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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
マルファとヤスミンの結婚式までのできごと
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俺の夢を叶えてくれる?

 ヤスミンは恋人と密着しながらも、離れてしまった感触が拭いきれず、自分は何を間違ってしまったのかと自問した。

 彼は子供達と思いっきり遊んでやり、マルファの手伝いをした気持でもあったのに、マルファはなぜかぶんむくれているのである。


「俺が一瞬で子供達の心を掴んだからか?」


「違います!」


「おお、口に出していたか。そして応えてくれるならさ、どうして不機嫌になっちゃったのか教えてくれないか?」


「ご自分で考えてください。」


 ヤスミンは自分の胸に手を当てたが、その姿がマルファの描いた絵と同じポーズだったと思い出してしまい、考えるどころではなくなった。


「どうしてお笑いになるの?」


「君の描いた絵と同じポーズになったって気がついたらね、俺の裸絵を君はどんな思いで眺めていたのかなってね。」


「抱きついて抱きしめたい、ですわ。」


「ごめん。」


 ヤスミンは不機嫌な恋人を後ろから抱き締めた。

 馬の鞍に乗っている二人なのだから、いくらでも言い訳が立つだろうと思いながら、いや、あの執事に結局は自分の感謝を捧げる事を皮肉に思いながら。


 ぎゅうと抱きしめたマルファの身体は、彼が以前に知っていた通りにしなやかで柔らかかった。

 乗馬好きと言っていた通りに、彼女は脂肪ばかりでは無いのだ。


「君の体だ。抱きしめたかった夢の身体だ。こんなにキレイにお肉が付いているのに、六歳のブリスよりも、いや、もうすぐ四歳のノエミよりも足が遅いとは君の身体では何が起きているのかと不思議でいっぱいだが。」


「もう、もう!そういう揶揄いですわ。」


 ようやくマルファが何に怒っているのかヤスミンは気が付き、彼女の沸点がそこなのかと、新鮮な気持ちで楽しくなっていた。

 ヤスミンは大好きなマルファの柔らかな髪に埋もれたいと、彼女の後頭部に額を擦りつけた。


「ふわふわだ。俺の可愛いヒヨコさん。君の足が遅いのを揶揄ってごめん。子供達に、先生はゆっくりさんなんだから待ってあげようね、なんて言ってごめん。でもね、俺はその足が遅い君が可愛らしくて堪らないんだ。ああ!俺に向かって一生懸命歩いているなって思うと、嬉しくて嬉しくて堪らないんだよ。」


「もう、もう!」


「本当だって。俺は君にそっくりな娘が欲しい。女の子ばかり沢山ほしい。君にそっくりな女の子達が、俺の後ろを必死に追いかけてくれるんだ。なんて可愛いヒヨコの行列だと思わないかい?」


「もう!それであなたを追いかけるばかりのそのヒヨコの先頭は私ですの?」


「まさか。君は俺の隣だよ。こうやって俺の前でも良いな。俺はせかせかしすぎているからさ、こうやってのんびりとゆったりした時間を過ごしたいんだ。」


 ヤスミンはマルファの後頭部に音を立ててチュッとキスをした。


「君は俺のそんな夢を叶えてくれる存在だ。」


 マルファはそっと振り向き、泣きそうなほどに嬉しそうに顔を歪めた。

 いや、泣きそうになったのはヤスミンの方か。


「あなた、たら。」


「愛しているよ?」


 彼とマルファの唇は自然に重ね合っていた。

 人目もあるから軽いものだが、ヤスミンは再び抱き直した恋人が、完全に機嫌を直しているどころか、自分に甘えるようにして体を完全に預けてきていることに満足どころか、体のどこかが痛みを訴えるぐらいであった。


 それでも彼は幸福であった。


 しかし、数分後、腕の中で全くの無言になったマルファにヤスミンは違和感を覚え、そこで彼女を胸に抱き直して顔を覗き込めば、彼女はヤスミンの腕の中で眠っていた。


「君は寝坊助だもんな。よくもまあ、毎日早起きしての学校の先生ができているよ。帰り道は寝ないようにして頑張っていたのかな。たった一人で。」


 ヤスミンは愛する女性の頬をそっと撫でたが、そのお礼のようにしてブルルと鼻を鳴らす音がヤスミンに向けてなされた。

 音がした方を見返せば、不思議なポニーがヤスミンに抗議の顔を向けていた。


 この初めて見たベージュ色の美しいポニーは、頭も良いらしく、手綱を掴まなくとも勝手にヤスミンの馬の後ろをとことこと歩いて付いてくるのである。

 ムウチョと名付けられている牝馬は、ふん、という風に再び鼻を鳴らした。

 ヤスミンはムウチョに手を伸ばして頭を撫でてやり、ついでとして、愛馬のおやつ用に持っていた角砂糖を一つムウチョに与えた。


「帰り道は君が寝とぼけているマルファを自宅まで運んでくれていたんだな。毎日毎日ありがとう。」


 ムウチョは自分が労って貰えたことに満足したのか、再びヤスミンの馬から離れると適当に歩き出した。


「人間臭い変な奴。マルファの馬だもんな。」


 そうして彼は愛する女性を腕に抱きながら、彼女みたいに自由気ままな馬の可愛らしさを眺めていたが、急に何かに気が付いたように、やばい、と呟いた。

 その後は、町に向けて自分の馬の足を速めさせたのである。


 町に付けばお届け物のようにしてマルファを自宅に返し、馬達は町の貸し馬屋という名のヤスミンとポーラ専用の馬房に片付けた。

 ヤスミンは馬上で思いついた事に対して恐慌に陥っており、まだ起きてはいないが起きてしまう可能性について一刻も早くなんとかせねばならない衝動に駆られていたのである。


 とにかく彼は、急いで自宅へと駆け戻らねばならない、という心持ちとなっていたのだ。

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