隊員決定
「子供が知った口を利くな!」
アラッシュはどんな悪たれな子供でも脅える様な怒号をあげた。
しかし、ソフィは脅えるどころか、さらっと受け流してみせた。
「ハハ。子供でも最近二頭立ての馬車も制御できるようになったさ。特にヒヨコが作った悪趣味な奴は手足の様に動かせると思う。あとね、あたしとヒヨコのボディガードとして、王子様が護衛してくれるってさ。」
なぬ!
ソフィがあの馬車を操縦できるようになっていたですと?
私はソフィを空恐ろしいと思いながら、それでも彼女を巻き込む事は私にもできそうも無かった。
「ソフィ。アランは反対のようよ?」
「そんなことないよ。あたしもヒヨコも絶対に出掛ける。アランは反対するよりも銃を持ってあたしらの馬車に乗り込んだ方が得策だ。そうだろう?」
私はそうよ、と叫んでいた。
叫びながら、ソフィをどうやって外そうか考えた。
「わん!」
アランとソフィの間から、私がルクブルールから連れて来ていたジョゼが細い顔を出した。
ヤスミンが死んだのならばあの木箱はヤスミンの形見だからと持ち帰る事にしたのだが、あの木箱を持てばジョゼが絶対に付いてくるのである。
今は連れてきて良かったと思った。
彼女ならばヤスミンを必ず見つけてくれるだろう。
そして、ジョゼを見ているうちに、ソフィこそ置いていけないと気が付いた。
彼女を置いて行けば、ジョゼのようにして私達を絶対に追いかける。
アランだっても。
「アラッシュ。止めても無駄よ。私達は今すぐにでも飛び出していきたい気持ちなの。」
アラッシュは大きく舌打ちをすると、私達に吐き捨てるように言った。
「私も行こう。」
「アラッシュ?」
「私には腐るほど子供も孫もいる。長男は自慢の跡継ぎだよ?私の不在など我がデジール商会に響く事など全く無いさ。それで、仲間となったには、旅程ぐらいは教えて貰えるのだろうな。」
「ええ、ええ!お待ちになって!」
私は急いで応接間から飛び出して自分の部屋に戻り、ポーラからヤスミン探索のための箇所をピックアップして貰った地図を掴んだ。
そして、それを持って応接間に戻れば、アランもソフィもソファに座っており、アラッシュがいかにも隊長のようにして偉そうに私の持って来たものを渡せと言う風に手を差し出した。
もう!こういう所はヤスミンと似ているのね。
でも、隊長は私です。
私は地図をアラッシュに渡さずに、卓の上に開いた。
「ご覧になって。元軍人の詳しい人に今回の脱走劇の顛末を調べて頂いて、ヤスミンが倒れたと思れる場所も幾つかピックアップして貰いました。まず申し上げますが、私は何日もダラダラかけるつもりはありません。今回はこの三か所を目指し、何もなければ真っ直ぐに国に戻る、そういう計画です。」
「無くても戻るのか?」
「私は死ぬ気などありません。今回見つけられなければまた行きます。何度だって探しに行きます。私は離れ離れのまま死にたくないの。彼を手に入れたいだけなのです。」
アラッシュは大きく溜息を吐き、わかった、と答えた。
それから懐に手を入れて、なんと銃を取り出すと、それをアランに手渡した。
鉛色に輝くそれは、銃身が長く、銃の真ん中に不思議な回転する何かが嵌っているという初めて見た形状のものだった。
アランはアラッシュの銃に目を輝かした。
その輝きは初めて見たわよ、というものだ。
「何と、六連射できる、銃ですか?」
「君の持つ銃が何か知らないが、そいつは最新型だ。銃に火薬を込めずとも引き金を引けば弾が飛ぶ。そいつを使いなさい。」
「あなたは?」
アラッシュは懐ではなく足首の方を探り出し、アランに渡したよりも小型であるがやはり似た形の銃を取り出して見せ、その銃を今度は自分の懐にしまった。
「実はこっちの方が相棒なんだよ。それは反動が大きすぎてな。」
「ありがたく頂戴します!」
アランは不機嫌さなど放り投げて、それはもうキラキラした目でアラッシュを見つめているではないか。
反対にアラッシュの方が慌てた声を出した。
「いやあげてない。貸すだけだ!」
「じゃあ買い取ります。おいくらですか?」
「ええと、君は。」
「マールブランシュの次男です。問題なく払えます。」
アラッシュは目を細めてアランをしばし眺め、恐らく今後マールブランシュ侯爵家との付き合いなども考えて、いや、さらなる銃器をアランに売り飛ばせると考えたのだろうか。
彼は諦めた様な溜息を吐いて、手の平をぴらっと閃かせた。
「弾は特殊だ。我が商会からしか弾を購入しないと約束するならば君にそれをあげよう。まあ、別の所でもいいんだがね。純正品じゃないやつは暴発して終わりなだけだから。」
「約束します。ありがとうございます。」
アランは完全に自分のものとなった玩具に夢中の様子を見せだし、目が合った私に対し、とっても機嫌の良さそうな顔でウィンクをして見せた。
あら?この人は私を説得して私の計画を諦めさせ、なおかつ、私を首都に引っ張り出すためにバルバラによって遣わされた人ではなかったのかしら?
ああ、バルバラ、ごめんなさいね。
でも、明日のヤスミンのお葬式には、私は何があっても参加しないの。
私が彼の死を認めるときは、彼の骨を手に入れた時なのよ。
私は私の我儘に付き合ってくれる人々を見回した。
命を失う可能性もあるからこそ、私は自分を律して、駄目な時は駄目だと直ぐに判断をするのよ?わかって?
「では皆さん。早速私達は準備をしましょう。疫病に掛かった私達は、イストエールにある治癒の泉を目指しているという事にいたします。」
「うわ。あの化粧は僕はパスしていいかな。一か月は顔が真っ赤になって辛かったんだよ。」
「真っ赤になるからそれっぽくなるのでしょう。付いてきたいなら我慢する。」
「うわ!そんな変な化粧を経験済みなの?アランは!一体何をヒヨコにさせられたんだよ?」
「ソフィ、されられたんじゃくてよ?アランが正義を執行したかっただけなのですもの。」
「うわ!実はアランはヒヨコに巻き込まれたんじゃなくて、ヒヨコを巻き込んでいた方だったのかよ?」
「まあ!そう言われればそうね!私が自主的にやろうとした事よりも、アランが持ち込んできた相談事の方が多くてよ。まあ!まあ!」
「僕は正義感が強すぎるのかな?」
「いいから教えてよ。変な化粧をした事件について。」
アランはあの日のピクニック、あるいはププリエ伯爵家のサロンで語ったようにして、私と彼の冒険をソフィに聞かせ始めた。
きっかけは、周囲に気を配ることなく軽装馬車を暴走させていた青年が、優しい老齢の未亡人が大事にしていた年老いた猫を轢き殺してしまったことによる。
その青年は謝るどころか、馬車が汚れたと言って老婦人を罵倒した。
そんな青年の行為をアランが許せるはずもなく、アランは殺された猫と老婦人の為に復讐を決行したのである。
頼まれた私は、女装したアランに半分腐った人間に見える化粧を施した。
そしてアランはその姿で青年の部屋に真夜中に忍び込み、よくも私を殺してくれたな?と寝ている青年に囁いたのである。
私達は三日は続ける心持だったが、青年はたった一夜で恐怖に負けた。
「彼は心を入れ替えて、仔猫といくばくかのお金を持って老婦人に謝りに行きました。酷い事をしてしまい申し訳ありませんでした、と。」
アラッシュは大声を上げて笑い、ソフィは最高だと言ってアランを褒めた。
「安心しなよ、ヒヨコ。アランは冒険が大好きなだけだよ。死んだって後悔したりヒヨコを恨んだりしない大馬鹿者だよ。そしてあたしも同じだからさ、あんたは無駄に考えるなよ。自分の安全はあたしら自分で考える。」
私はソフィを隊長にするべきかもしれない。
アラッシュなんて、この子供と呼んでいたソフィに対して、尊敬の目を向けてますわ。




