お祝い返しなのですの
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二人を好きだといってくださる皆様のお陰です!
結婚式前日まで学校を休まずに続けた代わりに、結婚式後の二週間はお休みにする事を子供達には伝えてある。
私の代りの二週間は、親友であるアランが村で教鞭をとってくれている。
持つべきものは友である。
本当は一か月ぐらい新婚旅行でもして夫婦の絆をしっかり結ぶべきだとアンナは言い、バルバラは伯爵家の別荘を使っても良いと勧めてくれたし、ルクブルールの両親達はグランド旅行(ヨロッパ一周旅行)の手配だってしてあげようなんて動こうともしてくれた。
でも私はクラルティのヤスミンの家で、二週間ヤスミンと一緒にひたすら二人でだらだらする、が魅力的でそっちを選んだ。
子供が出来たら身軽な旅行は出来ないわよ、と、修道院長は呆れ声で私の選択を嘆いたが、だって、私はもう彼を外国に連れていきたくなんか無い。
それに私は、とってもインドア派なのだからこれで良い。
後悔は、二週間なんて区切りを作っちゃったこと。
一週間はあっという間に過ぎて、二人きりのひきこもり生活は五本の指で余ってしまうばかりとなっている。
「しくった。俺想いの君を考えて、俺こそが動くべきだった。」
一階の私の書斎兼アトリエという部屋の戸口で、ヤスミンは頭を抱えて大きくぼやいた。
私は机に置いてあるカードを見下ろして、それからヤスミンを見返した。
「印刷に出すから君はそんな面倒をしなくていいよ。」
「あら、印刷しても宛名は結局は手書きじゃないの。どうせ書かなきゃいけないものなんですから大丈夫ですのよ。」
ヤスミンは戸口からたった数歩で私の直ぐ真ん前に来ると、私に甘い言葉も無く私の唇を奪った。
ぶちゅっと言うキスだったので、彼は取りあえず言いたい事を言う、という選択をしたみたいだ。
私は早くおっしゃって、という風に眉を上げ下げして見せた。
「あ、憎たらしい。」
ヤスミンは適当な椅子を引っ張って来ると、そこに座り、私をまじまじと真面目な顔で見つめ、自分が私よりも年上であるという事を私に思い出させるような口調で子供みたいな事を言い放った。
「君は忘れているが、俺達は新婚で、ハネムーンはとにかく日常を忘れた上での甘いものである必要があるんだよ。」
そして、そっと私から私が握るペンを奪ってペンを置き、空になった私の手を両手で捧げるようにして包むと自分の口元に持っていくではないか。
ちゅ。
手の甲にだけのキスなのに、私はお尻迄きゅっと絞まっちゃった感じ。
最初の夜とか、それからの毎夜、とか、昨夜とか昨日のとか、いえいえ、今日の朝のことだってぱああっと思い出しちゃったみたいだわ。
でも、私はやらなきゃいけないことがある。
私達の幸せのために!
いいえ!
ヤスミンの幸せのためによ!
「宛名とありがとうだけの簡単なカードですから、ぜんぜん負担では無いわ。」
「だけどさ、君や君の親族や友人達が招待状を送った貴族連中へのお返し関係は、とっくに全部手配してあるだろ?そこにまた面倒を重ねるのかな?ただでさえ結婚式前後に猥雑なやり取りがあるんだ。そこに面倒なサプライズを付けて流行なんてしてしまったら、今後結婚する若いカップルが結婚式後が面倒になったのは君のせいだって君を恨むだろう。俺は君を守りたい。君から君を守るために俺は鬼にだってなるだろう。」
「何をおっしゃっているのか!私が書いているお礼状は、クラルティとファルゴ村の方々へのものですわ。」
「だからさ。そいつらにも一斉にありがとうしただろ?結婚式に来てくれた奴らには引き出物、披露宴準備してくれた奴らにはちゃんと別に御礼を渡すように手配してある。それ以上の御礼はかえって負担で嫌味だぞ?」
私は椅子から立ち上がると、庭が見えるだろう窓に歩いて行き、レースのカーテンを引いて我が家の庭の様子をヤスミンに見せつけた。
「ああ!それか!」
ヤスミンは私が見せた光景に私のように歓喜をあげるどころか、徴兵の呼び出しが来てしまったと嘆くように頭を抱えた。
「呪いだ。戻ってきた呪いだ。」
「何をおっしゃられるのやら。」
私は庭を見返した。
そこには幸せの象徴しかない。
我が家の庭には、私が作ってバザーで売ったヒヨコのオブジェたちが、いつのまにやら結婚祝いのおめでとうを言いに一斉に戻ってきているのである。
誰が始めたのか知らないが、玄関口にお祝いの小物やお菓子やお酒などなどを置いて行った印として、自分のヒヨコさんを庭に差して行ったようなのである。
それも自分だとわかるように、眉毛が書いてあったり、リボンで飾られていたり、お花のペイントをさらに施されている子もいるのだ。
例えば、ミネルパのヒヨコには玄関に置かれた贈り物についているブルーノ雑貨店のブルーのリボンと同じものが結ばれていて、贈り物の方のカードには煩いヤスミンを縛って置ける差し入れだよ、と書いてあったという風に、だ。
これは、二週間の二人きり生活をしっかり楽しめるように、という、彼らの優しさと心遣いに他ならないのである。
私は彼らの気持が嬉しくて、彼らに御礼と一緒に手渡せるようにせっせとお礼状を書いている、とそういうわけなのだ。
「マルファさん。愛する君。」
「なあに?大事な私の旦那様?」
ヤスミンは、まあ!耳まで真っ赤になった。
それでもってはにかんだ表情をして私から目を逸らした!
私が愛して尊敬している年上の人が、可愛い、という振る舞いをしてみせた事がとても衝撃だった。
それが嫌、どころか、可愛い、と抱きしめたくなっていた。
うん、気が付いたら私は彼を抱きしめていたわ。
私に抱きしめられるや、私の腕の中で私の服に上から私の胸にキスをするという不埒な人に戻ってしまったが、顔をあげた彼の顔が完全に人を蕩けさせるチョコレート以上の甘さと魅力があったのだから構わない。
「ヤスミン。愛しているわ。」
「愛しているよ。俺も書く。せっかく二人いるんだから、俺を使わなくてどうする?そうだろ?俺は君の旦那さんなんだよ。」
「まあ、まあ!ちゃんとあとで使わせていただくから、今ぐらいはゆっくりしていただこうと思っていましたのよ。御礼カードを書くのは私には全く負担ではありませんもの。」
「うん。使って使って!」
ヤスミンは私に使われる予定と聞いて、怒るどころか嬉しそうな子供みたいなはしゃぎ声をあげた。
なんて彼は心が広くて優しい人なのかしら!
そして、いたずら者。
彼は私をぎゅうと抱いて自分の膝に座らせただけでなく、パクパクという食べてるような音を立てながら私をくすぐってきたのだ。
これがもしかして使われるって事に対する仕返し?
「もう、もう!あなたったら!」
「アハハ。俺を使うのは今からでもいいよ。俺はとってもお腹が空いている。」
「まあ!じゃあ町に行きましょうか?良かったわ!ヨタカ亭でご飯を食べたら、ミネルパのお店に注文していたドラジェを受け取りに行きましょう。お礼状と一緒にそれを配ろうと考えていたの。」
あら?ヤスミンが固まった?
先程までの悪戯っぽい表情は完全に消え、いえ、まるでブリキの人形みたいな無表情の人になると、彼は外見みたいに硬質な声を出した。
「俺を使う予定って、荷物持ち?」
「だから今はゆっくりなさっていていいのよって、痛い!」
「うるさい。俺の心はもっと痛くてささくれちまった。」
ええ?
彼はどんな風に使われると思っていたの?




