訪問の理由
僕は僕で失敗して僕を台無しにしている?
自嘲した台詞とほんの少し落ち込んだ風情のアランを見つめていると、アランの無鉄砲だった過去がいくつも懐かしく脳裏に浮かんでは消えていった。
またそこで、アランの兄のバロールこそ周囲に望まれる振る舞いをしているだけで、実は本が好きな静かな人だと思い出してしまったのである。
初めて出会った時もバロールは本を抱えていて、私とアランのお喋りがうるさいはずなのに本に夢中になっていたと思い出す。
アランこそ、あの恐るべき祖父と気性が似ているのでは無くて?
「そうね、アラン。あなたはじっとして本を読むのが嫌いな方だったわね。このまま消えた帽子屋を探してお勉強から遠ざかりたいわね。明後日のテスト結果がどうかなってしまっても!」
「酷いな!僕は自分の恋に関しての事を言っただけなのに。」
「アラン。」
アランは立ち止まり、私の頬を指先でなぞった。
「君はどんな時だって外見は変わらなかった。僕と喧嘩しても君はこんな風に痩せる事は無かった。きっと僕が行方不明になっても君は変わらないだろう。」
「アラン。」
私は何も言えなくて、だから、自分の家に向かって一歩を踏み出した。
雪はブーツの下でぎゅっと音を立て、私はその音でようやく今が冬なのだと気が付かせられたのだと悔しく思った。
忘れていたかった。
今はもう十二月となっていたのだ。
「マルファ?」
「行きましょう。二人とも風邪をひいたら大変だわ。」
ざく、ざく、ざく。
私は無言で歩き続け、アランもやはり無言となって私の横を私の腕を取りながら歩いていた。
私達は何度もこうして連れ立って歩いたはずなのに、私はどうして彼に恋をしなかったのだろう。
どうしてヤスミンには恋をしてしまったのだろう。
「あれは、誰だ?」
警戒する声をアランが出し、私はハッとして前方を見返した。
まあ!家の前にポーラがいるじゃない!
「ポーラよ。全くどうしたのかしら。」
「え?あれが帽子屋?え?」
アランがポーラに警戒心を持ったのも当たり前だ。
ポーラは赤毛のカツラを外し、ほとんど坊主な本来の頭を出して、そしてそして、男性服を着ているのである。
アランとお揃いの様なツイードのジャケットであり、アランと同じようにどこかの貴婦人の付き添いをしている若者に見えた。
外見だけは。
私達の気配に彼はさっと赤褐色の瞳を動かして、私達は、私だけかもしれないが、びくっと脅えて体が固まったのだ。
うん、やっぱり脅えたのは私だけだわ。
隣りのアランが滅多に出さない怖いオーラを出しまくっている!
だけど、アランの反対のようにして、ポーラは怖い雰囲気を打ち消した。
「坊やもなかなかやるのね。安心したわ。そういう子は女の子に酷い事をされても酷い事は出来ない子だもの。さあ、ヒヨコちゃん。話があるから、早くドアを開けてちょうだい。」
「あら?家にはマリーもアンナもいるはずでは?」
ポーラは肩を竦めて見せた。
それから自分の頭を指さした。
「こ~んなポーラはアンナさんもマリーも知らないじゃない!」
「話始めたらポーラ以外はいないでしょうに。」
私は玄関ドアに鍵を差し込み鍵を開けた。
それから、さあどうぞとドアを開いたが、ポーラが玄関の中に入って来たのに、アランはまだ屋内に入って来なかった。
私は戸口から顔を出した。
「どうしたのアラン?」
アランは前庭のオブジェを見つめていた。
私はヤスミンがいない寂しさを様々な作品を作ることで慰めており、アランが前庭から目が離せなくなっているのは、私が作った庭飾りのオブジェに見惚れているからだろう。
「素敵でしょう。私が作った庭飾りよ。メンドリさんにヒヨコさんと野ウサギさん。そして、それらを守るように番をするジャッカルさんよ。」
ヒヨコとメンドリは私とアンナ。
小さな野ウサギはマリーがうさぎが好きだと言ったから。
そして私達を守るジャッカルは、勿論ヤスミンだ。
子供達の為に買った図鑑で私も改めて知ったのだが、ジャッカルは群れを作るがそれは一匹の奥さんと数匹の子供達という群れ、つまり、一夫多妻ではなく一夫一妻の生き物だったのだ。
そんな素晴らしき可愛い生き物を、私がヤスミンに見立てないわけはない。
あの夜に彼が自分をジャッカルだと言ったのは、彼はジャッカルの生態を知っている上で、だったのかしら?
私はあなたの買ってくれたあのドレス、いいえ、あなたが私の荷物をまとめてくれたあの鞄から、どれも出せずに仕舞ったままなのよ。
あなたが帰って来たら、あの鞄を持ってあなたのオレンジの木がある家に戻るために!
私のもの思いを覚ますぐらいに、アランが大きく息を吐いた。
アランの出した大きすぎる吐息の音は、私が作った動物達の意味、ジャッカルがヤスミンなのだとアランが気が付いたからなのだろう。
私はアランを傷つけてしまってばかりね。
「庭の飾りは心をほっとさせるものにするべきだよ?変な野犬がいるって僕は身構えてしまったじゃないか!このヒヨコもヒヨコの癖に野犬を齧りそうだ。」
「いいのよ坊や。その不気味な飾りでこのヒヨコさん家は安全なのだから!」
むう!
私は自分の中に生まれた鬱憤をアランにぶつけていた。
「早く入って!」
アランとポーラは私の不気味人形で打ち解けたのか、私が案内する我が家の居間に入る頃には仲良く言葉を交わすまでになっていた。
「さあ、どうぞ腰かけ……。」
「坊や、銃を構える時はまず自分の利き目を知ることからよ。あなたの利き腕は取りあえずどちらかしら?腕を伸ばして御覧なさいな。あたしが見てあげる。」
ポーラがフレイル・イーロという名の熟練した兵士だった事を忘れていた。
冒険大好きアランは、物凄くウキウキした目をポーラに向けながら、ポーラの言う通りに銃を構えるようにして腕を伸ばした。
「こっちね。あなたはこっちの目を信じなさい。」
ポーラはアランの左頬を婀娜っぽく突くと、自分が現在男性の格好していることを忘れているかのようにして、可愛らしくソファに腰かけた。
すでにソファに座っていた私のお目付け役は何も見なかった事にしたようにして客人用の茶器に紅茶を注ぎだし、私もアンナを見習って何事もない振りをしながらアンナの横に座った。
そうしてポーラを見返せば、彼はフレイル・イーロに戻っていた。
そこにいる存在を忘れさせるほどに静かな人だ。
彼はアンナから茶器を受け取ると、柔らかく微笑み、それから私に私を訪ねてきた理由を話すべく口を開けた。
「メイベルはあなたと話し合いたいようですよ。帽子なんて言い訳です。我が家の母もマルファに謝りたいところがあったようですから、この家に明日あの二人を招いてはくださいませんか?ポーラ、いいえ、イーロ中尉、あなたこそよろしければ必ずのご参加を願います。」
ポーラの隣に座ってきたアランが、自分の役割だったという風にポーラが声を出す前に全てを取り仕切ってしまった。
アランは全て伺うような言い方をしているが、そこに誰も断ることなど出来ないというオーラを出している。
絶対に絶対、明日はここに全員集合してもらいます。
宣言であり、決定だった。
私は王子様と呼ばれる男の真髄を見た気がした。




