贈り物には下心つき?
私の着替えも終わり、朝の仕事だった洗濯も終わり、ようやく私達が朝食の席に着けたのは時計の針が十時を軽く回った所だった。
「大遅刻だな。ミネルパが怖いよ。」
「あら。人様のお家をお訪ねするのに、十時前では逆に失礼に当たりますわ。」
「取りあえずお貴族様時間を持ち出して誤魔化すな。」
「……ごめんなさい。」
私は本当はこんなことが言いたいわけではないのに、と思ったが、ここまで時間がかかった私がいけないのである。
洗濯はヤスミンが傍についてくれたからあっという間に終わった。
脱水されて皺くちゃになった自分のドロワースやキャミソールが、ヤスミンの言う通りにパンパンと叩いたり振ったりすると、皺がどんどんとなくなっていき、どんどん楽しくなってしまったくらいだ。
ついでに、私の持ち物を干す場所にはヤスミンが衝立を立ててくださっていたので、私の尊厳を守って貰えたような感謝だってある。
そう、感謝。
私はあのドレスのお礼が言いたいのに、なぜか、御礼を言うタイミングを逃してばかりなのである。
着換えてすぐに部屋を出た時、私は自分の下着を抱えていたので、ヤスミンの顔を見る事は出来なかった。
ヤスミンこそ私が部屋の扉を開けるや歩き出したので、私は洗濯室に行くまでの間、彼の後姿と彼と仲睦まじい様子を見せつける犬のお尻を見ていただけだ。
洗濯中は、恐らく、多分、ありがとうはヤスミンに連発していたわ。
だって、衝立という気遣いもそうだし、あれもこれもと教えていただくそのたびに、私はありがとうと言っていたから。
だから、ドレスの御礼のありがとうが遠のいてしまっていたの。
では、朝ご飯の準備の時に、は?
「ぷは。君はヒヨコだもんな。仲間の救出には必死になるのは当り前か。ハハハ!熱いフライパンの上にヒヨコさんが落ちたら可哀想だわ!わたくしがぴいぴい鳴いていないか確かめるから、その卵を割るのは待ってちょうだい!」
ヤスミンは私の口真似をして、そこで大きく吹き出した。
「あら!採れたての新鮮な卵っておっしゃるから!死んでいない卵でしたら、中でヒヨコさんになってしまうじゃないの!」
「ならない!生んですぐにヒヨコにならない!」
ヤスミンはさらに大きく笑い出し、お行儀悪くテーブルに両肘をついて、その両手に顔を突っ込んでいる、というお姿となっている。
私は自分を揶揄うだけの彼に期待するのをやめて、彼が作り上げてくれたお月様のようなオムレツにフォークを入れた。
オムレツは火が全部通っているのに、口の中でふわっとして柔らかかった。
「美味しいわ。あなたは何でもお出来になるのね。本当に魔法使いみたい。」
ヤスミンは自分の手の平から顔を上げ、私に優しい微笑みを返した。
いえ、少しはにかんでいる、ような?
そんなヤスミンの表情を目にした事で、なぜかあのドレスを見つけた時の私の今朝の驚きと嬉しさが、私の中で蘇ってきたのは驚きだ。
「あの、本当にありがとうございます。すごくすごく御礼を言いたかったのに、御礼が遅くなってしまって。あの、あのドレスを買ってくださって、あの――。」
私は続きが言えなくなった。
ヤスミンが私の手からフォークを奪うと、それで私の皿のオムレツをすくい、卵を私の口に突っ込んできたからである。
「むぐ。」
「冷めるから食べちゃって。それから、ヤスミン様からの大事な教育だがね、男が女に服を買う時は下心があるものと心得よ、だよ。」
まああ!
ヤスミンが私に?下心を?
「大事な頼みがあるんだ。聞いてくれるかな?」
卵が口にいっぱいの私は、軽く頷いて見せた。
そしてせっかく卵を飲み込んだのに、ヤスミンは私の口に卵がいっぱい乗ったフォークを差し出して来た。
私にご飯を自分の手で食べさせたい?それが彼のお願い?
ほら、干し肉を小さくちぎってはジョゼにあげたりしているから、彼はご飯を誰かに食べさせる行為が好きなのかもしれないのかもよ?
でも、この行為は少し親密すぎない?
それでも私は彼の願いを叶えるためだからと、卵がこんもりなフォークの先をぱくっと口に入れた。
「ちゃんと聞いている?食べるのに夢中なのはありがたいけれどね。」
私は彼に分かるように、今度は大きめに首を縦に振った。
ヤスミンはフフッと笑い、君には出来ると思う、なんて呟いた。
私は彼のその悪辣そうな笑みに少々ぞっとした。
ヤスミンが飽きたり適当になると、待て、などの芸をジョゼはさせられたりしていませんでした?
いえいえ、放っておかれている今のあの子は、四つん這いで器に顔を突っ込んでご飯を食べているでは無いですか!
急いで卵を飲み込むと、次の一口が来る前に声を上げていた。
「犬みたいにご飯を食べろって命令は無しで!四つん這いになってご飯を食べるのは私には絶対にできませんわって、頭をぐりぐりなさらないで!」
「俺を愚弄するのもいい加減にしろよ。そんな趣味あるか!」
「まああ!安心しましたわ。では、私にお願いって何ですの?招待状の宛名書きですか?」
「ヘロヘロ文字手紙を俺の名前で出されたくないからそれは無い。昨日のクロエの店で会った奴らを覚えているか?」
「あの素敵なユーリアさんですか?」
「ユーリアが一番のお気に入りとは、マルファも陰険組か。ハハハ、そっちじゃ無くてな、黒髪のアドリナの方だよ。あいつだけクラルティに住んではいないって紹介はして……いないか。」
「まあ!でもあの方もクラルティの町会議員さんなのでしょう?」
「今はファルゴ村の大農家に嫁いでファルゴ村の人間となっている。そこでファルゴ村とクラルティを結ぶ渉外役にとミネルパに指名されたんだ。ミネルパは単に親心で見守りたいが本音だろう。それで昨日都合よくあいつがこっちに来ていたのは、継子への誕生日プレゼントにあのドレスが欲しいってドレスを見に来ていたからだよ。」
「ま、まあ!横取りしてしまったという事ね!ええ、ええ。お返しするわ。」
「違うから泣きそうになるな。」
え?
確かに辛いけれど泣いていないと目元に手を当てたが、やっぱり乾いていた。
「騙された!でさ、俺が言いたいのは、あの首都で流行っているドレスをアドリナは娘に与えたいけれど、元娼婦だった彼女がそのドレスを与えたら村の女達に娘こそ悪く言われそうでできないって事だ。流行り何だろう?大事な娘に流行りものを着せて着飾らせたいってあいつは思っているんだよ。」
「まあ!素晴らしい母親ですわ。でも、それが私があのドレスを頂いた事とどう関係してくるのですか?」
「元ご令嬢が着ているドレスなら、村の女達も自分の娘に着せたいって思うだろ?村の女の誰かがあれと同じドレスを買ったら、アドリナも娘に気兼ねなくドレスを買ってやれる、だろ?」
「ま、まあああ!そのとおりね。でも今の私は、未婚なのに独身男性の家に居候している身の上ですわよ?恐らく、いいお母さんをされているアドリナ様よりもきっと評判は悪いはず、ですわ。」
私は自分で口にして、そんな身の上に落ちた自分を悲しむどころか、全くかまわないと清々しい気持ちでいる事に驚いていた。
一昨日は評判が落ちたとあんなに大泣きしていたと言うのに!
そして私の言葉を聞いたヤスミンこそ、あ、と自分の評判が落ちたと気が付いた人があげるような短い悲鳴を上げていた。
「俺こそ自分の嗜好が誤解されている危機にあったのか。最悪だ。」
お読みいただきありがとうございます。
今日は少し長めで読みにくかったかと思います。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




