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工房の攻防

 それは領城から少し離れた場所にあった。だいたい徒歩十分くらいの距離のそれは、灰色の石造りの簡素な建物だが、取り扱っているものはとても高価で重要なものだった。物凄く離れてはいないのは、バドレーにとって重要な建物だからだ。宝飾品を作成している工房である。そのすぐ側に職人達の寮があり、食堂もある。

 ここに来たのはとある人物に会うためだった。いつもの様に扉の中央に手を触れ、それからドアノブを回して建物内に入った。魔力で人を識別するシステムが組み込んである扉は、登録した人間以外の入室を拒む。扱っている物が高価なだけでなく、職人の身の安全を考えての配慮である。職人達の休憩スペース、展示室と応接室の前の通路を通り抜け、奥の工房へと進む。

 工房に入るのにも魔力認証の扉があり、ここは更に厳重に管理されていて、職人と領主一族ぐらいしか入れない様になっている。綾の魔力登録をしなければいけないな、などと考えながらクロードは三回ノックをし、ドアノブを回した。

 扉の内側の工房内は、素材の入っている引き出しが整然と並び、ブース毎に仕切られた作業机が並んでいる。直射日光が当たらないように計算された高い位置にある窓には、切り取られた夜空の色が覗いていた。


 作業中だったのか、広い背中が見える。

「父上」

 声を掛けると、鷹揚に振り向いたのは、目的の人物だった。簡素なシャツと締め付けの少ないトラウザースに、エプロンを着けた目つきの鋭い五十代ぐらいに見える男。

「クロードか、珍しい」

 クロードは淡い金色の髪に、自分よりも若干色の濃いアクアマリンの双眸を見つめた。父であり、前領主であるクリストフである。鼻の下によく手入れされた髭があり、佇まいもどっしりと風格があり、どっちが領主に見えるかと問われたら、絶対に皆が皆クリストフと言うだろう。

 エメリックから一応聞き及んでいるだろうが、長男メイナードの報告は知らないだろうと思い、報告書を渡す。それに目を通したクリストフは、一つ息を吐く。

「面倒な事になっておる様だな、中央は。全く、忌々しい」

 投げやりに机の上に紙束を置く父親の所作を見つめながら、新しい紙を取り出す。

「こちらもどうぞ」

 綾の鑑定結果の報告書を手渡した。クリストフは先程よりは、興味深そうに文字を追っている。

「ここで預かって欲しいのです」

「正気か?」

 クリストフは鋭い視線で、クロードを見据える。昔はこの視線に縮み上がったものだが、今はサラリと受け流せる。自分も成長したものだ。

「至って正気ですよ。新しい職人を欲しがっていたでしょう?」

「…そうだが、中央を敵に回すつもりか?」

「そんなつもりはないですが、アヤ自身が王都行きを拒否していまして。出て行くから見逃して欲しいと言われてしまっては、ここで保護するより仕方ないと考えました」

「今は中央も一枚岩ではないし、確かにここで保護したほうが彼女の為には良いだろうが…」

 異世界人は国の宝で、百年間溜めた魔力を使って召喚した人間だ。一領地が、抱えてしまっても良いのだろうかと自分も考えたが、何も知らないままで、何の心構えも出来ずに中央に引き渡しても、彼女は中央の良いように扱われるだけだ。それならこの国やこの世界の知識を得て、自分の意思で中央に行くなりここに留まるなり、選択して欲しいと思った。それが最低限、クロードが綾に与えられるものだから。

 そう話すと、クリストフは納得したように頷いた。鋭い視線は鳴りを潜め、代わりに興味深そうな視線が紙とクロードを行き来する。

「一職人として接してください。彼女もそれを望んでいます」

「わかった。責任を持って預かろう」

 断られるとは考えていなかったが、クロードはクリストフのその言葉に胸を撫で下ろした。

「クロードかレナードの相手に丁度良さそうだ」

 魔力量の数値を見ながら、クリストフはニヤニヤ笑う。正に悪巧みといった表情である。弟のレナードは彼女より年下なのだから、どうせなら自分の方が年齢的に合う気がするがとクロードは考えつつも、そんなことはおくびにも出さず無表情を貫く。

「…勝手に決めないで頂けますか?」

「独り言だ、気にするな」

 舌打ちしたくなる気持ちを堪え、クロードは綾が作った腕輪を手首から外す。その動作に興味を引かれたのか、クリストフの瞳が腕輪を捉えた。

 現在は職人としても宝飾の仕事に関わるクリストフは、宝飾品の評価には厳しい。


「それは?」

 案の定興味を示し、クリストフが問う。

「アヤが作ったものです」

「ほう」

 クリストフのアクアマリンの瞳が、面白そうな光を宿して輝いた。

「これがちょっと見ただけでも面白い品なのですよ。魔力を全く含んでいない素材で、これに付与魔法を使ったらどうなるのかと、考えるだけでも楽しみです」

 楽しげに話すクロードは、次の瞬間アクアマリンの目を眇めた。

「その手は何ですか?父上」

 クリストフが、腕輪を寄越せとばかりに手を差し出していたからだ。

「見せびらかすだけ、見せびらかして、自慢しに来ただけではあるまい」

 クロードはその手をパシンと叩いて、冷ややかな視線をクリストフに向けた。

「アヤを保護する事に決めたので、その報告とここで働かせてもらえる様にお願いにきただけですが」

 さっさと踵を返したクロードに肩に、クリストフは慌てたように手を掛ける。

「待て待て待て待て!魔力の全く籠ってない異世界産の腕輪だぞ?色々試したいに決まっているではないか!」

「父上をその様な雑事に付き合わせるわけには参りません。今日も魔力を使ってお仕事をされていたのですから。私が致します故、ゆっくりとお休み下さい」

 それはそれは意地悪く、クロードはニッコリ笑いかけた。

「いやいや、私は引退した身だから現役領主の其方と違い、時間はある。魔力の方にも余裕はあるし、私が付与しよう!」

 引かないとばかりにさらに手を差し出すクリストフを見遣り、忌々しげに顔を歪めてクロードは言い放つ。

「私が、受け取ったのですよ!?」

「私は其方の父親だ!」

 さも当然とばかりの態度をとるクリストフは、悪びれもせず言ってのける。

「横暴です!嫌だ!!絶対駄目!!」

 クロードはもう、言葉使いも態度も取り繕わず断固拒否の態度をとった。

「いつからそんな可愛く無くなったのだ!?」

 我が父とはいえ、今度は大袈裟に嘆いてみせるその厚顔さに呆れ返るばかりだ。

「父上が領主の仕事を私に押し付けて、さっさと隠居したあたりからですかね!!」

 がらんとした工房内に、遠慮のない言い合いの声が響く。親子の醜い争いは暫く続いた。

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