フィールドワーク2
昨夜はレナードに貰った快眠枕ぐっすり眠り、爽快な朝を迎えた綾は、伸びをして身支度を整えた。ソフィアやシリウスらと朝食を終え、レナードの後ろを歩いてついて行く。
今日からフィールドワークなので、森の中を歩かねばならない。体力面の心配はあるが、レナードがどうにかしてくれると、綾は楽観的に考えている。それはそれとして、だ。綾は昨日の事を忘れたわけではなかった。
「一旦山小屋に飛ぶから。そこから移動は歩きだよ。…アヤ、何怒ってんの?」
「怒ってません」
子供服を着なければならない事なんて、根に持ってないデスヨ?オホホホホ。可愛いし違和感もないのだけれど、心のダメージがね…察してくださいな。
「似合ってるよ?」
綾が何に不満を持っているのか理解しているあたり、聡いと言うか何と言うか…。こういう所は兄弟と言えど、クロードに似ていないのだなと綾は思う。無意識に比べてしまうのは、綾の中にクロードが根付いてしまっているからだろうか…?
「…オソレイリマス」
何も言わないのも感じが悪いかと思い、綾は当たり障りのない返事をした。
「いや、本当だって!男装も可愛いよ?」
レナードが綾の顔を覗き込んで、笑顔で言った。
「……はい?」
今、男装と言わなかった!?
「って、男装!?」
え、コレって男装だったの!?少女の格好ですらなく、少年の格好だと!?
「あれ?男装が気に入らないんじゃなかったの?」
「………」
綾は、自分の格好をまじまじと見る。上は長袖の白シャツにベスト、下はチェック柄の7部丈のズボンに編み上げブーツ、髪はポニーテールにして、ハンチングの中に仕舞ってある。
「…コレ、男装だったんだ」
ああ、そっか。乗馬服や騎士団の隊服以外で、女性のパンツスタイルは見た事がなかった綾は、スカートが一般的なのだと今更気付いた。
「私の生まれた国では、女性のパンツスタイルは一般的なので、抵抗はありませんよ」
「へぇ、動きやすそうで良いね!こちらの女性はお尻の形が露わになる服装を嫌う人が多いんだ」
レナードはそう言いながら、騎士団の駐屯所にある転移陣までズンズンと進んで行く。そう言えば、乗馬服もキュロットタイプだったなと綾はレナードの後を追いながら思う。
「今回は、動きやすさ重視って事ですね」
「そう!結構歩くし、森の中は小枝が一杯だから、引っかからない服装が一番なんだ!長袖は暑いと思うけど、森はここより涼しいし虫対策も重要でさ」
「理由があるのなら、それで良いですよ」
転移の間に着いた綾達は、転移陣でウラール山の中腹にある山小屋へと飛んだ。山小屋はログハウスの様な造りで、意外にも広かった。窓にはカーテンが引かれ、ソファや暖炉、キッチンもある。
綾が窓から外を見ると、鬱蒼とした森が広がっていた。ここの小屋は魔物除けの結界が張られているので安全なのだとレナードが話す。少し休憩するらしい。
「でもさっき、不機嫌だったよね?」
レナードがソファに腰掛け、首を傾げる。
「…コレが、子供服だからですよ!!」
綾はベストを摘みながら訴えた。私は歴とした大人なんだぞ!!十歳児と身長が変わらなくても、大人ったら大人なんだ!!
「ああ、そういう事!大丈夫!可愛いよ!」
レナードは軽く受け流す。
「お世辞は結構です!!」
そんな事で絆されてなんか、やるもんか!綾は勢いをつけて、レナードの向かいのソファに座った。ぽふんと軽い音がする。なかなか良い感じのソファだ。
「ええぇ?本心なのに」
レナードは苦笑して肩をすくめた。…って言うか、私の態度の方が子供っぽい気がする…と綾は反省して大人な態度を取り繕う。今更とか言わないで。
「言われ慣れないので、本当にお世辞は結構ですよ」
そう言った綾に、レナードは怪訝な顔をした。
「…父上や兄上は………」
レナードはたっぷり十秒考え込み、眉尻を下げて溜息を吐いた。
「…ゴメン…愚問だったよ…」
基本、ソフィア大好きクリストフは、妻自慢しかしない。ついでに他の女は眼中にない。クロードは、質問攻めにされる事はあっても、綾は見た目を褒められた事はない。服装も何も言われない。翡翠取りで足を出していたら、注意されたぐらいだ。魔族の皆は、クラデゥス帝国人なので、女性を褒めるような風習はない。
「………」
私の性別って、女であってましたっけ!?それとも子供扱いなの?
「エナリアル王国の男は、女性を褒めるのが普通なんだよ?アヤの周りには例外が多いだけだからね?!」
レナードが焦った顔をして、綾をフォローしてくれるが、綾は疑いの眼差しでレナードを見詰めた。
「…ああ、メルさんは、褒めてくれますね」
顔色が良いとか、髪の艶が良いとか、娘の体調を気にかける親みたいな感じだけれど。だけど、服装とか髪型とかも可愛いと言ってくれるし…。私の周りでマトモなのって、メルさんだけ?
「メルさん?」
「図書館の司書の方です」
でも、メルさんも子供扱いかも…。いつも飴玉をくれようとするんだよ…。そうすると、ドニさんも似た様な感じかも?お菓子を与えて、やたら頭を撫でられるんだけど。
「……そっか。マトモな男がいて安心したよ」
伯父上ありがとう!とレナードが小声で呟いていたが、綾には聞こえていない。
レナードが自分のアイテムボックスから魔道具を取り出すと、綾の腕や足に取り付けていく。
一見普通の装飾品の腕輪やアンクレットに見えるが、付与魔法付きの魔道具だと言う。ネックレスやイヤリングも渡されたので、言われるままに、装着していくとレナードが満足げに頷いた。
シンプルなパンツスタイルに華美な装飾品は不釣り合いな感じだが、身を守るためなのでもちろん綾に文句はない。
「これでも結構、シンプルに作ったんだけど、強力な付与魔法にするにはこのくらいの宝石じゃないと無理でね…」
宝飾品を自作するとか、バドレー家の男性は器用だと思う。クリストフだけでなく、レナードも彫金出来るらしい。
「十分ですよ」
「それじゃあ、行くか」
腰に剣を佩いて、レナードは気負いもなく山小屋の扉を開けて歩き出す。綾はその背を追いながら、さすが兄弟…背格好がクロードに似ているかも…なんて考えていた。




