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心配性な人々

 穏やかな時間を過ごして気分良く屋敷に戻ったクロード達だったが、その後は大変だった。どう大変だったかと言うと、クロードは確実に寿命が縮んだと断言出来るくらいの恐怖を感じた!それくらい大変だったのだ。


 綾を一目見るなり、わなわなと震えたソフィアが、クロードに詰め寄る。

「このバカ息子!綾さんを泣かせるなんて、どういう了見なの!?」

 長い白銀の髪がぶわりと広がり、タンザナイトの瞳が爛々とクロードを見据えた。

「え?え!?泣か…え!?」

 全く身に覚えのない事を言われ、クロードは怒れる母をただ見つめるしか出来なかった。渦巻く魔力はピンポイントでクロードを威圧しており、綾を絶妙に避けているので横にいる綾はキョトンとした顔をしている。

 クロードがハッとして綾を見ると、確かに涙を流したように魔力が付着していた。泣かせる様な事、何かしたっけ!?と思い返すものの、身に覚えはない。海につかっている時にそんなモノはなかったので、乗馬している時ということになるのだが…。

「…母上、誤解です!」

 と言ってはみたものの、感情の機微を読むのが苦手なクロードは、自分の言動にそこまで自信もない。その自信の無さを見透かされたのか、魔力による威圧は益々強くなる。その辺の騎士なら、膝をついてガクガク震えるレベルである。隣に綾がいる状態で、そんな真似は出来ない。こちらにも男の矜持があるのだ。

 視線を逸らせて、我関せずを貫いているレナードは、相変わらず空気を読むのに長けている。上の二人の兄を反面教師にして、ソフィアの怒りのツボを心得ている三男は、君子危うきに近寄らずという教訓のとおりの行動をしている。というか、綾を手招きしてさっさとこの場を離れようとしているけれど、ちょっと待て!放置!?この状態で放置!?鬼か!お前は!?

 クロードはどうすれば良いのかか分からなくて、ぐるぐる思考していると、綾が動いた。トコトコとソフィアに近寄り、小声で何か話している。恥ずかしそうな様子で、一生懸命ソフィアに説明している綾を見つめていたクロードは、魔力の威圧が弱まっていくのに気付いた。

 ソフィアが扇子で口元を隠し、綾と何やら内緒話をしているのには気付いたが、ソフィアの防音魔法でその声はおろか、口の動きも隠されていて何も読み取れない。

 

 ソフィアが扇子をパチンと閉じ、クロードに向き直る。いきなり機嫌が良くなったソフィアは、何もなかったかのように朝食にしましょうと言い、食堂に足を運んだのだった。


 何が起こったのか分からないクロードは、暫くその場に立ち尽くしていた。



 昼食後、マーレの屋敷を立つクロード達を、ソフィアとレナードが見送ってくれた。

「気をつけてね、アヤさん。またいつでも遊びに来てちょうだい」

「はい!ありがとうございます」

「魚が足りなくなったら、いつでも言ってね。転移陣で送るから!」

 レナードがいつの間にか、綾を友人扱いしているのだが、どうなっているのだろうか?レナードの綾との距離の詰め方に、クロードは焦りを感じたものの、平静を装う。

「わぁ!本当ですか?嬉しいです!」

 綾が笑顔になっているのだから、まぁ良いかとクロードは考えることにした。

「…もう立つ」

「はいはい、せっかちね。クロードも元気でね!」

 付け足した様にソフィアに言われ、クロードは内心でため息を吐く。

「母上も、レナードも息災で」

「ああ、クロード」

 ちょいちょいとソフィアに手招きされたので、クロードは顔を近づけた。

「貴方なりのやり方で、上手くやりなさい」

 クロードの肩にポンと手を置き、小声でソフィアが囁いた。

「え?」

 ただ笑うだけで、ソフィアはそれ以上答えない。クロードは、追求するのを諦めて、綾をソレイユに乗せてやる。そして自身もヴァイスに跨ったのだった。


 大きく手を振りながら、綾が別れを告げている様子を見守るクロード。気分転換になったのなら、連れて来た甲斐があったというものだ。そんなことを考えながら、目を細めるクロードを、ソフィアとレナードが生温かい視線で見つめていたのに、クロードは気付かなかった。



 帰り道も天気に恵まれ、順調に進んだ。麦の穂が風に揺れている様子は、いつ見ても美しい。もうすぐ麦の収穫時期だ。これからクロードも忙しくなるので、次にいつ時間を作れるか分からない。だからこそ、この時期に綾とここに来られたのは本当に良かったと思う。それに…次の約束も出来たし…。


 バドレーの領城と、城下町コリーナを取り囲む石塀が見えてきた。

 が、いつもと様子が違う気がする…とクロードは訝しむ。どこが違うのかというと、領城の上空を、バドレーの誇るグリフォン部隊が旋回していたからだ。普段は少し町から外れた厩舎と訓練場に居るはずなのだが、今日の演習予定はクロードの記憶に無かった。

「わぁ、凄い!隊列を崩さず、乱れなく飛んでるなんて、凄い技術ですね!」

「…ああ、自慢のグリフォン部隊だからな」

 その先頭のグリフォンの上にまたがっている淡い金髪の人物に、クロードは見覚えがあった。前ウラール地方騎士団長の、メルヴィルだ。最近は司書として図書館に籠りっきりの人物が、何故現役時代の様にグリフォンを率いているのだろうか?

 伯父上?何してんの?クロードの思考は、疑問で埋め尽くされている。クロードが馬の歩みを止めると、音もなく目の前にメルヴィルを乗せたグリフォンが降り立った。続いて、申し訳なさそうな顔のロスウェルも降り立つ。


「わぁ、メルさんだったんですか?とても格好良いです!!」

 え、メルさんって、伯父上の事!?綾とメルヴィルに面識があった事にまず、クロードは驚いた。って言うか、その呼び方…絶対わざとでしょう!?

「アヤ、お帰り。帰りが遅いから、心配していたんだ」

 褒められて満更でもなさそうな顔で、メルヴィルが綾に話しかけている。…鬼団長と恐れられたメルヴィルだが、綾の前では見事に猫を被っているようだ。って何だ!?その娘の前で、デレている父親みたいな表情は!?綾も大丈夫ですと笑顔だが、伯父上に騙されてるぞ!?その人の本性、鬼だから!!

「母上に言伝を頼んだ筈ですが?」

 クロードが内心の動揺を押し隠し、メルヴィルに話し掛けた。

「クロードなら、綾と馬を連れても、転移魔法で帰って来られるだろう?」

 綾に向ける目と違い、メルヴィルがクロードに向ける視線は鋭い。

「…まぁ、そうですけど、母上に引き留められたんで」

 これは嘘ではない。

「仕事人間のクロードが?」

 ちょっと、自分の普段の行動を、反省すべきかもとクロードはほんのちょっとだけ思う。

「休暇が延びる事は嬉しいですが、その逆は嫌でしょう?それだけですよ」

 そう言ったクロードに、メルヴィルの視線はまだ鋭いが、納得したのか一つ頷いた。


 城に戻ってからも、エリスやパメラ、エメリックにクリストフ達まで出迎えに来る始末で、クロードは閉口する。


 綾、君は自分で思っている以上に、愛されているみたいだぞ?

 いつもお読み頂き、ありがとうございます。

 来週は私的な用事で、お休みさせて頂きます。のんびりで、すみません…。

 では、また⭐︎あなたが楽しんで、くれています様に♪


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