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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
マルファとヤスミンの結婚式までのできごと
122/141

昨日のマルファの家にて

 ヤスミンは昨日のマルファの家での出来事を思い返した。

 そこで、最初に浮かんだ映像を頭から追い払うために頭を振った。

 しかし、全く振り払えないどころか、彼の脳裏に昨日見た映像がさらに鮮やかに浮かび上がって来てしまったのである。


「あの子は絵画系は素晴らしいのに、どうして造形物はあんなろくでも、いや、写実的すぎるからあんな不快の谷の住人のような造形になるのか?」


 彼が自分の記憶に対して思わず呟いてしまった程に、マルファの家の前庭はヤスミンには衝撃であった。 


「全く。あの変なオブジェのせいで迷わずあいつの家に行けたが、俺はあいつにやるはずのバラの花付きの新聞を手から落としかけたものな。」


「あら、あんたの不在なんかであの子に危険なんかなかったわよぅ。マルファの家には誰も悪戯しようとは考えないもの。悪戯して彼女特製のオブジェを庭に植えられたら嫌でしょう?だから安心してくたばっていても良かったのに。」


 これは雪山から救出されたその日に、ポーラがヤスミンにかけた憎まれ口だが、ヤスミンはそのオブジェを目にした事で、ポーラの言葉を思い出した上に至極納得してしまってもいた。


「ポーラめ。全くその通りだったよ。」


 まず、失敗したはく製のようなジャッカルが前庭の茂みから突き出していることで、訪問者は取りあえず驚きながら足を止める羽目になる。

 そしてそのはく製の後ろには、家族がミートパイにされたと絶望顔の野ウサギと、全ての生きとし生ける者を喰ってやろうと決意したヒヨコとメンドリ母娘が控えているのだ。


 ヤスミンがそれらのオブジェにしっかり脅えてしまったのは、婚約者には言えない事実である。

 彼は本気で脅えたのだ。


 自分の家にあれが飾られたらどうしようか、と。


 そんな彼に追い打ちもあった。

 マルファへのプロポーズの後、マルファと一緒に彼女の家に向かったそこで、ヤスミンの懸念を裏付けるようにして、ヒヨコが増えてるという出来事に遭遇したのである。


 玄関扉を開けてすぐのスペースには数個の花瓶が置かれ、そこにはたくさんのヒヨコが花の代りに活けられていたのだ。

 これから丸焼きにされるの?呪うぞ?そんなヒヨコのオブジェ達がわらわらと。


「棒に突きさされたヒヨコの死体が増えている。呪いか!」


「まあ!死体が増えているだなんて酷い言い方!」


「じゃあ、なんであんなにヒヨコが増えているんだ。」


「今度のバザーに出店するからよ。ミネルパの命令なの。売り上げはクラルティに寄付をしてクラルティの発展の為の財産にするのよ。」


 ヤスミンは観念した溜息を吐いた。

 売れなかったら自分がマルファの為に買い取ることになるのだろう、と。


 ハハハ、結局我が家は呪いのヒヨコ御殿となるのか。


「ひどいですわ!ちゃんと売れますからご心配なく。」


「声に出してしまっていたか。ハハハ。だが安心した。そうだな。お前にはイカれたお友達が沢山いたんだったな。」


「まあああ!」


 マルファは頬を思いっきり膨らませた。

 ヤスミンはその怒り顔が久しぶりだと胸が温かくなった。

 その上、ヤスミンはマルファがヤスミンの家の玄関先で自分を誘惑しようとした時よりも彼女に誘惑されていたのである。


 実際に、その膨らんだほっぺに彼はキスしており、そこできゃあとなった可愛い彼女の唇にも唇を重ねていた。

 マルファはヤスミンに抱きつき、ヤスミンは幸せな気持ちのままマルファを抱えた。


 さあ、二階の君の部屋に俺を誘ってくれ。


 そこでヤスミンの脳裏で幸せな映像は途切れた。

 映像どころか、実際に昨日の二人の幸せはそこで終わったのだ。


「玄関先で何をやっているのかしら?この恥知らずの悪たれは!」


「お嬢様?ご両親様を嘆かせる行動をされるのであれば、わたくしはルクブルール様かラブレー様にお嬢様を引き取って頂くお手紙を出しますけれど?」


 マルファの母代わりを自負している恐るべき侍女と、ヤスミンを悪の手先と忌み嫌っているボー・ソルドレ夫人が、ヤスミンを痛めつけようと待ち構えていたのである。


「マルファ、鬼婆たちは留守だと言わなかったか?」


「そ、そのはずだったのよ?」


 ヤスミンは二人の鬼婆が、鬼として目を光らせてやるぞ、そんな表情で自分を見返して来たことで、全てを受け入れるしか無かった。

 つまり、可愛いマルファを手放し、その代わりに当初の目的、マルファが描いた彼女の裸体の自画像を貰って大人しく家に帰る、という悲しいものだ。


 さらなる追い打ちとして、いそいそと彼が自室で封を開けた絵は、マルファの裸体像ではなく、ヤスミンの裸体像というものであった。

 智将ヤスミンは、たった二人の鬼婆に完全敗北したのである。


「ああ。再会してなんだよこれは!やってしまっても式まで一か月も無いんだ。腹が大きくなるわけも、……いや、体調が悪くなるか。」


 思い返していたヤスミンは、大きくハア、と溜息を出した。

 このままではほんの数十分マルファとお茶を飲み合うだけの毎日は確定であり、死にかけた雪山で夢見た様な、愛する彼女を単に抱き締めるという行為さえできないのである。


「お嬢様は午前中はファルゴ村の子供達にお勉強を教えていらっしゃいます。」


 あ、そうか。

 ヤスミンは数分前の執事の言葉に閃いた。

 あいつはファルゴ村に行けとヤスミンを唆していたのだ、と。


「確かに!ガキがわらわらいれば立派なお目付け役代わりになる。ガキを振り回すついでにマルファを抱き締めて振り回すのはいいな!」


 ヤスミンは閉まっている食事室の扉に投げキッスをすると、そのまま勢い勇んで部屋に駆け戻り、急いで腰から下だけ乗馬服に着替えた。

 馬上ならば、昼日中だろうが、未婚の男女がくっついていられる。


「ありがとうよ。最高の執事!」


 そして弾丸のように家を飛び出して、外へと駆け出して行った。

 ファルゴ村にいるはずのマルファに会いに行くのだ、と。

2022/4/30変な文修正しました

雪山から救出されたその日にポーラにヤスミンがかけた憎まれ口だが、

雪山から救出されたその日に、ポーラがヤスミンにかけた憎まれ口だが、

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