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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
マルファとヤスミンの結婚式までのできごと
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あなたがいる世界

「さあ、みなさん。今日は作文の日です。で、でで。」


 私は突然教室に現れた想い人に、言葉が詰まってしまっていた。

 そして、私の言葉が詰まったそこで、彼は私を揶揄うような表情をして見せた後に、がんばれ、なんて声を出さずに呟いたのだ。


 もう!


 でも、彼に会えたのは純粋に嬉しい。

 私の部屋を飾っていたヤスミンの絵が消え、その代わりにヤスミンに手渡したはずの私の絵が飾られていることで、私は昨日何が起きたのか知ったのだ。


 私が彼に渡した絵が取り換えられていたわ!と。


 ヤスミンが評した様に、あの鬼婆どもめ。


 とくにメイゼルさんは、ヤスミンを目の敵にされている。

 ポーラの話では、いい子の子供達が悪い子になったのはヤスミンのせい、と彼女が思い込んでいるかららしい。


「本当は逆なんだけどねえ。ほら、あの馬鹿は貴族の子供どころか、普通の人間が行かない所に身ぐるみ剥がされて捨てられたじゃない?そこで脅えて委縮してしまったからさ、あたしらが大丈夫だようって、自分をさらけ出して慰めてやっただけなのよ。まあ、本当のこと言うとさ、あたしらも悪い子になってもメイゼルに愛されているって試したい子供心があったかもね。」


「でも、全部悪いのはヤスミンのせいになった?」


「いや。あたしらよりもヤスミンが悪い子になったのは事実なの。煩くて騒々しくて喧嘩っぱやいろくでなし、そんなになっちゃったのよ。そうすると負けず嫌いのコームがもっと騒ぐでしょう?もう、しっちゃかめっちゃかよ!」


 私はポーラからほんの少し聞いていたヤスミンの過去を思い出しながら、彼を見つめ返したが、なんと今の彼は、私に称賛とか愛とかそんな素晴らしい感情しか見せない瞳で私を見返してくれているではないか。


 髪は少々乱れて後ろへと靡いていて、白いシャツに乗馬用の黒のパンツに黒の乗馬ブーツという姿は、絵に残しておきたいほどの格好良さだ。

 私の服が地味な綿ブラウスと地味なツィードスカート、という組み合わせなのが恥ずかしくなるぐらいに、彼は素敵に輝いていた。


 私はドキドキが納まらない胸を押さえ、ほう、と溜息を吐いた。


「ヒヨコさん!作文大会を始めようよ!」


「そうよ!一番になった人はムウチョに乗れるのでしょう!」


 あ、子供達が痺れを切らしてしまった。

 そこで私は声をあげたアダンに最初に読んでもらおうと彼に向き直ったが、ヤスミンが右手を上げる方が目立ってしまった。

 一斉に子供達と私がヤスミンを見つめると、彼は嬉しそうに口を開いた。


「ムウチョって何?」


「え、ヤスミン知らないの?あんたはヒヨコさんの男だろ?」

「え、ヤスミンには内緒だったの?」

「あんなにすごいの、ヤスミンは教えて貰っていないの?」


 子供達は正直だが、時々とても残酷になる。

 自分達が知っていてヤスミンが知らないと知るや、物凄く嬉しそうになって、知らないの?の大合唱をし始めてしまったのだ。

 そして、それらをさらに煽るような、ヤスミンの不貞腐れ顔だ。


「さあ、皆さん。作文大会を続けましょう。そして、ムウチョに乗れることになった子は、これがムウチョだとヤスミンに見せびらかして、悔しがらせてあげましょう。いいですか?」


「うわ、ヒヨコさんは意地悪だ!」

「この間牢屋から出て来たばかりの人に!」

「可哀想、ヤスミン!」


 うむむむう!

 子供達は簡単に人を裏切る残酷な人達だわ!

 ヤスミンは、ぷはっ、と吹き出して、大きく手を叩いて笑い出した。


「ハハハ!最高だ!ガキどもが可愛い悪辣団になっていやがる!おい、お前ら、俺が作文の判定してやる!ビリの子と二番目のビリの子は、俺のお馬さんに乗せてやるよ!」


「いやあ。ムウチョが良い!」

「そうだ、ムウチョムウチョ!」


 私はヤスミンにしてやったぞという顔を向けてやった。

 だが、ヤスミンは子供達の裏切りに不満を見せるどころか、腹を抱えて大笑いするばかりではないか。


「ハハハ。俺も乗りてえよ、そのムウチョとやらに!おれも作文を書いていいか!おれも作文大会に参加させてくれ!」


「だめ!大人は我慢して!」

「そうよ!ヤスミンみたいのが乗ったらムウチョ可哀想!」


「ひでえ、ハハハ!」


 あなたの声はなんて心地よいのだろう。

 ああ、あなたの笑い声がまた普通に聞ける毎日だなんて!


「ヒヨコさん、大丈夫?泣いているよ?」


 ドレスの裾がツイッと引っ張られ、見れば可愛いブリスが私を見上げていた。

 彼はヤスミンがいなければ俺が愛人にしてやると約束してくれた人で、ひいきしてはいけないが、私は彼に実はメロメロでもある。


「ありがとう、ブリス。あなたはいつも優しいのね。」


「いいって事よ。男はいつでも女には優しくあれって父ちゃんが。」


「でもブリスはあたしには優しくないわ!」


 席を立って大声をあげた子は、ブリスにも私にも意地悪な子だったが、私は今日初めて彼女の気持ちを知ってしまった。

 でも、どうしよう。

 優しくしてあげなさい、なんて私がブリスに言うのは彼女には失礼よね。


「じゃあ、俺が優しくしてやろうか?」


「もう!ヤスミンったら!授業妨害はいい加減になさいな。さあ皆さん。作文大会を始めましょう。アダン君、読んでくださる?」


「かしこまりました。ヒヨコさん。では俺、ええと僕は、馬の遺伝と固定化についてまとめたものを発表します。」


「まあ!楽しみだわ!」


「それ、ガキが書く作文じゃねえ。」


「うるさいよ!ヤスミン!」

「そうだよ、ヤスミン!邪魔はしないで!」


 子供達はヤスミンを再び罵り始め、授業の邪魔をしている男は、罵られながらもとっても嬉しそうな顔を私に向けた。

 そして声を出さずに呟いた。


 君は最高だよ、と。


 私は帰り道はヤスミンの馬に乗ろう。

 だから、ムウチョは子供を乗せて集会場の周りをぐるっと回ることを、十八人の子供分、十八回してもいいわよね?


 だって私、脳みそが回らなくなっちゃったわ!

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