仕事を見つけねば
ルクブルール伯爵家を出た私は、大きすぎる鞄を引き摺りながら取りあえず郵便馬車に乗って適当な町に向かった。
一日半は馬車に乗っていたので、郵便馬車の硬い座席に苦しめられた尻が解放されたそれだけで気分は高揚しており、前途だって洋々としている気がした。
そこでまずは求人情報だと、私は新聞を売っているスタンドへと向かった。
ここはルクブルール伯爵家の領地を出て最初の町、クラルティという名前らしいが、この町は首都から近いからか活気があった。
これならば女中の一人か二人の募集ぐらいあるはずだ。
だって、伯爵家では、小間使いを取り替えたいと母が言えば、その日のうちに新しい小間使いが屋敷に現れたじゃないの。
絶対に大丈夫。
絶対に今日中に仕事を手に入れられるわ。
しかし新聞を手に入れて、私は大きく舌打ちをするしか無かった。
求人募集の欄には、ひとっっっつも女中募集など無いのである。
「まあ!どうして!五レンも新聞に払ったと言うのに!」
五レンと言えば、小さなパンが一個買える金額だった。
そんな大金を払ったのに、私は情報を一つも手に入れられなかったなんて!
私は自分の軽くなった財布が入った手提げ鞄を見返して、口惜しさできゅっと唇を噛むしか無かった。
ルクブルール伯爵だって鬼ではない。
一応は、娘で無かった娘に対し、手切れ金となるお金を渡してくれたし、大きな旅行鞄がパンパンになるぐらいの着替えを詰める事も許してくれた。
宝石は全部置いて行きなさい、だったけれど、それは仕方がないわよね。
お金と着替えがあるだけ充分よ。
アンナはこれじゃあ一か月も生きていられないって泣いたけれど、庶民の娘として生きるのであればこれで充分だと思う、わ?と私は屋敷を出てきた。
そうして、郵便馬車の切符代に涙を流し、切り詰めなきゃと一日半は何も食べていないという、現実を思い知らされている最中であるのだ。
「ああ!今日中には住み込みの仕事を見つけて、今頃は将来の不安など無い生活だったはずなのに!」
ぽた。
まあ、雨かしら?
私は上を見上げたが、空は私をあざ笑うように晴天なり。
「う、うう。」
伯爵令嬢たるもの、こんな人前で泣いてはいけないわ。
新聞で顔を隠すのよ。
私は新聞を持ち上げて、まあ!これこそ天啓ってものを授かった。
私が零した涙の痕。
そこにはなんと、私が見逃した求人が載っていたのだ。
ヤスミン・デジールという女性が、療養中の自分の話し相手となる身持ちの固い女性を募集しているじゃないの、と。
そうよ、私は何故女中募集欄ばかり見ていたの?
昨日まで伯爵令嬢だった私は、伯爵令嬢としての教養を身に着けているし、寄宿舎付の女学院だって卒業しているじゃないの。
お金持ちの子供の家庭教師にも、お金持ちの高齢女性の話し相手にだってなれるのよ?
「神様!見守っていてくださってありがとうございます!」
私は善は急げだと、その家へと重いトランクを引き摺りながら駆けだした。
住所?近くの交番で聞けばいいのよ!
え、交番はどこかって?どこかしら?
ええと、道に迷った時、召使達はいつもどうしていたかしら?
私は再び唇を噛みしめると、周囲を見回した。
首都では服がボロボロの子供に小銭を握らせると、その子供達が馬車の先導をしてくれたりしたのだ。
まあ!クラルティの町ってとっても裕福そうな人ばっかりね!
……どうしたらいいのかしら?
がっくりと頭を下げたその時、私のスカートに柔らかい何かが押し付けられた。
何だと見れば、狐ぐらいの大きさで、白い毛がぼさぼさな小汚い犬が鼻先をスカートに押し付けているのである。
その犬は腹を空かせているのか、きゅいんと鳴いて私を見上げた。
「ごめんなさいね。私も昨日から何も食べていないの。ふふ、ヤスミン・デジールの家に連れて行ってくれたら、あなたにご飯をあげましょう。」
「わん!」
「え?」
犬は大きく尻尾を振ると、私のスカートの裾を咥えた。
まるで、こっちだよって教えてくれるように。
私は白い犬の後を追いかけた。
白い犬は神様のお使いって言うじゃないの、って。