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五月十二日②

 私に差し出されたヤスミンの右手。


 私は直ぐにその手を掴んだ。

 だが、ヤスミンは親指で私の手を軽く弾いた。


「え?」


 彼の目は悪戯っぽく煌き、口元は声を出さずに、まだ、と私に言い聞かせた。

 私がそろそろと彼の手から自分の手を剥がすと、彼はクスリと笑ってから、続きという風に語りだした。


「ありがとう、ラブ。では続けよう。世界一可愛らしく美しいマルファ。俺が望むのは話し相手じゃないよ。結婚相手を募集しているんだ。俺は君には年寄りすぎるが俺の結婚相手になって貰えないだろうか?」


「もちろんですわ!結婚します!結婚します!あなたと結婚したいです!」


 私は今度こそ!という風にヤスミンの右手に両手を乗せて、彼のその手を掴んで彼を引っ張った。

 それで彼が立ち上がるや、私は彼の胸に飛び込んで抱きついた。


「愛しています!」


「俺こそ愛しているよ。って、ハハハ。今日は君をこのまま家の中に入れられないのが残念でしょうがないが!」


「まあ!どうしてですの?」


「君との結婚式は六月だろう?ドアを開けるとね、俺の監視だと言って俺を追いかけてきた俺の兄と兄の執事と、可愛いはずが憎たらしくなった俺の甥がこんにちはするんだよ。ああ!昨日馬をかっ飛ばして戻って来た意味が全くないよ!」


「まあああ!エマ様は?」


「ハハハ。フェリクスの弟か妹が出来たらしくって、安定期までデジール家に里帰り中だ。兄がうるさすぎて落ち着けないそうだ。」


「まああ。お可哀想なオーギュスト様。」


「いや。可哀想なのは俺だ。奴は自分の鬱憤晴らしに俺を弄りに来ているからな。」


 私は笑いながら可哀想なヤスミンを抱き締めた。

 そして、顎をあげて両目を瞑った。


「君を家に引き込めない俺を煽るな。」


「でも、キスはずっとお預けだったわ。」


「でも、キスはルールに書いてなかった。俺は君に伝えただろう?君が望む時には必ず最高のキスを与えるべしって文を書けと。」


「でも私は、最高のキスが出来なくともあなたの唇が欲しいのよ?いついかなる時でも。さあ、キスをして。私を一番に甘やかせてくれるのでしょう。」


 目を瞑っていても、私の唇にヤスミンの唇が近づいて来た事はわかった。

 唇と唇が重なった。

 重なっただけの唇は相手を求めて、自然にキスは激しく深いものとなっていく。


 私の腕は彼の髪の毛をまさぐり、彼の背中をまさぐっている。

 ようやく抱きしめられて、ようやくこの腕に抱けた人。

 彼の腕も私を抱き締め、私の髪を優しく撫でる。

 ようやく彼も私を手にできたのだ。


 わおん!


 私達が抱きしめ合うこの状態に飽きたらしき傍観者、つまり私が存在を忘れ切っていたジョゼが吼えたのである。

 ヤスミンは私をほんの少し手放すと、ジョゼのために玄関ドアを開けた。

 ジョゼはヤスミン以外の自分を構ってくれる人、この場合はフェリクスだろうが、彼を求めて扉の隙間にするっと入り込んでいった。

 ジョゼが屋内に入る前に私に振り返り、軽く唸ってから消えた事には本当に頭にくるわ。


「お邪魔ばかりのお化け犬の癖に!」


「ハハハ。君達はまだ分かり合っていないのか!それで、結婚式まで君がお預けとなる俺の大事な絵はどこにある?」


「あ、家に忘れていたわ。」


「君は!」


 私はウフフと笑ってヤスミンの下唇を軽く齧った。

 それから背伸びをすると、彼の右耳に吐息を吹きかけるようにして、彼の耳に誘いの言葉を囁いたのである。


「私の部屋に一緒に取りに行きませんか?」


 この一連の動作は、アドリナとユーリア、それにミネルパにより、男を誘うにはこうしろと教えて貰ったものだ。

 しかし、ヤスミンは私に魅了されるどころか、嬉しそうにクスクス笑いをするだけである。


「さらにヒヨコが悪辣になっている!全く、君の見守りをあいつらに任せたばかりに。ヒヨコが可愛いお遊戯までするようになったよ。」


「もう!お遊戯って酷いですわ。」


 私はぷりぷり怒りながら一歩ヤスミンから下がったが、ヤスミンは笑いながらすぐに私を自分に引き寄せて抱き直した。

 それから彼は私の耳元に、それはもう体がぞくぞくするような低くて滑らかな声で囁くという、誘惑の見本をして見せたのである。


「君の続きが聞きたいな。」


「え、えと。」


「さあ、俺を部屋に入れてどうするつもり?怖いママがあの家にいるのに?ほら、教えて。俺は聞いているんだよ?」


「ええと、ママ・アンナはこの時間にはいつもご近所のメイゼルさんにお呼ばれしてしまってお留守になってしまうはずですの。」


 ヤスミンはくくっと笑い、私の頭を悪辣だと言って撫でた。

 それから私の瞼にそっとキスをした。


「愛する君の願いとあらば、俺はどこまでも君と一緒に行こう。どこまで自分の理性が保つかわからないが、ね。」


 私はヤスミンの左手を持ち上げ、手首の内側に軽いキスをした。

 私と同じく、手首にはあとが残っている。


「理性など消えてしまっても構いませんわ。私こそあなたをわが手に入れたいと、それはもう強く強く望んでおりましてよ?」


 ヤスミンは今度こそいつもの声で、いつもの大声を出して、とっても楽しそうな大笑いの声をあげた。


「なんて悪辣なヒヨコだ!」



長く長くお読みいただきありがとうございました。

結婚式までではなく、五月十二日で終了にしますのは、プロローグに対しての答えになるように、です。

全部失って不幸だった少女が、一年後の翌日には全部を手にして幸福にある、です。


書ききってからなんですが、結婚式前にヤスミンとマルファはもっと結婚式後の結婚生活をどうするか話し合ったりするよな、や、ソフィとアランのその後など、いくつかエピソードもありまして、今後それらを投稿できればとは思っております。


エンディングまで書ききれたのは皆様のお陰です。

本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 凄く良かったです。 始めは、令嬢として育てられたのに、赤ちゃんのときに入れ替えられた庶民の子の追放話だと思ってたんですが、主人公のキャラが立ちすぎてビックリです。 そのうち、本物の娘と仲良く…
[良い点] ハッピーエンドありがとうございました! イッキ読みでした!登場人物みんな大好きです。ヤスミンとマルファの今後も読めるなんて嬉しいです!楽しみにお待ちしております!
[良い点] フィナーレ、お疲れ様でした! ありがとうございます! 終わってしまった! でも素敵な終わり方で素晴らしかった! です!! まだ追加エピソードがあるかもとのこと、嬉しいです。この世界のみんな…
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