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あなたは脱走兵でした、わね②

 私が勢いよく抱きつくと、細い体になってしまったからか、少しだけ彼はぐらついた。

 それでも私を抱き締める彼の腕の力は強い。

 私は体に感じるその圧力を嬉しく感じるばかりで、この幸せを与えるヤスミンを二度と離すものかと、彼の背中に両腕を巻き付けて彼を抱き締めた。


「ほらほら。ああ、こんなに心配しちゃって。お~い、マルファに心配させるばかりだからさ、こいつを起こすなって言ったじゃないの。俺が帰ってくるまで寝かせとけば静かでいいだろってさ。」


 なぬ?


 私を静かにしておくために、寝かせておけ、だったの?


 私がそろそろとヤスミンの胸から顔をあげ、私に冷たかった人達に顔を向ければ、全員が全員、口元を押さえて笑い転げているではないか!


「ま、まさか、本当にヤスミンが戻ってくるまで寝ているって思わなかった。あ、あはは。アラッシュが本気でヤスミンに怒ってくれたって言うのに。声ぐらいかけてから行けって!あんなに頑張ったあの子が可哀想だろって。あはははは。」


 ソフィ、教えて下さりありがとう。

 宿屋中の大騒ぎはデジール家の大喧嘩だったのですか。

 そして、その喧嘩なさっていた理由が、寝とぼけている私を起こすか起こさないか、でしたのね。


 私は自分が情けなくなりながら、きっと最後まで優しいはずの人に少しでも癒して貰おうと目線を動かしていた。


 ポーラさんは!


 彼は立ち上がっており、軽く私に向けてウィンクすると、そのまま大きな猟銃を肩にかけて食堂を出て行ってしまった。


「ポーラさん?」


「クラルティに帰っただけだよ。あいつは俺の代りにお前を守ってくれたんだ。俺を求めるお前が気持ちの整理がつけられるようにって、お前を見守るためにここまで来てくれていたんだよ。酷い所は、俺が死んでいるはずだって確信していたってとこだろうな。」


「ヤスミン、違うよ。この機会に俺達三人を撃ち殺しとこう、だと思うよ。」


「それはお前とヤスミンにだけだ。コーム。」


「いや、お前もだって。だってお前がヤスミンを拾って来たんだろ?」


 エンゾは頭を掻いて、それじゃあしょうがない、なんて笑った。

 ヤスミンはこんなにも扱き下ろされているのに、緩んとした眼つきで嬉しそうに私を抱き締めている。


 いいか!

 私だってソフィたちに扱き下ろされているんだもの。

 私はヤスミンを抱き締めて彼の胸に顔を擦り付けた。


「ハハハ!ジョゼの真似は止めな。いや、もっとやってとお願いするべきかな。ここで悲しいお知らせだ。俺はこれから首都に戻り、そこで軍法会議に掛けられる。営倉入りは間違いない。いつ出て来られるかわからない。」


 私は軽い口調で恐ろしい事を語った男を見返した。

 どうして?

 あなたは捕虜となった人達を救い出した英雄だったのではないの?


「全くよ。あの金のうんこ野郎が俺の除隊届を握りつぶしていたとは思わなかったよ。この俺が栄えある脱走兵に落とし込まれていたとは!」


「お前が敵の捕虜になったら侯爵家の身内として捕虜交換ができるじゃないか。パパ・ボーはそっちを狙ったのさ。」


 コームはそう言うや、ヤスミンの肩を軽く肘鉄した。

 まあ!ヤスミンに助けていただいたのに!


「本当にな。素直にお前が捕虜になっといてくれれば、俺達はぬくぬくした収容所暮らしから楽に卒業できていたのにな。」


 まあ!エンゾさんまで!


「ひどいですわ!」


 エンゾはにゅっとヤスミンの横から顔を突き出して、私に真面目な顔を向けた。

 その顔の表情は、子供にむける大人の心配する顔である。


「本当に酷いぞ?この阿呆が掃除夫に身をやつして看守達に小突かれている姿を見るのは。俺達はこいつのそんな姿など見たくはなかったってね。」


「まああ!エンゾさんはお優しい方でしたのね。」


「騙されるな、ヒヨコ。全くエンゾはよく言うよ。俺だとわかった途端に、俺を掃除夫として散々にこき使いやがったくせによ!お前らも看守と一緒に謎の病気にしてやれば良かったよ!」


 そこでコームが高らかな笑い声をあげた。

 ついでにヤスミンの背中を思いっきり叩いた。

 まるで誇らしく自慢するように、こいつは凄いんだよという風に叩いたのだ。


「お嬢ちゃん?聞いてよ。判子の朱肉でこいつは爆弾を作ってやがったんだよ。どうやったんだか、青白い手形とか壁に出現させてね、看守がビビったところで、どっかーんだ。それで収容所は閉鎖だよ。なんで朱肉に火薬を詰めたのかと思ったが、あれはやばいな。」


「しゅにく、で、ばくだん?」


「そう!真っ赤な血みたいなのが飛び散って、その惨状に看守は幽霊の仕業だってビビりまくりよ。ついでにそん時の煙を吸った看守全員が謎の気管支炎だ。いいかな、お嬢ちゃん?こいつは無駄な知識ばかりあるという、そういう意味で無駄に危険な男なんだよ?」


「まああ!辰砂の亜硫酸ガスに夜光塗料ですわね!ヒ素の塊の緑の絵の具は使われましたか?緑の絵の具で壁を塗りますと、ただの綺麗な部屋が人を病にしてしまう恐ろしい部屋になりますのよ?」


「え?おじょうちゃん?」


「そこまで!」


 ヤスミンは無駄な知識を嬉々として喋り始めた私をぐらぐら揺すったあと、再び自分の腕にすっぽり収まるようにして抱き直した。

 それからヤスミンはまっすぐに私を見返した。


 チョコレート色の瞳は魅惑的どころか真摯に輝く。

 そしてそして!消える前には絶対に私に捧げてくれなかった言葉を、みんなが見ている目の前で私に差し出してくれたのだ。


「俺を待っていてくれるか?」


「もちろんよ!もちろんだわ!」




 首都で非公開に行われた軍法会議の結果、ヤスミン・デジールはルーンフェリアの英雄では無くなった。

 彼の誕生日に私を彼に捧げられないのも確定してしまった。

 結局軍務規定違反により三ヶ月の営倉入りとなり、解放後は軍籍をはく奪された上で、軍の記録から彼の戦績は全て抹消されるのだという。


 でも、私が六月の幸せな花嫁になることは、私の沢山の両親達とヤスミンとヤスミンのたくさんの家族達、そしてクラルティみんなで決めた絶対的な確定事項だ。


 六月になったら、私は何でもない普通の男と結婚し、クラルティという小さな町で普通の女として生きていくのだ。

 愛して愛されるという、それが当たり前となる普通の生活である。



お読みいただきありがとうございます。

せっかくマルファがヤスミンの全部を手に入れたのに、結局ヤスミンさんは収監されて離れ離れとなります、なエンドでございまして申し訳ありません。


ですが、これからエピローグとして、

営倉入りしたヤスミンとの面会(書きたかった!ヤスミン誕生日です。二話分あり。)や、

マルファの十七歳の誕生日(五月十一日)、

それから、その翌日(五月十二日)、

というあと四話を投稿してそこで終わりとなる予定です。

長い物語となりましたが、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

あと四話、お付き合いいただけると幸いでございます。

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