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マーレの町で1

 綾がクリストフから与えられた休みは二日間。それを満喫すべく綾は白くて鍔の広いボンネットを被り、涼しげな水色のワンピースを着て港町をぶらついていた。護衛の騎士と一緒に…。

 何故なら、屋敷の敷地外だと、綾一人での外出許可が出なかったからだ。綾は彼女達を見て、出かける前のやりとりを思い出す。


「綾、今日はお休みでしょう?どこに出かけるの?」

 朝食の席でソフィアに訊ねられた。

「町の方をぶらついてみようかと思っています」

「あら、良いわね。今ならアイスクリームの屋台が出てて、良いわよ」

 タンザナイトの瞳を細め微笑むソフィアは、今日も麗しい。

「そうなんですか!寄ってみます!」

「誰と行くの?」

「一人です」

 綾の何気ない一言に、朝食の場はしばし沈黙が漂った。ビシバシと男性陣の視線が綾を刺す。

「…一人?駄目よ!危ないわ!?」

 ソフィアが目を見開く。

 大丈夫だと言う綾に、クリストフや、ソフィアを筆頭に、レナード、シリウス、チェスター、更にはマーレの屋敷の侍女や執事にまで懇々と女性一人歩きの危険性を説明され、綾はぐったりと項垂れた。そして過保護な人々に護衛の騎士を二人も用意され、今に至る。


 漆黒の隊服に、緑色のマントはいつ見ても凛々しい。だがそれを纏っているのは、十代後半の少女だ。淡い桃色の髪を後ろで三つ編みにした少女は、翡翠色の瞳を輝かせる。

「アヤ様、アイスクリームのお勧めは、ジジの屋台ですよ!」

 アンナと綾に名乗った少女は、クリっとした翡翠色の瞳を輝かせ、ふんわりとした笑顔を浮かべながら桃色の三つ編みを揺らす。

「そうか?ミシェルの店も、変わり種があって面白いと思うが…」

 そう反論したのは、シンディ。ダークグリーンの髪を頭の高い位置に結び、切長のオレンジジェードの瞳は、蜂蜜のように美しい。女性にしては長身だが、モデルのような体型は、綾には羨ましい限りだ。

「ジジの店は店主の実家が果樹園を営んでいるから、素材の味が良いんです!」

 アンナは、力強く言い切った。

「ミシェルの店だって、人気の料理店が夏の間だけ出す屋台だぞ?味の黄金比率を計算して作られている」

 シンディはやんわりと反論しつつ、綾を伺う。

「「アヤ様!どちらが良いですか?」」

 二人の女性騎士の声が重なった。

「…えっと、アヤ様っていうのをやめて頂けると…。私平民ですし…」

 二人の勢いにタジタジとなりながら、綾は何とか言葉を返した。

「アヤさん!食べ比べもありだと思います!シンディは、氷魔法使いなので、お持ち帰りも出来ますよ!」

 アンナは素早い切り替えで、綾への呼び方を改めた。

 まさか、アイスクリームの?その為の人選なのだろうか?と綾は思ったが、そんなわけないなとその考えを打ち消した。

「それにシンディの側にいると、夏でも涼しいんですよ!」

 あ、その為の人選っぽい。そういえば、さっきから暑くないと思った!バドレーは涼しいとはいえ、七月に入って日差しは強くなり、最近は真夏の気温だ。海の側で湿度もあるにも関わらず、暑くない!氷魔法凄い!

「あの、お二人は私のこんな用事に付き合わせてしまって、退屈じゃありませんか?」

 綾はおずおずと二人の騎士に話し掛けた。綾の町歩き程度の用事に付き合わせるのは、申し訳ないと思ったのだ。この国の感覚に綾が馴染んでいないだけなのか、皆が心配性で大袈裟なのか、綾には判断がつかない。

「汗だくになって訓練するより、楽しいですよ!ね!シンディ?」

「ええ、どちらかと言うと役得ですね」

 明るく笑う二人の口調に、嘘はないように綾には思えた。

「そうなんですか?ちょっとした用事に、騎士の方を付き合わせるのは、申し訳ないと思ってしまっていたんですけど…」

 綾は首を傾げる。

「気にする必要はありませんよ、城で働く者の護衛も立派な仕事です。異変を察知する為には、町の通常の状態を把握しておく事も重要ですし。それに騎士が町を見回る事で、治安の維持にも繋がるんです」

 シンディの答えに、そういう側面もあるのなら、今度から遠慮なく護衛を頼もうと綾は思った。

「気にしないで、お声がけくださいね!指名してもらえれば、多少の融通はききますか

ら!」

 アンナの明るく朗らかな声に、綾は笑顔で頷いた。


「そう言えば、合同演習があるって伺ったんですけど、お二人は出席されるんですか?」

「「もちろんです!」」

 二人の声が重なった。連携を確認するのが主な目的なので、開催地域の騎士団員は末端に至るまで駆り出されるのだと二人は話す。

「私は出ませんが、シンディは模擬試合にも出るんです!」

 確か騎士の中でも精鋭が選ばれるのだと、チェスターが語っていたのを綾は思い出した。

「わぁ!凄い!模擬試合、頑張って応援しますね!」

 クロードだけではなく、今日知り合ったシンディも出場する模擬試合が、益々楽しみに綾には思えてきた。

「今年初めて選ばれたので、頑張りますよ!」

 シンディは不敵な笑顔で何処か遠くを見ている。

「「打倒!東方のカトラル地方騎士団!!」」

 二人の声が、またも重なる。

「へ?だ、打倒?」

 綾はポカンと二人を見つめる。

「アヤさんは他国の方だからご存知ないかもしれませんが、東方のカトラル地方騎士団とは因縁がありまして…」

「って言うか、アイツらが一方的に敵視してくるんです!!」

 アイツら…って、相当嫌ってますね…。アンナは翡翠色の目を釣り上げて怒りを露わにしている。

「東方のカトラル地方を治めるアラバスター公爵は、魔術師の家系で現在の魔導大臣なんですが、バドレーの領主のクロード様を目の敵にしているんです!」

「それは何故?」

「それはお得意である筈の魔術で、勝てないからでしょうね」

「ああ、それはそれは…」

 思わず綾は納得してしまう。魔族であるソフィアの子供が、魔法が苦手なわけがない。と言うか、スパルタだったとエメリックからの情報で綾は知っていた。

「おまけに剣の技術も一流ですし、勝てないもんだから、ウラール地方騎士団への当たりもキツい。向こうの騎士団員からの罵詈雑言は当たり前だから、こっちだって嫌うってもんです!」

 模擬試合は、代理戦争まではいかなくても、それに近いものがあるらしい。

「隊服が黒いからって、『死肉を喰らうカラス』とか言うんですよ!!あっちなんて、真っ赤でケバケバしい品のない隊服の癖に!!!」

「…カラスってああ、そういう事だったのか」

 カマルにカラスと言われた時の、エリスとパメラの強張った顔を思い出した綾は、そういう侮辱を受けた過去があったからなのだと思い至った。

「漆黒の騎士服、私は好きですよ。だって強そうですもん!」

「「そうでしょう!?」」

 やっぱり分かってらっしゃると、二人の騎士から両手を力強く握られた綾だった。

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