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ジョゼとヤスミン

お読みいただきありがとうございます。

ネット小説の一次通過いたしました。

これこそ皆様のお陰でございます。

ヤスミンの過去と現在を数話ほど、皆様へのお礼になれば良いと思いながら投稿します。

まず、マルファと出会う前の半年前。

大怪我を負ったヤスミンとジョゼの話となります。

御礼なのに暗い話で申し訳ありません。

「起きてください。デジール中佐。」


 揺り動かされて目を開けてみれば、二重のぼやけた風景であるが確実にまだ山の中という茶色と緑の世界である。


 敵地にまで馬を走らせ進撃した所で、彼は失うだけ失って逃げ帰って来たのだ、と思い返した。


 さて、ヤスミンを揺り動かして起こした青年、腕に救護の腕章をつけている軍医の卵らしき青年は、医者らしく患者を責めるよりは慰める笑顔を彼に見せた。


「水を飲んでください。あなたを死なすわけにはいきませんから。」


 ヤスミンは差し出されたカップの中の少量の水、口内を潤す程度のものだったが、言われるがままに口に含んだ。


「俺はまだ見苦しくも生きているんだな。」


 ぼんやりとした視界の中では、軍医の膝には白い山があった。


 包帯?


 そこでヤスミンは自分の体が銃弾を受けていたと思い出し、思い出したそこで身じろぎをしたために右足がかなりの激痛に襲われた。

 だが、つま先の感覚があることで、彼はホッとしていた。

 泣き出しそうなほどに。


「ははは。切り落とされはしなかったか!」


「はい。身軽にさせると前線に飛び出すから重石を残しておけ、が、ソルドレ親分閣下のご命令ですから。」


「ソルドレが?」


 ヤスミンはぼやけた視界ながら周囲を見回そうと身を起こしたが、彼の身体は軍医によって押さえつけられた。


「動かないでください。ソルドレ親分はここにはいません。私がここに向かう前に親分直々に私が命令された言葉です。私の子供達とデジールに関しては、大怪我していても手足は切り落とすな。身軽にさせるとフラフラするだけだから重石を残しておけ。殺したって死なない奴らだから大丈夫だ、です。」


 ヤスミンは軍医が教えてくれたソルドレ大将の言いざまに笑い声をあげようとしたが、笑い声どころか嗚咽がのどに引っかかるばかりであった。

 軍医はヤスミンの肩を慰めるようにして軽く撫でた。


「大尉に関しては残念でした。それでもあなたは半数を助けて下さりましたよ。」


 金髪といえない明るいベージュ色という髪色は不思議なものだが、その髪色はいつも彼の心を癒してもくれると彼は軍医を見つめ返した。

 ベージュ色はヤスミンの親友であったイザーク・ジャンジャックと同じ髪色であり、自分が孤児同然だからと無鉄砲にふるまうヤスミンをイザークはいつも戒めてくれる存在だったのである。


「あいつこそ生きているべきだった。」


「あなたが生きてくださった事はなによりですよ。まず、あなたの飼い犬があなたを失ったら困るでしょう?」


「いねえよ。いねえ。俺の飼い犬だった奴らなんか、みんな死ぬか行方不明だよ。知ってんだろ?俺が台無しにしちまったって。俺がこんなにも不甲斐無かったせいで、皆が戻って来れないってことをさ。」


「ああ、じゃあこの子は生き残ったんですね!良かったですね!やっぱり生きなきゃですよ!」


 ヤスミンは楽天家過ぎるというか、適当な励まし?ばかりを口にする若き軍医を睨んだが、若き軍医はかえって嬉しそうに笑みを作った。

 その頃にはヤスミンの視界も普通に像を結ぶようになっており、自分を励ましていた軍医の膝の上にあるものが包帯でないことにも気が付いた。


 三日前にヤスミンのキャンプに迷い込んで来た仔犬であり、痩せすぎているその体を不憫に思ったヤスミンが干し肉と水を与えた事を彼は思い出した。


 飼っていない。

 ヤスミンはこんな犬など飼った覚えなど無い!


 干し肉のお礼なのか、俺のテント前にドブネズミの死骸を置いた犬だぞ!


 そうヤスミンが軍医に言おうと口を開いたが、気のいい軍医が仔犬を持ち上げて仔犬の顔をヤスミンに押し付ける方が早かった。


「さあ、お父さんだよ~。」


「ジョゼ、ジョゼ・ブランカ軍医。そいつは俺の飼い犬では。」


「わん!」


 犬は嬉しそうに鳴き、ヤスミンの顔を舐めてヤスミンの口を閉じさせた。

 そして、軍医はさらに犬をヤスミンに押し付けた。


「おい!」


「どうぞ。私が呼ばれるたびにこの犬が反応するようになりましてね、ちょっと私の仕事の邪魔だなあって。飼い主なんですから、犬がちょこまかしないように抱きしめておいてください。」


「それで俺を起こしただけか!」


 軍医はニコッと笑みを返した。

 イザークの腹違いの兄となる青年は、笑顔がイザークにとっても似ていた。

 ヤスミンは再び胸に重石を感じ、ジョゼ軍医が分かっているという風にヤスミンの肩を再び優しく叩いた。


「俺の親父は種をばら撒き過ぎだよ、ヤスミン。」


「え?」


 ヤスミンが見返した時、ジョゼ軍医は彼の親友のイザークになっていた。

 イザークはヤスミンに軽くウィンクをして見せた。


「イザーク!」


 ヤスミンはイザークに抱きつこうと体を持ち上げ、右手がイザークの胸のあたりを通り抜けたそこで、自分の傍には誰もいなかったと気が付いた。


 ジョゼ軍医こそいるはず無いのだ。

 彼はとっくの昔に死んでいる。


「わん!」


 犬の声にはっとすれば、ヤスミンは数分前と同じく地面に横たわっていた。

 胸の上には犬が乗っている。


「ジョゼ?」

「わん!」


 犬は嬉しそうに尻尾を振った。

 ヤスミンは胸の上にいる痩せっぽちの犬の背中を撫でた。


「お前が見せた夢か?お前は犬のお化けみたいな奴だもんな。」


 そうしてヤスミンが周囲を見回せば、ヤスミンと一緒に逃げて、ヤスミンと同じように負傷している兵士達が味方によって移送されようとしている所だった。


「お疲れ様です、デジール大佐。」


 ヤスミンは声がした方へ振り返れば、ジョゼ・ブランカ軍医とよく似ている青年がヤスミンに手を差し伸べていた。


「馬車が入れるところまでのご誘導お見事です。あとは任せてください。僕はポール・ジョウゼフです。ジョゼ・ブランカ軍医の腹違いの弟になりますねえ。あ、僕がジョゼと間違われて呼ばれるせいか、あなたの飼い犬がジョゼで反応するようになりました。恨むのは僕の父にして下さい。僕の父は種まきだけが得意だったようでして。」


 ヤスミンは親友と同じ冗談を言った男の肩に腕を回した。

 そしてそのまま、ポールの肩に顔を埋めてヤスミンは動けなくなった。

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