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待つ必要なんてない男なのよ

 私は呆然とするだけだったが、ソフィはいつだって冷静でフットワークが軽い。

 ユーリアの注文通り、ソフィは台所に駆け戻ってコップ一杯の水を持って来たのである。


「持って来たよ。どうした?ヒヨコは大丈夫か?先に飲むか?」


「い、いいえ。大丈夫よ。ありがとうソフィ。ユーリアに渡してしまって。」


「わかった。で、ユーリア。それでこれをどうするんだ?」


 ソフィが水の入ったコップをユーリアに手渡すと、ポーラはそれを合図にジュベットの顔を空の雨水だって溜められるぐらいに仰向けた。

 その無理矢理掴まれて仰向けさせられて開けさせられている口の中に、ユーリアがいつのまにやら取り出していたらしき薬包の中身をぶちまけたのである。


「ぐふっ。」


「うふふ。咽ちゃった?大丈夫よぉ。水で流し込みましょうねええ、あなたあ。」


 魔女への水責めの如く、ユーリアはジュベットに情け容赦なく、コップの水を喉に流しこむではないか。


「ぐぶ、ぐぶぶ、ぐぶ。」


 水を口から溢れだすジュベットが、溺れながらも水を飲み込みんだ。

 彼はそこで観念したのか抵抗を止めてだらりと動きを弱め、するとポーラはジュベットをようやく解放した。

 ジュベットは咽込みながらも体を起こした。


 彼は脅えてもいるようでもあるが、ポーラを睨む充血した真っ赤な目には殺気が籠っている。

 ただし、ポーラがジュベットに怯む事など無いだろう。

 その眼つきが気に入らないという風に、ポーラは思いっきりジュベットを蹴りこんで彼を転がせたのである。


「て、……め、えええ。」


「あらああ起き上がれる元気があるなら、すぐにお家に帰らなきゃあ。」


 ポーラの脇からユーリアが顔を出し、ジュベットに対してそれはもう楽しそうに、子供に言い聞かせる様にして自分が彼に為した行為の説明をし始めた。


「うふふ。先程のお薬は毒キノコの粉末などを配合した毒薬ですの。すぐに帰ってお腹の中のものを全部出しちゃった方が良くってよ?ここで吐こうとしたら第二弾を飲ませてあげる。ほらほら、もうお腹が痛くなってきたんじゃなあい?」


 ジュベットはユーリアの言葉に真っ青になり、声のない悲鳴を上げると自分の口元を押さえた。


「ほ~ら。はやく解毒しなさいな。水を沢山飲んで、沢山吐いたら、少しは毒素は外に出るかもねえ。明日には指先や足先や、男の大事な所が腫れて、ものすんごい激痛で死にそうになるのよう。そんな毒キノコ入りのお薬。あなたは飲んじゃったものねええ。」


「ひ、ひい。」


 ジュベットは逃げ出そうとして転び、そこで悲鳴を上げて起き上がり、また悲鳴をあげながら駆け出していった。

 走りながら何度も転び、それでも、何度も起き上がっては、もつれる脚を必死に動かして遠ざかっていく。


 私はユーリアによってあっさりと追い払われたジュベットの小さくなっていく影を眺めながら、私こそユーリアが怖くてソフィに抱きついていた。

 ソフィも私に腕を回してくれているので、彼女もきっと同じ思いだろう。


「あ、あの。父ちゃんは死んじゃうんでしょうか?」


「うふ。死なないわよ。でもお薬が毒キノコ入りなのは本当よ。しばらく毒が残るのも本当。明日明後日は手足やあそこが火傷したみたいに真っ赤になって激痛で死にそうになるはずね。あら、大丈夫よ。死にはしない。お酒を止めてお水を飲んで体を動かして汗をかけば、二~三ヶ月くらいで毒は抜けるかしら?」


 私とソフィはさらに抱き合った。

 けれど、一番脅えるべきマリーは、神様の託宣を受けた様な笑みになった。


「ありがとうございます。父ちゃんは酒浸りになるまえはいい人だったんです。母ちゃんと弟が死んでからおかしくなって。でも、酒を飲まなくなるなら、きっと元に戻ります。本当にありがとうございます。」


 彼女は深々とユーリアにお辞儀をすると、手の甲で涙をグイっと拭き、私達にもお辞儀をした後、私が手に持っていためん棒を奪って台所に戻っていった。

 足元は軽やかで、台所の戸口に立っていたアンナに抱きついた時も、心持ウキウキしているような素振りだった。


「あたし、失敗したかも。」


「どうしたの?ソフィ?」


「だってさ。自警団よりもユーリアに相談していたら一日で解決してたっぽいじゃない?」


 私とソフィは同時にユーリアを見返した。

 彼女はなんてことない笑みを見せると、自分の恋人であるポーラの腕に自分の腕を絡ませて彼に寄り添った。

 ポーラは軽くユーリアの額にキスして見せてから、私達を見返した。


「出立の挨拶に来た所で良かったわ。可愛いあなた達を守ってあげられたもの。」


「うそ!クラルティから出て行ってしまうの!嫌よ!」


「アハハハ。違います。勘違いの忘れん坊さんね。あなたがあたしのお帽子をラブレー伯爵夫人に紹介して下さったんじゃありませんか!バルバラはあの後もう一つご購入下さったのよ?」


「それでバルバラが?あなた方に何か?」


「いいええ。バルバラのライバルさんが、あたしの帽子を見たいから首都のお家に持って来てってご所望なの。だから、あたしとユーリアは、二週間ほど首都に行ってきますって挨拶ねえ。」


「まあああ!それは素晴らしい事ね!」


 ポーラはにんまりと笑い、それから、お礼にご褒美をあげる、と私に囁いた。


「ご褒美、ですか?」


「ええ。黙っているようにヤスミンには言われたけれど、ソフィちゃんとヒヨコちゃんの方がずうっと可愛いから教えてあげる。いいこと?あの馬鹿は友達を取り戻しに消えたの。だから、あいつの名誉を信じてあげていても大丈夫なのよ。あの馬鹿を律義に待つ必要は無いけどね。」


 私とソフィは互いから腕を外すと、ポーラに抱きついた。

 ポーラにくっついているユーリアごとだったけれども。


「あはは。可愛い子ちゃん達!あのねえ、あたしはねえ、ソルドレ五人衆って呼ばれていた一人なのよ。あたくし、フレイル・イーロにベルビアン・コーム。エンゾ・ファゴットにアントン・バフェット。そして、死んじまったイザーク・ジャンジャックの五人はね、ソルドレが里子にした戦災孤児なのよ。」


 私はポーラを見返した。

 彼は大事な秘密を私達に語ろうとしてくれている?


「そんなに気張って聞く必要もない話よ?あたし達はソルドレに恩を返したかったし守りたかった。それで兵士になったから、自分が死んだって誰のせいでも無い覚悟はあった。でもね、ヤスミンは違ったというお話よ。」


「どう違ったのですか?」


「ヤスミンは同世代の友達というものを知らない子だったの。お父様が亡くなるまで彼を自分のそばに置いていた事は知っているでしょう。全くの世間知らずが、お父様の死で世界に捨てられた孤児になったの。そこであたし達に加わった。だから、あの子はあたし達を親友にしてしまったのよ。戦友だったら戦死に諦めも付くのに、親友にしちゃったから、あの子は諦められないの。アントンとあたししかいない世界に、あの子は耐えられないみたいなのよ。」


 ポーラは私の頭を撫で、それからソフィの頭も撫でた。

 まるでヤスミンがしてくれるようにして。


「それであの子は自分のけじめがつくまで戻って来れない。だから、そんな馬鹿をこんな可愛い子達が待つ必要も無いの。可愛いあなた達が、人生の無駄使いをする必要は無いのよ?」


「でもね!愛していますの!息を吸うようにヤスミンを愛してしまいましたの!だから、私は彼がいないと息をする事が出来ないのですわ!」


「ひよこちゃん。」


 ぐす。


 鼻を啜った音の方を見返せば、私の言葉によって泣いたのはユーリアだった。

 彼女は指先で自分の涙を拭うと、素敵ね、と私に言って微笑んだ。


「息を吸うように愛しているって私も言われたいものだわ。」


「いや、ユーリア、あんたこそポーラに言ってやれよ。」


 ありがとう、ソフィ。

 あなたはいつだってこの停滞した世界を救ってくれるのね。

 動き出せれば私達は手を振るだけだ。

 怖いユーリアと優しいポーラは、幸せそうに首都へと旅立っていった。




お読みいただきありがとうございます。

ユーリアが調合に使用した毒キノコはドクササコ系となります。

ドクササコは、体の先端が腫れて激痛に苦しむという、普通の毒キノコとは違う中毒症状であるだけでなく、その痛みには鎮痛剤が効かない、という恐ろしいものです。

ヤスミンがユーリアを陰険で怖いと評していたのは、彼女にこんな危険な面があるからです。

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