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あなたは脱走兵でした、わね①

 私はヤスミンの誕生日、三月五日に結婚できるものと信じ切っていた。

 だから次に目を開けた時、約束された幸せだけが続くものと思っていた。

 なのに、ヤスミンと朝食をとる、そんなささやかな幸せも私は奪い取られてしまった事を翌日に知ることになったのだ。


「どうして朝食の席に彼がいないの!」


 私の第一声である。

 宿屋の朝食の席に付いていた私の同志達は、私に説明してくれるどころか、一斉に私を非難する視線を向けた。

 その中でも親切で優しいソフィが私に言葉を返してくれたが、その口調は友人でも何でもないという風だった。


「朝食?もうお昼の席だよ。寝過ぎで腐った頭の奴は、寝直して夢のお告げでも聞いてみれば?」


「あの、な、なんですの!」


「一年近く行方不明で、再会したばかりの恋人がいるのに、一昼夜寝とぼけられる君に僕は驚きだったよ。この僕がデジールに哀れを感じたぐらいだった。うん、君に愛されなくて良かったかもって、僕は初めて思った。」


 アランの視線と表情は、友人となってから初めて見たような、冷たいというか、思いっきり呆れてしまった人に彼が向けるものだった。


「私が寝ている間に一体何が!起こして下さったら良かったのに!」


「馬鹿孫が君を寝かせてやれって。私達のあんな大声が宿屋中に響いたはずなのに!それでも全く起きない君を、寝かせてやれ、と。孫はなんて……うう。」


 アラッシュは嘘泣きどころか、本気で孫を哀れんでの悲しみを露わにさせた。

 宿屋中に響いたであろう大声?


「まあ!まあ!ヤスミンの身に何が起きたというのです!」


「普通に軍務規定違反で憲兵に連行されてしまったってだけよ。」


 窓際の席で一人貴婦人のようにして紅茶を啜っていたポーラが、ほうっと溜息を吐くように呟いてヤスミン不在の理由を明らかにしてくれた。


 此方を見てもくれないけれど、やはりポーラは優しい!


 貴婦人のドレス姿どころか灰色の兵士のような形の服を着込み、猟銃?を椅子の背もたれに掛けてるという、恐ろしい男性の後姿でしか無いけれども!


「まあ!牢はどこですの!破りに行きます!外国に逃げても構いませんわ!ヤスミンを救いに行きます!」


 私はポーラの後姿に叫んだが、彼の背中は完全に無視を決め込んでいた。

 私はそこで踵を返した。


 ヤスミンを探しに行かなくちゃ!


 だが、私は一歩踏み出すことも出来ずに,振り返ったそのまま硬い胸板に鼻先をぶつけただけだった。


 鼻を押さえて自分を跳ね返した壁を見上げれば、ヤスミンが助け出した彼の親友、四角い顔のごつっとした大男、エンゾ・ファゴットが私の壁として聳え立っているではないか。

 また、彼の隣には狐の化身みたいなベルビアン・コームも立っており、彼も私を通せんぼする壁となってしまっていた。


 そんな彼らは昨日と同じく、痩せこけている体つきに青あざが残る顔立ちはそのままだったが、垢は消えて清潔感ある姿に陸軍のグリーンの真新しい制服を着ていた。


「ヤスミンはどこにおりますの!」


 エンゾは私をじろっと見下ろして、理解できない生き物を見た人のような表情をして見せた。


「あれがそんなに欲しいのか?」


「はい?」


「うるさいぞ?甘ちゃんで我儘で、見通しが甘いのに行けると思い込む無駄な勢いだけはある。あんなのを頭にしたら、二日しないで部隊は全滅するぞ?」


 コームはエンゾの隣でぷすっと吹き出し、私に狐のような顔をにゅっと突き出してエンゾよりも酷い物言いをして見せた。


「あいつは悪い男どころか、単なる素人童貞だぞ?」


「うっっせえよ!そこは黙っとけ。」


 私は動きが止まった。

 コームは身を起こして、すぐに後ろに体を捩じって三人目の怒声をあげた男へ揶揄うような軽い声をあげた。


「一番大事じゃん?お前の事を百戦錬磨の女たらしって思い違いしてんだろ?初めてをお前に任せるなんて愚行そのものじゃないか!」


「そこは布石をしておいたから大丈夫だって。さあどけ!」


「布石って情けねえ。女は楽しいもんじゃないって奴か?ハハハ!」


「もう黙ってどけ!」


 コームは直ぐに後ろにいた男にとうとう押しのけられたようで、笑いながらの彼は冗談めかしてよろけながら横に移動していった。

 エンゾは私に目玉を回した呆れ顔をして見せてから、そっとステップを踏むようにして横にと退いてくれた。


 まるで、ヤスミンに花道を譲るようにして。


 ヤスミンは昨日の痩せた姿のままだったが、あざだらけの腫れも残る顔だったが、彼も真新しい緑の制服を着せられて、少しは新品に戻ったような姿となっていた。

 私は彼がくたびれ切ってても構わないのだけれど。


「ヤスミン!」


 私は彼に抱きつき、彼は笑いながら私を抱き留めた。

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