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私が守るべきルール

「すごいな。五十四人、全員の名前を憶えているんだな。」


「ええ。そんなのは当り前でしょう。アンナはそこはとても厳しかったの。自分の名前を覚えない主人に仕えたいと思う召使いはいないからって。」


「素晴らしいな、アンナ。」


「ええ、でしょう。最高の人だわ!」


「で、マナーハウスの召使いの総数にしては少ないが、この五十四名だけでいいんだな。」


「ええ、他は領地から慣例で雇い入れている人達になりますから。でも、どうしてマナーハウスとお分かりになったの?」


「マルファが乗ってきた郵便馬車は首都からのものじゃ無いだろ?大体、首都のタウンハウスを追い出されたんなら、まず首都にある職業紹介所にこんにちはするものだ。」


「しょくぎょう、しょうかいじょ?新聞広告以外でもお仕事って見つけられるものでしたの?」


 私を見下ろすヤスミンはがっくりと頭を下げ、数分前まで大笑いして私の書いたリストを読んでいた人とは思えない素振りをして見せた。


 お前にはがっかりだよ。


 そんな言外の言葉が良く見える失礼な素振りってこと。


「良かったよ。首都じゃ無くてな。首都だったらその日のうちにお前は花街の飾り窓に飾られて客引きをしていた事だろうぜ。」


「お花屋さんだったら素敵じゃないのって、頭をぐりぐりしないで!」


 ヤスミンは私をじっと見下ろすと、私の手のペンを奪い取り、新しい紙を引き出すと何かを書き出した。

 ペンの動きはとても滑らかで、ヤスミンの書く文字は筆記体でも読みやすくてすっきりしたもので、誰もが好感を持ちそうだと思った。

 こういう文字を男らしい?とか言うのかしら?


 それで、何を書いてらっしゃるの?

 え?マルファが守るべきルール?


「ええと、知らない人と会話をしない。そんなのは当り前でしょう。」


「まるっきり知らない男の家のドアを叩いた君が何を言う。」


「だって、女の人の家だと思ったもの。」


「普通はまずは新聞屋に広告主との仲介を頼むんだよ。こんな直接に自宅ドアを叩くなんて突撃はしちゃいけない。相手が老婦人だったら尚更ね。」


 私は言い返せないとぐっと言葉に詰まり、不満が分かるように唇を尖らせながらヤスミンが次に書く文章を見つめた。


「知らない男から何でも貰わない。そんなのは――あなたから色々とありがたく頂きましたわね。」


「ほんと、君が出会った最初の男が俺で良かったよ。女に飢えている奴なら、マルファは今頃穴だらけにされているだろうさ。」


「穴だらけ?」


「はい、次読む!」


「知らない男の後をひょいひょいとついて行かない?そんなのは。」


「昨日はヒヨコさんみたいに俺の後を追いかけてくれてありがとう。良かったな、俺で。俺じゃ無かったら危険極まりない行為だぞ?」


「そ、そんなのは、雇われ先で館の案内を受けるのは当たり前の行為でしょう。私だって新しい女中には館の中の案内をしたもの!これから働く人が、主人の後をついて行って案内を受けないで、一体どうするのって言うのですか!」


「うわお。女中の案内って、それは女主人の仕事じゃ無いのか?」


 私は家の恥を語ってしまったと思い口元を押さえたが、言ってしまっても元の家名はヤスミンに伝えていないのだから大丈夫かと思い当たった。

 だって、ヤスミンは私を物知らず過ぎると考えていらっしゃるのよ?

 私は顎を上げて、挑むようにしてヤスミンを見返した。

 まあ!待ってましたと言う顔をされたわ。


「続きが楽しみだよ。」


「もう!大したことじゃありません。女主人が不在だったり体調を崩された時は、その娘である私が代理を務めるってだけですわ。」


「君一人で案内したのかな?」


「いいえ。女中頭と侍女のアンナと一緒です。当り前です!」


 ヤスミンはにっこりと笑みを作ると、自分が書いた文章の上に人差し指をトンと打ち付けた。

 まあ!文章にいつの間にか一文付け足してあるじゃないの!

 一人の時は、と。


「わかりましたわ。気を付けます。」


「よし。これで安心してお買い物に連れていける。」


「お買い物?」


「町に日用品の買い出しに行く。買い物の仕方を覚えたくはないか?」


「ええ!ええ!」


 私は両手を打ち鳴らして喜んだが、町というキーワードに郵便ポストが思い浮かび、そこでアンナに自分の安否報告をするべきだと思い至った。


「ヤスミン。便せんを頂ける?アンナに私は大丈夫だって伝えたいの。それに指輪も返したいわ。あれはアンナが持つべきものだもの!」


 すると、ヤスミンは物凄く悪巧みを企んだ顔をした上に、書斎机の椅子に座っている私を押しのけながら、机の引き出しを開けた。

 引き出しの中には、それはもう良質だと一目でわかる真っ白な紙が入っていて、その便せんと封筒を取り出して私の目の前に置いたのだ。

 やはり、便せんの上部には簡易紋章が浮き出ている。

 しかし、今度のこれは先ほどの薄緑色の紙とは違う紋章だった。


「あなた、もしかして爵位をお持ちなの?」


 ヤスミンが私に向けた企んだような笑みは、私への答えのどちらを示したものなのだろう?




お読みいただきありがとうございます。

一日目の出来事と二日目の事をわかり易くするために章タイトルを付けました。

話数よりもブックマークが多いなんて!!と、とっても嬉しく励みになっております。

ありがとうございます。

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