マールブランシュだからかな?
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お陰様で101話目となりました!
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クラルティは12月です。
アランはやっぱり王子様なんです。
ポーラの帽子は社交界にセンセーショナルを起こした。
コンラッド伯爵夫人とラブレー伯爵夫人の頭を飾る芸術作品に誰もが見惚れ、同時に同じような感想を持ったのである。
欲しい!
あの素晴らしい帽子は誰の作品なのか?
社交界の貴婦人達は彼女達の帽子と同じものを欲しがり、その天賦の才を与えられし職人がクラルティにいると知るや、続々と貴婦人達がクラルティを訪れるようになった。
そして、彼女達はクラルティを知って、町そのものに魅了されたのである。
ポーラの帽子屋だけでなく、美容法に詳しい薬局に、気軽に購入できる服屋のドレスのデザインの良さ、そして、ヨタカ亭で口にする事になるだろう美味しい料理に使われている新鮮な食材の素晴らしさ。
また、雨であろうとドレスの裾を汚さずに買い物できる商店街という、異国風の情緒も楽しめる街並みはただ歩くだけでも楽しいのものだ。
何よりも、首都から日帰りできる距離であるのも、彼女達には都合が良かったようだ。
そうだ、これからクラルティに、行こう?
その結果、クラルティは観光地として賑わいを見せるようになった。
ここはヤスミンが作り上げた町だ。
クラルティが人気の町になって私は喜ぶべきであろうが、私は誰にも知られたくなかったという気持ちがせめぎ、ついでに自分が不自由になった事で苛立ちも感じていた。
観光客が貴婦人達であると言うならば、一人で行動できない彼女達には付属物が付いているものなのである。
たくさんの女友達と彼女達に付き従う侍女達。
あるいは夫や息子に娘といったお家族様で。
最悪なのは、親族の若い男性を付添い人に仕立てる事ね。
私は知り合いに自分だと見咎められないようにと、黒い縮れ毛のカツラを被り、ポーラが作ってくれた色眼鏡を掛けている。
さらにさらに、私では選びそうもない色の組み合わせ、一枚では綺麗なのに二枚重ねると途端にみっともなくなる組み合わせのストールを体に巻くという情けない格好までしているのだ。
こんな格好の私、知り合いになんて会いたくは無いわ!
「君は何をしているの?」
なぜ、クラルティの大通りの真ん中で、アランに呼び止められねばならないのだろうか?
そして、なぜ彼はひと目で私を私だとわかったのであろうか?
私は足元から自分の服装を見直してから、無粋にも声をかけてきた親友を見返した。
ツイードの薄茶色のジャケットに焦げ茶色のウールズボンに黒のロングブーツという、どこかの休日の伯爵様にしか見えないお姿だ。
付添い人らしく地味な格好をしているくせに、何を着ても己のオーラで神々しくしてしまえるなんて素敵なのね、と、妙に反発心が沸いていた。
ソフィは私の格好に大笑いしてくれたくせに、自分もやりたいと真似をし始め、だが、煽情小説の女探偵主人公が変装している!という注釈がつけられそうな恰好良さになっているのである。
アランとソフィは規格外の人間なのかしら?
「ええと、別の名前で呼ばないと答えてくれない、とか?」
「あ、すんません。おら、すんばらしい男の人に見惚れてしまいました。」
適当に頭を下げて先を急ごうとすると、アランは私の左の二の腕を掴んだ。
彼は美しい形の目を細めて、不機嫌な顔を見せている。
「君は何をしているの?」
「私じゃないという行動よ?社交界から弾かれたルクブルールのマルファがここにいるって知られたら、クラルティが面倒なことになるでしょう。」
「自意識過剰。君がここに住んでいても誰も気にしないよ。どの人も、あのふざけた帽子の事しか頭にない。僕の母とそのお友達も欲しがって、僕は大学から引っ張り出されて付添い役を押し付けられている!」
「ま、まあ?そ、それで、マリアーヌ様は?」
アランの母にはパーティで何度かお会いしたが、以前と違って冷たい対応をされたと思い出したのだ。
彼女には私が身元の知れない孤児でしかなくなり、ルクブルールの両親がアランに課した婚約契約時の無礼もあって、私への印象がきっと最悪なものになったに違いない。
それで、パーティで私がアランといる姿を見るたびに、彼女の大事なアランに私がまだ纏わりついていると思われていたのだろう。
彼女は次男であるアランが一番だ。
アランが十六でデビューした時、あまりの周囲の騒ぎに恐れおののき、アランをもう一度学校に押し込めたのは有名な話だ。
大学だって、アランが行きたいと望んだわけではなく、アランを学生街に閉じ込められるのならば閉じ込めたいというマリアーヌの意思であろう。
そんなお母様に私は嫌われちゃったのよ、ぶるる。
「心配しなくとも母達は、とりあえずはヨタカの森亭だ。ポーラのお店が突然休業しちゃったからね、明日また出直したいって今日はこの町にお泊りだよ。僕は明後日から大事なテストがあるって言うのに!」
アランが不機嫌だったのは、私の姿から私が落ちぶれていると思い込んだからでなく、明後日の自分のテストが心配なだけだったようだ。
彼はやはり侯爵家の次男らしく、時々傲慢で自分本位になれる。
「それならあなたも宿に戻ってお勉強なさったら?」
「ポーラさんを探しているんだよ?適当な帽子を見せてもらえたら、母もソルドレ侯爵夫人もご納得していただける。」
「まあ!ソルドレ侯爵夫人がお友達?あら、海軍のマールブランシュと陸軍のソルドレは水と油だったのでは無くて?」
アランは肩を竦め、それから私の腕を自分の腕に絡ませると、私が最初に向かおうとした方角に歩き出した。
「アラン?」
「寒いから君の家か温かい所に連れて行ってくれ。」
「わかったわ。」
「ハハハ。」
「どうかなさったの?」
「男を自分の家に簡単に連れていくとは!僕を男として見ていない証拠だね。」
「あなたには信頼があります。それに、我が家にはアンナも女中のマリーもおりますの。それにそれに、ポーラの恋人から恐ろしい毒薬もいただいております。悪戯を考える方にはそのお薬を飲ませます。」
「悪戯ばかりのデジールには絶対に飲ませないお薬か。」
アランはほんの少し寂しそうに笑うと、私と腕を組んでいない方の腕、つまり右手で私の額をツンと突いた。
その仕草でヤスミンを思い出し、私の胸がぎゅっと締め付けられて痛んだ。
「あ、アラン。ええと、ソルドレ様と仲良くなられたのは最近ですの?」
「いいや。母達、軍の高官夫人達は交流が昔からあったよ。大体ね、陸だ海だと騒ぐのは口先だけで、父だって陸の方々と飲んで遊んでいる。それでもって、我がマールブランシュの敵はマールブランシュしかいないのだから、ソルドレなんか我が家の敵ではない。僕は僕で失敗して僕を台無しにしている。それと同じことなんだろうね。」
マールブランシュ家は、実はルーンフェリアだけでなく、やはりルーンフェリアと敵対している大国、モルゾンとペルタゴニアにも上流貴族として深く深く根を下ろしている。
つまり、世界にマールブランシュ家は三家あり、その家のどれもがそれぞれの国で海軍の重用ポストに納まっているのである。
それだけでも恐ろしいのに、マールブランシュ三家は、同じ家紋の旗を持つ船が敵船ならば、何の情もかけずに海の藻屑にしてしまえるという、国としては信頼に足るが人としてはどうなのかって所があるのだ。
アランの亡くなったおじい様の若い頃の逸話を知れば、マールブランシュの危険度が分かるというものだ。
彼が乗る船はペルタゴニアのマールブランシュの旗艦とインカミングし、我が名は一つで充分だと叫び大砲を敵船に向けて発射した。
そして、相手の船のマールブランシュも同じセリフを叫んで応戦し、結果、互いの船が沈むまで大砲を打ち合ったというのである。
アランが王子様と持て囃されるのに、アランの兄、バロールが何の称賛も受けていないのは、その亡くなった祖父と全く同じ性質だからと言われている。
そこで急にハッと気が付いた。
アランが冒険を欲するのは、兄とは違うと言われているから?
私は自嘲するセリフを吐いたアランを見返した。




