俺を縛って見せろ
ヤスミンは私にルールを返してくれた。
でもでも、そのルールを書き足したって言ってた。
そしてそして!
私はボロボロになった紙に出現した新たなルールを目にして、息をする事も忘れた様にして呆けてしまっていた。
マルファが守るルール
1,知らない人と会話しない
2,知らない男から何でも貰わない
3,知らない男の後を(一人の時は)ひょいひょいとついて行かない
4,淑女だったらヤスミン様のお言葉の真似をしてはいけない
5,ヤスミン様は自分のベッドに連れて行く気が無い女性には誠実である
注釈として、マルファ以外の女をベッドに連れていく気は無い
女性には優しくがヤスミン様のモットーなので浮気の心配は無用である
6,ヤスミン様は結婚したい女性にはこの上なく誠実である
7,ヤスミン様はマルファが考えているよりも繊細である
よって、ヤスミン様が求婚したら、マルファは絶対に、はい、と答えなければいけない。
注意点として、ヤスミン様はマルファよりも十一歳も年上であり、大事なマルファを残して先に死んでしまうのは確実である。
ヤスミン様が死んでもご飯は絶対に食べると約束すること。
ふ、ふわあああああ!
「はい!はいですわって、むぐ。」
私の口にポリッジが詰め込まれた。
ヤスミンは私に軽く左目を瞑って見せた。
「お前が他の男にふらつかねえように最高のプロポーズにするんだ。一か月は待て。今の俺とお前は痩せぎすでボロボロだ。まずは体作りをしよう。」
「これは求婚では無いの?」
「これは結婚を前提としたお付き合いというか、結婚した後のルールでもあるんだよ。俺と結婚したら守れよ?俺以外の男の後はひょいひょい付いていくな。」
「ついていくわけ無いじゃないのって、むぐ。」
「そこは、私だってあなたにルールを作ってあげる、だろ?」
私は飲み込むことも忘れてヤスミンをまじまじと見つめてしまった。
彼は私の視線を受けると楽しそうに笑い声をあげた。
「お前も俺への望みを書くんだよ!これを守れなきゃあなたなんか知りませんよってな。俺にもルールを課せって言っているんだ。俺は知りたいんだよ?可愛いお前を一番に幸せにできるルールをね?取り扱い説明書、ともいうか?」
「もう!せっかくを全部冗談っぽくして!」
とん、と、ヤスミンの肩を突いてから、彼へと首を伸ばして彼と唇を合わせた。
深いキスが良かったが、彼はチュッという軽いものしかしてくれなかった。
むう!
彼の頭を両手で押さえて、私は彼にもう一度口づけようとしたが、彼が大きく笑い出すばかりでキスどころじゃなくなった。
「もう!もう!」
「マルファ様が望んだら最高のキスを必ず与えなければいけない。」
「ヤスミン?」
「そういうルールは俺はまだお前から貰っていないもんな。さあ、ポリッジが冷める前に食べてしまおう。俺はお前をぷくぷく健康に太らせて、俺のヒヨコだって一生可愛がりたいんだよ。」
「ま、まあああああ!」
私は自分の両手を自分の口元に当てて、その指先がボロボロであることに初めて気が付いたと指先を見返した。
あかぎれとささくればかりで、老婆の手の様に乾燥している。
驚きながら自分の腕へと視線を動かせば、私の腕はこれ以上ないぐらいに骨ばって、血管だって浮き出ているぐらいに痩せこけていた。
「嘘。私ったら……。」
「やっと気が付いたか、ばか。ソフィとポーラの話じゃ、ただでさえ毎日痩せていったのに、俺の訃報を聞いたその後は飯も食わずにお化け馬車を仕立てていたらしいな!こんなになっちまった今のお前じゃ、俺が抱いたら粉々になっちまう。俺はお前を抱きたいんだよ。お前が望むように俺こそが望むように。だから一か月後に結婚の申し出だ。」
私はヤスミンを見つめた。
彼だってガリガリに痩せていて、私が無理をさせたらそこで倒れてしまいそうな状態だったと、私は今さらに気が付いたのだ。
彼は腕を伸ばして、今まで何度もしてくれたようにして私の涙を指先で拭い、痩せて顔付が変わっていても変わらない優しい微笑みを向けてくれた。
「三月五日が俺の誕生日だ。その日にお前を俺にくれ。」
「ええ、ええ!最高の私を差し上げるわ。」
「うれしいな。俺は最高でなくていいのか?その日は俺は髭があった方がいいか?無い方が良いのかな?」
「あ、それは大事ね!ルールに書かなきゃ。ワルツを踊る時は髭が無くて、一緒に生活している時は髭のあるヤスミンがいいって。」
懐かしい笑い声が部屋を満たした。
ワハハハ、と。
そして彼は悪戯そうに片目を閉じた。
「バカお前!無精ひげは付け髭なんか出来ないじゃないか!」
気さくそうな声をあげたそのすぐあと、ヤスミンの両目から、ぽろぽろっと涙が零れた。
彼は微笑みながら涙を零し、私を自分の胸に引き寄せた。
石鹸の香りの中に、私が忘れていた彼自身の匂いが香った。
人の匂いを嗅いで気持ちが落ち着くなんて。
私は彼の胸に顔を擦りつけた。
「ああ!本当にお前がいるんだな。俺を笑わせて幸せにしてくれるお前がいるんだな。俺はお前の元に戻って来れたんだな。俺は生きて、ああ、生きているお前をこの腕に抱けたんだな。」
彼は私を強く抱き締めた。
私だっても彼を強く強く抱き締めた。
「愛しています。ああ、愛しています!ヤスミン!何があっても愛しているわ!」
私の背中に回された腕はさらに力強くなり、彼の唇は私の左頬すれすれに下がって落ちた。
「愛している。ピンクローズを捧げたい女性は君しかいない。」
私はヤスミンを抱き締めた。
私は、ヤスミンの全部、ぜんぶを手に入れたのだ。
お読みいただきありがとうございます。
アラッシュ、ヤスミン、と名前がルーンフェリアでは違っているのは、デジール家の祖がルーンフェリアに移民してきた方々という設定だからです。
名前はペルシャ系でつけています。
アメリカドラマで見かけるサラ・シャヒさんは知的美人ですよね。
エマの外見は彼女がイメージです。
また、ヤスミンがマルファからルールを欲しがるのは、大学時代にイラン人の方より、「イランでは結婚する時は互いにルールを作り合ってそれに互いにサインをし合うんだよ。」と聞いた時、素敵な話だなって蔵前が思ったからです。
ただ、その方が言っておりましたが、お嫁さん側が作ってくるルールにはお嫁さんのパパの意思の介入があるルールとなっている上に、写しをパパが持っているという、結婚後の婿には恐怖の存在となるのだそうです。
「パパ、この項目彼が守ってくれなかったの!」
「わかった。パパがお婿さんに話しておくね。」
そして嫁さんのパパによる説教タイムが婿の身に起きるそうです。




