坊、ノエミを抱きしめながら、私の姉のようになったアドリナに微笑み返した。


「ええ、そうですわね。それで、ノエミちゃんのミルクの頃には戻って来て下さります?あと、オムツも変えた事が無いので、ええと?」


「ああ、オムツもミルクも大丈夫だよ。二歳半だからね。」


「まああ!二歳半は何を食べるの?」


「ええと、アダンもこっちに置いておけば良いかな。あの子なら何でも分かっているからさ。」


「アドリナ、ブリスだけ連れていくとなると、アダンは癇癪を起さないかい?」


「ああ~そうだね。だけどブリスは馬車から降りないなあ。」


「アドリナ。ヒヨコも連れていくよ。この子は少々現実を見せて夢を壊した方がいい。あたしらがこの子の赤ん坊の世話をする事になるのは嫌だろ?」


 アドリナは、そうだね、というと、私の腕から自分の赤ん坊を取り戻すと、私に対して、行くよ、と言ってくれた。

 連れて行ってくれるのはありがたいけれど、八歳の子供のアダン君よりも使えないって二人に判断されたのは悲しいわね。




お読みいただきありがとうございます。

今日は夜にあともう一話だけ投稿します。

書き溜めた分が第四章まであるんです。

そして、そして、ブックマークが51も頂けたと嬉しくて!!

誤字脱字について教えて下さる方ありがとうございます。

また、ブックマークを付けて下さった方々、本当にありがとうございます。

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