五月十一日
晴天の霹靂ってこの事ね。
今日の私は素晴らしい一日が始まるはずだった。
十六歳の誕生日って特別でしょう?
ルクブルール伯爵令嬢には相応しいお相手、マールブランシュ侯爵家の次男であるアランとの婚約発表を兼ねた私の誕生会は華々しく祝われるはずだった。
ところがよ?
私はベッドを引き摺り降ろされて目を覚ますことになったのである。
床に引き倒された私は、金色の影を見上げる事になった。
金で出来た神様の彫像と囁かれるほどに、美しき私の両親。
私がちっぽけで美が一つもないのは、この両親が全ての美を独占しているからだと、物心がついてから常に嘲られる原因である我が美しき父と母。
「この大嘘つきが!」
厳格で家名に拘るばかりの父は私を罵り、美しさを誇るばかりの母は私に唾を掛ける勢いで蔑んだ。
「どうりでわたくしに貴方が一つも似ていないわけだわ!」
「ど、どういうことですか?」
「出ていけ!この薄汚い孤児が!」
「そうよ、全部、ぜーんぶ、わたくしの娘にお返しなさい!わたくしの娘が受けるはずだった、あなたが奪ったもの、全部を置いて、この家から今すぐに出て行きなさい!」
母が示した指先には、母にそっくりな金の彫像が立っていた。
父と同じアンティックゴールドに輝く巻き毛に、美の女神そのものの母を若返らせたとしか言えない美しい顔をした少女である。
「わたくしの大事な娘は、お前が育つはずだった孤児院に捨てられて、今までは名も無き農家の娘として育てられていたのよ!ああ、なんと憐れな!」
寝間着姿の私は何が起きたのかわからずに震えるだけだったが、私の面倒を親以上に見てくれたアンナが泣きながら私を抱き締めた。
「お許しください旦那様、奥方様。この子は、マルファ様は、全く罪は無いではないですか!奥様が首にした小間使いが、奥様への仕返しに赤ん坊を取り換えてしまったという話では無いですか!」
私は大きく息を吸った。
私はこの家の娘では無かった?
私の足元は砂で出来た様に不確かなものとなったが、私を抱き締めてくれるアンナの温かい腕で、私は完全に崩れ落ちずに済んだ。
そうよ、ここでアンナに頼っては、アンナこそ仕事を失う!
アンナは優秀でも、もう引退しても良い年じゃないの!
私は自分自身に力を込めると、両親だった伯爵夫妻に目下の貴族が目上の貴族にするような会釈をした。
「ルクブルール伯爵さま、ルクブルール伯爵夫人さま、今までありがとうございました。今すぐにわたくしは出ていきます。それで、お願いがあります。裸で出ていくことはできませんから、お願いですから着る服だけはくださいませんか?」
「お嬢様!」
「い、いいのよ。アンナ。いいえ、アンナ様。今までありがとうございました。伯爵令嬢で無かった私が何処でも受け入れて頂ける振る舞いが出来るのは、まさしくあなたのお陰。本当の令嬢さまをこれから支えてさし上げてくださいね。」
「お嬢様!」
私は自分の親だった伯爵夫妻を、これが最後だと見返した。
しかしそれだけだった。
それどころか、十六年間互いに一度だって親しみを感じなかったのは、こういう理由だったかと、すんなりと理解してもいた。
逆に、この二人から自分は解放されるのだ、と、急に思い立ったのだ。
まあ、本当に晴天の霹靂、だわ!