三月五日①
犯罪を犯して入った刑務所と違い、軍人の軍の営倉入り?というものは、たとえ親族でも面会が簡単に出来ない所らしい。
それでも私は婚約者であり、彼の誕生日ぐらい面会したい!
そんな希望を私の知っている所や知らない所で忖度していただいたらしく、私がヤスミンの誕生日に彼に会えることになったのは純粋に嬉しいばかりだ。
そうしての当日、私は軍の面会室にいた。
部屋は檻によって二分され、私は椅子に座ってひたすら待った。
いいえ、私が座って五分もしなかったかもしれないが、私は彼の姿を目にできるまでそれはもう長い時間が過ぎた様に感じていたのである。
今日の私の姿はいいかしら?
今日の為に新調したドレスは薄茶色とクリーム色ストライプで、ところどころ薄紫やピンクの差し色のレースやリボンが付いているというものだ。
頭には、ポーラの店でヤスミンが買ってくれた帽子が乗っている。
いいわよね?今は大流行の帽子なのよ?
「ああ。帽子を見て変な顔をされたらどうしよう。ヤスミンはポーラの帽子は嫌いだったわよね?ああ!失敗?失敗した?」
ガチャ。
ようやく檻の向こうの扉が開いた!
ああ、私のヤスミンが二人の看守と一緒に檻の向こうの空間に入ってきた。
彼は、ああ、彼は!
捕虜奪還に旅立つ前よりもまだ少し痩せているが、怪我も無い血色の良い顔色をした顔で、体だって痩せすぎていない健康そうな体となっていた。
髪の毛は前髪をあげてオールバックにして、ただし口元には無精ひげが一つも無いという顔だった。
顎のあたりに小さな赤い筋があるのは、剃刀の切れ味が悪かったからだろうか。
彼は私を見つけた、という風に両目の目袋の当たりを震わせた。
泣きそうで堪えるって感じだ。
いえ、きっと私こそそんな顔をしていたはずよ。
だって久しぶりの彼の姿が嬉しくて、今にも泣きだしそうなんだもの!
「ヤスミン!」
私は檻に向かって走り、檻の間から両腕を伸ばした。
ヤスミンは私に向かってはこないどころか、檻の向こうの床に固定された椅子に座らせられた。
その上その上!もう!椅子の脚に彼の足に付けられていた鎖を繋がれて椅子に拘束されようとしているじゃないの。
「ひどいわ!久しぶりなんだもの!抱きしめるぐらいはさせてくださいな!」
「面会にはルールがありまして。」
一人の看守、軍のカーキ色の制服を着た青年が答えた。
しかし、もう一人の看守、年配風どころか老齢の男が鎖の留め金を外した。
髪は無く頭も顔も同じ色で、日に焼け過ぎた肌色で輝いている。
けれどその肌色によって彼は若々しくも見え、また、笑い皺が刻まれた彫りの深い目元で輝く真っ黒な瞳は理知的で、オクタヴィアンを指導する賢者マーリンを思わせた。
「一分だけだ。」
「感謝する。」
「感謝しますわ!」
ヤスミンはさっと立ち上がると、私のすぐ前に来て、私がするように檻の間から手を差し出すとそのまま檻越しに私を抱き締めた。
私と彼の間には檻があって体を重ねる事は出来ないが、彼の温かい手が腕が、私の背中を抱きしめている!
私の腕だって、彼の体を回り、彼の背中を抱き締めているのだ。
「ああ!あなた!」
「ああ!お前!会いたかった。そのお帽子には会いたくなかったが。」
「も、もう!流行ったら好きにかぶっても良いとおっしゃったじゃ無いですか!」
「嘘!流行ったの?それが?どれだけ貴族はお頭がイカレているんだ!」
ヤスミンの酷い台詞に看守二人は私達から顔を背けて吹き出し、私は彼の頭を両手で掴むと、その口を塞ごうと彼の頭を自分に引き寄せた。
ごつん。
ヤスミンの額が檻にぶつかっただけだった。
「ああ!ごめんなさい!」
「いいよ。君が俺にキスしたい気持ちは凄く分かったから。だけど考えてごらん?俺達の口はどれだけ突き出してもこの糞忌々しい檻の太さに叶わない。」
「悔しいわ!私はあなたとキスがしたいのに。」
ちゅ。
ヤスミンは自分の左手の指先にキスをして、その指先を私の唇に押し付けた。
私はその指にキスをして、手放し難いと彼の手を両手で掴み、彼の手首の内側に吸いついた。
ちゅうう、と。
「新しい技を生み出したのか?このヒヨコは!」
「キスマークを付けているのですの。キスマークは自分のものだって印になるってユーリアが!アドリナもそうだって!でも、ぜんぜん唇模様が出来ないわ!どうしたらちゃんとキスマークが出来ますの!」
「ちゃんと内出血はできているから安心しろ。それがキスマークだ。」
「まああ!ちゃんとできましたのね。あなたは私のものになりましたのね!」
「だな。ああ全くあいつらは、余計な知識を俺のマルファに与えやがって!」
「嫌だった?」
「馬鹿者が。嫌どころか嬉しいよ。嬉しすぎて、君には見せられない所が痛いぐらいに元気になってしまったんだよ。」
「まああ!どこですの?一体どこが痛いくらいに?痛くていらっしゃるなら撫でて差し上げますわよ!」
なぜ、二人の看守がしゃがみこみ、看守なのに監視するどころか背中を向けて笑っているのだろうか。
「ひゃ!」
「よそ見されると俺が悲しい。」
ヤスミンは私の左手を取り、私の手首に同じように吸いついてくれたのだ。
私がした時とはくらべものにはならないぐらいにスマートな素振りというか、私の腕がとっても大事なものであるかのように慈しみながらキスをするという、彼の所作の光景だけで足元が揺らぐような最高に絵になるお姿だった。
私は素晴らしき彼に逆上せ上っており、彼に手放された腕を幸せ一杯で爆発しそうな自分の胸を押さえるようにして胸元に引っ込めた。
まあ!私の手首にも薄く赤い内出血が出来ている!
私は嬉しさでクスクス笑いが止まらなくなった。
「泣くな。」
「ごめんなさい。」
「俺に笑った君を見せてくれ。俺がここを出た後は、いくらでも泣いていい。俺が君を抱き締めて慰める事が出来るから。」
「うううううう。」
「マルファ。」
「ごめ、ごべんなさい。で、でも、私の笑顔をいつも見れるようにはしてきたの。本当はこの日に私をあなたに上げるって約束したでしょう。だから。だから。」
私は檻から離れると、自分が座っていた椅子に駆け寄った。
そこに置いてあるヤスミンへの贈り物、生成りの布で包まれたそれを持ち上げると、急いでヤスミンの元に戻ったのである。
「ヤスミン!誕生日おめでとう!これが私の気持だわ!」




