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男は淑女を守りたがると教わりましたの!

 私を通せんぼしている二人の男。

 一人は粗野な、という形容詞がぴったりの大きなだけの男だったが、もう一人は紳士階級的な姿をしているだけに私をぞっとさせた。


 ヤスミンよりも十は年上の男は、光沢のある上等なウール生地のスーツを着て、喉元には派手なシルクのスカーフを巻いているという洒落者という服装をしているが、彼が発した言葉と同じぐらいに下卑た存在にしか見えなかったのである。


 ヤスミンの汚い言葉は散々に聞いていた。

 そして、今までヤスミンに一度だって感じなかった、嫌悪感、という感覚を、この男が発した一言だけでひしひしと感じるのは不思議な所だ。


 私はラッピングされた荷物を胸にぎゅっと抱き、自分の顔や姿がその男の視線から隠されればいいと思いながら身を丸めた。


「おいおい。なんだそのおぼこな振る舞いは!あのデジールを咥え込んで誑し込んだんだろう?あいつが昼間に女連れで歩くなんて初めてなんだよ。」


 まあ!

 どうして私の口元はにやけてしまったのかしら?

 ヤスミンは私にこのラッピングされたものを買わせるためだけに、お出掛けに連れ出してくださっただけでしょう?


「良い人質だ。あいつが無抵抗になるなんざ、良いざまだよ。」


 まあ!

 私のせいで彼を危険にしてしまったの?

 ヤスミンは振り向くな、と私に言い聞かせていたけれど、私は振り向いてしまっていた。


 ヤスミンは地面に座りこんでいて、その彼を二人のならず者が取り囲んでいるという状況だった。


「まあ!あなた!」


 ヤスミンの元に逃げようと動き出したところで、私の左の二の腕が男に掴まれて再び前を向かせられてしまった。


「ほら、お前は動くんじゃないよ?いや、しっかりと振り向かせて後ろを見せておいた方が良いか?動けなくなっちまったデジールがこれから嬲り殺される所が見れる特等席なんだからな!」


 わ、私が人質だからですの!

 私は声に出さなかったが、男は私の言葉が分かったようにして、嫌らしくニヤリと笑みを顔に作った。


「安心しろよ。俺がちゃんと可愛がってやるからさあ。」


 どうしたら!

 こういう時はどうしたらいいの!


「皆さん。男性は貴婦人というものに夢を見ます。貴婦人というものはか弱く、その文字の如く尊い存在です。いかなる男性でも傷つけてはいけないと思わせる至高の存在なのでございます。ですから私達はそんな男性達の夢を壊さないように、男性達に大事にされるように、いついかなる時も貴婦人であるべき姿を演じるべきなのです!」


 もう!

 鼠を見たら気絶する授業の時の教師の口上を、どうして今思い出すのよ!


 でも、私が貴婦人ならば、この男も酷い行為をしようとは考えない?

 ほら、彼は私をふしだらな女だと思い違いしているような言葉を発したじゃないの!

 そうよ、今の私は下女として振舞っていたのではなくて?


 私は天啓を受けた気になっていた。

 だから、貴婦人として、あの授業の時の様に、いもしない鼠に脅えるか弱き乙女を演じる事にしたのである。


 いもしない鼠を見た振りを……。

 まあ!路地から白い顔を出している子がいるわ!

 ヤスミンに待てをさせられて家の庭に取り残されたはずのジョゼだったからか、彼女は無表情な顔を見せていて、その顔は私のこれからする演技に私を集中させる良い活性剤となった。


「ああ!恐ろしや!」


「え、なんだ?」


 ほら!男の手が私から離れた。

 私はそれをよい事に、授業で教わった通りに気絶した風にして道路に倒れた。

 綺麗な街で良かったわと思いながら、ラッピングした荷物を枕にするようにして、しなりと横になったのである。


「な、なんだ?この女は!急にどうしたんだ!」


 男は狼狽した声を出した。

 私が貴婦人だと知ったから、自分の無体な行動に恥を感じたのね!

 さらに!倒れた私の足元の方で、ヤスミンのいる方だが、軽い打撃音がした後に、ヤスミンの大きな笑い声が響いた。


 え?笑い声って、笑っている?


「てめえ!この女が――。ぎゃあ!何だ、この犬は!」


 何が起きたの?と薄眼を開けてみて見れば、男の右手にがっぷりと咥えついて宙に浮く白いぬいぐるみが見えた。

 そのぬいぐるみは、大男に殴られる前にひょいッと身を翻して紳士風の男から離れ、私の体の上に着地した。

 けれど彼女は一切引いてはいない。

 まだ牙をむいて男達に対して唸っているじゃないか!


「彼女に触れるなよ?死にたくなければな。」


 低い低いヤスミンの声は静かであるのに、私の背筋がぞくっと凍えた。

 カチャンと、何かの金属の音も聞こえた。


「銃を持っていたか!ほら、アドスン、引くぞ!」


 私を捕えていた男は手下の大男に呼びかけると、大男が最初に現れた方角へと駆け出して逃げて行った。


 ええと、起き上がってよろしいのかしら?


 ワン、とジョゼが鳴いて私の上から飛び退り、仔犬の軽やかな足音が遠ざかった代わりとして私の方へと足音が近づいてくる?

 薄目だった目を再びぎゅうと瞑り、私は気絶した振りを続ける事にした。

 そう、私は貴婦人なのだから!


「はっははは。狸寝入り、よくやった!アンモニア水を被せられたくなかったら起き上がれ。」


 私は両目をパチッと開けた。

 私を見下ろすヤスミンは、悪戯な少年の様に両目を輝かせている。


「君が嘘くさい気絶をしてくれたおかげで、敵の虚を突く事が出来たよ。」


「嘘くさいだなんて!恐ろしい目に遭った貴婦人として、私は気絶してしまっただけですわ。」


「怠け者が何もしたくないと、ごろっと寝転がっただけに見えたけどね?」


「まああ!ひどい!気絶する練習では優等生でしたのよ!私は!」


「君は何を練習しているの!そして優等生って、誰の前で気絶したんだ?」


「あら、貴婦人らしく気絶は、女学校の必須授業の一つですわよ?貴婦人たるべき嗜みを学ぶ授業です。貴婦人は、いついかなる時だって、貴婦人として振舞わなければいけないのですわ!男性諸氏の夢の存在であるために!」


 ヤスミンは私に感銘を受けるどころか、咽た様に息を吸い込むやけたたましく笑い出してしまった。

 寝ころんだまま何を言っているの?という感じですわよね。


「き、気絶の練習が貴婦人の嗜み!ヘロヘロ文字といい、俺も女学校に行きたかった!」


 笑われた私は歯噛みしながらゆっくりと身を起こしたが、私が起き上がったその代わりの様にして、なんと、ヤスミンが騎士の様に片膝を落とし、私に右手を差し出してくるではないか!


 もちろん、前髪を上げた最高の顔で、蕩けるようなチョコレートの魅力を前面に押し出した笑顔付きで!


「夢のような君、あなたの機転で私は危機を脱する事が出来ました。」


「まあ!」


「あなたをお守りする光栄を、今後もこの下僕にくださりませ?」


 私はヤスミンの差し出した手に自分の手を乗せていた。

 なんて夢のような場面だと思いながら!

 場所は人気のない商店街の路地でしか無いけれど、騎士とお姫様ごっこはいついかなる時だって貴婦人達の夢でもあるのだ。




お読みいただきありがとうございます。

今日はお休みなので二回投稿してしまいました。

R15の設定をしていなかった、また、今回はほのぼの路線のみで行きたいと考えていますので、乱暴な個所はさらっとです。

明日からまた一日一回となります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりにゆっくり読みに伺えました…… で、感想ですが、 あー ("・∀・)イイ!! ("・∀・)イイ!!です ヤスミンとマルファがますます好きになりましたよ! この二人…
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