五月十一日
ヤスミンは五月三日には解放されなかった。
私はなかなか解放されないヤスミンの事が非常に心配で、誕生日である本日に王様に呼ばれたから嘆願できると、いそいそと王城に向かった。
だがそこで、王様御自らから、ヤスミンが私がここにいる間に解放されて、私がここにいる間に実家となる侯爵家に引き取られたはずだろうと、聞かされることになったのである。
「お出迎えをしたかったわ!なんてことをしてくださったのです!」
「わかった。もう一度牢に入れよう。彼への解放は君の誕生日にちなんだ恩赦であったのだが、そうか、気に入らなかったか。」
私は秘密の謁見室となった王城のとある大部屋で、王様を抱き締めてありがとうと感謝の言葉を述べるしかなかった。
心の中では、ユベールの父だものね、と、ぼろくそに王様を扱き下ろしながらであるが。
私の国境越えをミラに伝えたのはユベールではなくアンナだったと聞いて、ユベールが全く察する能力が無いと知って私はホッとしたぐらいなのだ。
でも、それがいけなかった。
考えるべきだったのよ。
どうして彼はそこまで察しが悪いのかしら?って。
そうすれば、ヤスミンを五月三日前に解放しない事に決めた王様の愚行について、四月中に私が気付けたかもしれなくてよ?
全く、愛する人の拘束を延長された事に怒りこそすれ、感謝なんかするはずありませんことよ?って、分らないってどういう事よ!!
さて、そんな察しの悪い父であるが、そんな父と母の巡り合わせは、正妻である王妃が自分の世界で生きる人だった事が原因だったそうだ。
王妃は王子二人を成すまでは王様と夫婦生活を続けてくれたが、ジョルジュが生まれれば単身で離宮に去り、王子達の養育も完全に放棄されたそうなのだ。
乳をあげると胸の形が変わるから嫌。
赤ん坊の泣き声で自分のしたいことが中断されるのが嫌。
どこかに似た人がいたわね。
王妃に王子達が育児放棄されたのならば、母代わりとなる養育者が必要だ。
幼い王子二人に必要なのは、母親代わりにもなれる家庭教師だった。
銀行頭取の娘であり亡くなった夫も銀行員だった若き未亡人のミラは、家庭教師の選抜の面接時にて、上に立つ者こそ計算ができる能力は必要だと偉そうに一説かましたのだという。
「勝手に応募させられたのよ。父に。で、私はせっかく堅苦しい男から解放されてこれからなのに、王城に閉じ込められる生活なんてまっぴらでしょう?だから、こんな女は駄目と思わせたくて言いたい事を言っただけなんだけどねえ。」
やはり私の母である。
その感情だけの行為が裏目に出て、貴族でもない母であるのに、なんと栄えある家庭教師に抜擢されたというのだ。
だがミラの性格によって、王子達はミラを本気で母として慕っていたらしい。
特にエドガーが。
よってミラが王様と愛人関係となり、ユベールの出産養子の件で公に出なくなり王と距離ができても、ミラは王子達には変わらず素晴らしき養育者であろうと努めていたそうだ。
それなのにユベールの出産から十年後、ミラが三十六歳の時に私が出来て、私の為にミラが王城を去る決意をしてしまったのである。
王子達を振り切る決断だ。
それでもミラの意思を尊重して、彼女を王城から逃がしたのは、なんとエドガーだった。
その結果がミラの死の報であったならば、彼は彼で悩んでいた事だろう。
エイボン夫人への寵愛は、ミラを求めたからなのか?
ジョルジュは、男は理性で片付けられない所が脳みその手綱を取る時もあるんだよ、と、この一連の事情を私に聞かせてくれる時に付け足してくれた。
が、私はかえって意味が分からない、はてな?である。
そしてその後に大事なことも分かった。
陸軍からの捕虜交換の願いを足蹴にしたのは、エドガーの側近だった者の仕業であったのである。
エドガーとジョルジュは今後の政治には他国で行っているような選挙による庶民登用を考えており、貴族第一主義だった側近はそれに対して反発心を抱いていたらしい。
「面倒なのはやりたい人にさせて、僕達は趣味に生きれたら最高じゃない?」
ジョルジュはヤスミンが褒めただけある人である。
だけど、側近はヤスミンではないただのつまらない貴族だ。
王子達の考えを理解できるはずはない。
庶民が政治の世界に加わったら貴族の沽券に関わると側近は恐慌に陥り、彼等王子達に向けるべき鬱憤を彼は捕虜となった人々に向けたのである。
コームとエンゾがソルドレ五人衆の二人と言えども、彼らがソルドレ侯爵の里子であっても、ソルドレの養子にはなっていない。
よって、実の親が庶民でしかない彼らは、常に一般庶民でしかないのである。
そんな兵士に大事な国の金蔵の金を使うのはもったいないという事だ。
その側近は許せないが、新聞ではない煽情雑誌の方で暴露があり、その側近はいたたまれなくなったのか引退して田舎に引っ込んだのでよしとする。
そしてそのことが政治に関わることならば、間抜けな王子と王様達が今後貴族達と調整して是正していくべきことで、私は私として平平凡凡に生きていきたいので関知したくはない。
私は私の人生を思うように生きるだけで良いはずだ。
「痛い。」
私は自分を抱き締める王様の爪先を踏んでいたのだ。
政治に関係ない一人の女として。
「どうして!」
「やっぱり許せないわ!誕生日前の解放だったら、私はヤスミンと誕生日を祝えました!」
「そうしたら君の誕生会を私達は出来ないではないか!非公式だが家族全員で君の誕生日を祝うなんて今回が最初で最後となるのだ。君は六月には結婚してしまうのであろう?」
「結婚後も誕生会をして下さればいいでは無いですか!もちろん、誕生日その日ではなく、別の日でお願いします。」
「当日にするから誕生会だ。それに考えてごらん?結婚前の娘の誕生会は今日しかできないであろう?」
王様は元気を取りもどされたようだが、ユベールの父だけあって娘にはウザイだけの存在でしか無かった。
けれど私は、彼が非公式に用意した自分の誕生会のテーブルを見返して、参加者の顔ぶれを見て、招待された出席者である彼等には敬意を示さねばと思った。
参加者は全員、私の肉親であるか私が世話になった方々ばかりなのである。
第二王子のジョルジュは婚約者と一緒に私に向けて微笑み、妻を伴ったエドガーは小馬鹿にしたような目で私を見返し、ユベールはイモーテルの肩を抱いてウンザリした顔を見せているが。
けれど、私の両親ルクブルール夫妻はかしこまりながらも王の近縁となった事に有頂天の様子だし、私の守護天使達であるラブレー夫妻は、ただただ私とヤスミンの事を想っておめでとうの笑みを向けている。
何よりも、末席の席だが、アンナもちゃんと招かれているのである。
彼女こそ身分違いという顔をして恐縮している上に緊張しているが、彼女は私には本当の母以上の母のような人なので、私の独身最後の誕生会を祝う席に同席してもらえることは純粋に嬉しい。
「陛下。誕生会をありがとうございます。」
「うむ、うむ。喜んで貰えたか。やはりミラに相談して良かったな。」
私はアンナの隣に座る女子修道院院長を見返した。
ミラはそれ見た事かという視線を私に返してきて、ふふんと勝利の微笑みを浮かべた。
彼女の覚えていなさいは本気で陰険なんだなと、私は本気で身に染みた。
どこにあっても出世できる女だけある。
私も彼女に笑みを作った。
右頬が引き攣っているが構わない。
「まあ!素敵な修道院長様!子供が生まれたら色々とご相談をと思っていましたが、子供が道を踏み外した時だけの相談事がよろしいようね!」
「おほほ。まずは親となれる人格があるのか、わたくしが見定めてあげてよ?」
「うむむむぅ!」
「君達、大人しく、な?」
王様は新たな心痛を抱えたらしい。
胸を押さえていらっしゃる。
お読みいただきありがとうございます。
プロローグが家族を全部失った日なので、エピローグでは家族が無駄にたくさんできたよ、となっております。
マルファが王様を陛下ではなく、王様王様と唱えてるのは、お父様と彼を呼び掛ける代わりです。
それから、前話でヤスミンがうんこ大将と呼ぶソルドレ親分を出しましたが、ボー・ソルドレは王様と私のユル・ブリンナーを日焼けさせたという外見イメージです。
凄く素敵なひとであります。
ソルドレが金の土なので、小学生的悪ガキ発想でヤスミンはうんこと呼んでいるのです。
そして、ソルドレ家は絶対に潰せない家のため、ソロドレの血が一滴でも入っている人が継げるというルールがありますが、そのルールによってソルドレ家の血が流れていない子供達を養子にできなかったという不幸もある人です。
そのためにコーム達は他所の子のままででしかなく、庶民でしかないコーム達を捕虜交換することが出来なかったので、怒ったメイゼルさんに別居されている最中でもあります。
そして当のメイゼルさんは娘と再会できたので、クラルティに移り住んで来ています。




