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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
マルファとヤスミンの結婚式までのできごと
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教えて執事様!

 ヤスミンは自宅に戻るや、とにもかくにも目指す相手を探した。

 その相手は居間で優雅に寛いでおり、ヤスミンは早速という風にその彼の向かい合わせに腰を下ろした。


「お帰りなさいませ。旦那様。」


「お茶をお飲みのお寛ぎの中、執事の決め台詞をどうもありがとう。まあいい。少し君に聞きたい事があるんだがいいかな。」


 エヴァンはアイスブルーの瞳を輝かせて、無邪気な老人風を装った。

 そこでヤスミンは自分も兄と同じように彼に調教されていると思いながら、彼が望んでいるであろう言葉を最初に口にする事にした。


「今日は君のお陰ですばらしい午前を過ごせた。感謝する。」


「ありがたいお言葉です。で、わたくしに尋ねられたい事とは何でしょう?」


「ムウチョの事だ。君があれをマルファに手配したと聞いた。だったら、君はあの修道院長がマルファの母だと気がついていて黙っていたという事になる。」


 エヴァンは動じる事も無くニコニコとヤスミンを見返すだけであり、それは、気が付いて口にしていた後のことを想像してみろと言っているも同じであった。


「マルファが、そうか、その時点では誰も幸せになれないと君は考えたのか。」


「修道女の顔などしっかりと見る事など出来ません。不確かな事で全てを壊すことなど出来ませんでした。」


「そうか。それでも君があの修道院のポニーをマルファに選んだのは、彼女達が自然に邂逅できれば良いと思ったからなんだろう?」


 そこでエヴァンは初めて敗北者のような表情を浮かべた。

 それは、彼が初めて自分の想定外の事に臍を噛んだと告白するのに等しいのではないか、とヤスミンはその表情だけで考えた。


「マルファもあの修道院長も一筋縄でいかないものな。」


「ええ、特にマルファ様が!まったく、あの馬にムウチョと名付けるとは思いませんでした。私が聞き返してしまったのがいけないのでしょうか。だとすれば、やはり、私の不徳の致すところ、ですね。」


「聞き返した、とは?」


「あの馬を目にされたお嬢様が感嘆の声をあげたのですが、それがムウチョという呟きでした。聞きなれない言葉を聞けば、人は思わず尋ね返すものでしょう?」


「尋ねますね。」


 ふぅ、とエヴァンは溜息を吐くと、自分の気持ちを落ち着けるためだという風に紅茶を軽く啜った。

 それから彼は、老人が子供に昔話をするようにして、マルファがムウチョをムウチョと名付けたその日の会話を語りだしたのである。


「どこからムウチョですか、お嬢様?まあエヴァン。私はそんな言葉を唱えていました?では、これは神様がお与えになったあの子の名前ね!」


「だからムウチョ?」


「ムウチョです。後日ミラ殿にお会いした時に馬の名前をお伝えして、ムウチョですか?ムウチョです。で、会話が終了しました。」


「わかるよ。ムウチョだからな。」


「ご理解ありがとうございます。」


「うん。理解した。そしてさらに凄い危機感を俺は持った。可愛い娘が生まれた時、マルファに名付けさせない方法は無いか?俺は娘がペンテローとか、ポンポンや、パレッポなんて名前になるのを何としても阻止したい。」


 エヴァンは笑顔で数秒だけヤスミンをまじまじと見つめたあと、さあてと、なんて呟いて、何ごとも無かったように自分が飲んでいた茶器セットを盆に片付け始めたのである。


 それでもヤスミンはエヴァンを見つめ続けていたが、ヤスミン如き青二才に動じるわけの無い執事様だ。


 彼は、ソファから立ち上がると当たり前のように盆を持ち、さっさと部屋を出て行こうとするではないか。


「おい!見捨てるのか!君が育てたお姫様だろう?君の意見を聞かせてくれ!」


「マルファ様には神の領域がございますから。私如きではとてもとても。」


「お前はそれで凡夫な俺達の改造遊びをする事にしたのか!」


「改造だなんて人聞きの悪い!大事なお嬢様の為に、私は及ばずながらの環境づくりに励んでおりますだけですよ。」


「わお。侯爵家一族は君のお嬢様に比べたら路傍の石発言、どうもありがとうございます。だけど、考えて!君の大事なお嬢様の第二世代が、ポピューだったりプロポンニャだったりしたら悲しくならないかな?」


「ハハハ。あ、失礼。貴方似の男の子でしたら、少々面白い名前でも楽しいかもしれませんね。」


 ヤスミンは自分の手で顔を覆った。

 思い出したくも無いデジールの従兄弟や再従兄弟に、彼らの子供達という、わらわらい過ぎる自分の血族達を思い出したのである。


「やめて!いらねえよ!これ以上デジール顔の男なんか、いらねえ!俺はマルファそっくりのふわふわ女の子が欲しいんだ!」


「あなたそっくりの女の子も可愛いのでは無いですか?」


 ヤスミンは笑顔のまま、口もほとんど動かさずに、いらねえ、と返した。

 エヴァンも似た様にして、どうしてですか、と返した。


「ママに似たかったわ。なんて言われたら俺が可哀想すぎて俺の胸に穴が開く。」


「ハハハ。ではヤスミン様。マルファ様そっくりの男の子はいかがですか?」


「もっといらねえよ。アフリアになるだろうが。」


 執事の鏡は割れてしまったのか大笑いをし始め、自分の目元を品よく指先で拭うなんて仕草までしてみせた。


「で、そんなに笑うんならよ、未来の俺の可愛い娘達の不幸を回避する方法を君は知っているんだろう?」


「そうですね。冗談でも、適当な事を言わなければいいと思いますよ。例えば、プワッポーなんて呟いてたけれど、どういう意味なの?なんて聞き返しは。特に命名の場のようなセンシティブな場ではね。」


「ムウチョはお前の冗談だったのかよ!」


「普段冗談を言わない人間は駄目ですね。笑いの間を読むことが出来ない!」


「いや。それ間とか関係ないから!」


 ヤスミンは呆気にとられながらエヴァンを見つめ、しかしエヴァンは言う事を言って満足したのか、ヤスミンなど一顧だにもせず、ヤスミンを置いて部屋から出て行ってしまった。


 だが、とりあえずマルファ似の娘達が変な名前をマルファに付けられる事態は無いだろうと、ヤスミンは胸を撫でおろしてはいた。

 自分似の男の子は本気で嫌だなあ、と、子供が欲しくない気持ちも芽生えてしまったが。



お読みいただきありがとうございます。

数話で終わる予定の後日談、もう少し続きます。

ブックマーク、それから評価までしていただき、ありがとうございます。

とてもとても励みになります。

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