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思いがけない対面2

 レナードが綾の隣に座るのを阻止して、満足していたクロードだが、綾とレナードの話が弾んでいる様子を、面白くないと思いながらも黙って見守っていた。ソフィアはクロードに含みを持たせた視線を送りながら、優雅に紅茶を味わっている。

「スモークサーモンのサンドイッチ美味しいです!クリームチーズとハーブとの相性も良いですね!」

「このサーモンは養殖だから、寄生虫の心配がなくて生でも食べられるんだ。僕が実験的に始めたんだけど、なかなか難しくてね。皆スモークサーモン以外では、生ではなかなか食べてくれないんだよ。浄化魔法が使える貴族でさえそうなんだから、庶民はなかなかねぇ…」

「それは、とても勿体ないですね!」

 綾の残念そうな顔は、本気でそう思っている表情だった。そう言えば、生食大好きって言ってたな…。

「やっぱり、そうだよね?いやぁ、アヤさんとは話が合うね!」

「私のいた国は、生食が多かったんですよ」

「やっぱり、文化的なものだよね。僕は、皆がもう少し柔軟性を持っても良いと思うんだ!」

「聞き齧った知識ですけど、餌を工夫すると生臭さが半減するって聞いたことがあります」

「へぇ、生臭さが減れば、生食への抵抗が減るかも知れないね」

「やっぱり、僕の研究室へ来ない?ちょっと色々意見が聞きたいな!」

「私の知識は大した物でもないのですが、それでも良ければ…」

「……おい、レナード」

 思わず低い声が出たクロード。

「大丈夫!アヤさんがデザートを食べ終える時間ぐらい待てるって」

 いや、そういう話をしているわけではないのだが…。レナードが待てが出来ない犬だと思っているのではなく、そもそも綾に負担をかけていないか心配しているのであって…。

「ゆっくり食べて良いからね!」

「ふふ、では遠慮なく」

 綾は半分に割ったスコーンに、たっぷりとクロテッドクリームとジャムを塗って美味しそうに頬張っている。ちょっと小動物っぽくって可愛い…って和んでいる場合ではなくて!

 でも嫌そうな素振りを見せない綾を、引き留めるのもどうか…とクロードが口を噤んでいると、いつの間にか綾のそばまで来ていたレナードが綾の手を引いて立ち上がった。思わずクロードは目を見張る。

 私なんて、今日初めて手を繋いだのに!?言い知れぬ敗北感が、クロードの胸に漂う。

「じゃあアヤさん、僕の研究室へ案内するね」

 満面の笑みを浮かべたレナードが、綾の背中を押した。

「おい!」

 綾とレナードのその背中に、焦ったクロードは声を掛けた。

「兄上は、母上と会うのは久し振りでしょう?親子水入らずを楽しんでください」

 ウインクするレナードに文句を言いそうになるが、綾と母上の手前、何とか飲み込んだ。母上とは頻繁に、通信鏡や手紙のやり取りなどを行なっているのを、レナードは知っているはずなのに…絶対わざとやっている!

「兄上…そんなに睨まなくても、取って食ったりしないってば」

「いや、しかし…」

 心配になって、クロードは綾を見る。

「私は大丈夫ですよ?クロード様も、ゆっくりしてくださいね」

 クロードは綾の笑顔で、止めを刺された気分だった。顔には出さないが、内心ガッカリだ。

「夕飯までには解放しますから、安心してください!」

 おいおい、何時間付き合わせるつもりなんだ!と自分自身を棚に上げて、クロードは思ったのだった。



 綾とレナードが連れ立って部屋を去っていく後ろ姿を、見送りながらクロードは溜息を吐く。その様子を見ながら、ソフィアが大丈夫だと笑った。

「何が大丈夫だと?」

「レナードは、アヤさんに興味を持っているだけで、そこに恋愛感情なんてないもの。あなたと違って」

「…これからもそうだとは、限らない」

「まぁ、可能性を気にしてしまうのは分からないではないわ。牽制するのは良いけれど、縛り付けるのは駄目よ。彼女はあなたを選んでいないのだから」

「…そんなの、知ってます」

 渦巻く感情を何とか宥め、クロードはソフィアに向き直ると気持ちを切り替えた。

「それより、話があったのでは?」

「ええ、兄の事なんだけど…」

「シリウス伯父上が何か?」

 クロードは眉を顰めた。シリウスが王城に滞在してから、今日で五日目になる。

「どうも、王都を出てマヴァール領に行ったみたいなのよ」

「は?」

 クロードは初耳だった。

「何でも、エヴァレットと親友になったとかって、相変わらず我が兄ながらワケがわからないわ」

「エヴァレット・マヴァール公爵閣下と親友って、え?宰相のエヴァレット・マヴァール公爵閣下で間違いないんです?別人の可能性は?」

 黒髪に琥珀色の瞳を持つ、一筋縄ではいかない人物をクロードは思い浮かべる。

「間違いないわ。マヴァール領に行ったんだから。何だか、アヤさんにもらったオニギリ?っていうのを食べてたら、そうなったらしいの」

「はぁ?」

 本当にワケがわからない。

「まぁ、異世界人達には会えなかったみたいだけど、国王とは有意義に話せたみたいだし…」

 シリウス皇帝陛下は、長い年月の間に歪んでしまった事実を話したらしい。エナリアル王国の王位継承権の優位『金を持つ者』が金髪ではなく金目の意味だった事などといった内容だ。これで金目のフレデリック第二王子が、王太子に選出される流れになればいいのだが…とクロードは思う。

「去る頃合いは、いいでしょうね。メイナード兄上からの情報ですけど、竜舎の青竜達が、黒竜と赤竜に怯えて餌を食べなくなったそうですから…これ以上長引くと色々弊害が起こりそうですし…」

 いくら数日食べなくても問題ない竜達とはいえ、格上の存在に怯えるのは可哀想だ。

「ええ、潮時だわ」

「それにしても、最近よく聞く気がするんですよね。マヴァール…か」

 クロードは思案顔になる。

「そういえば、マヴァールで思い出したのだけど、クリストフに聞いた?ジェラルド様が夫婦揃ってバドレー領に長期滞在されるそうよ?」

 父よ!聞いてない!報告、連絡、相談は基本だとあなたに教えられた筈ですけど!?

「前マヴァール公爵夫妻が?」

「ええ、合同演習に合わせて訪れられて、避暑をマーレで過ごされるそうなの」

「確か、夫婦揃って魚好きでいらっしゃいましたね」

「そうなのよね。バドレー領産海産物の大きな取引先が、マヴァール領だもの」

 そう言えば、綾がバドレー領城の城下町ヒューゲルで、マヴァールに本店がある店で買い物をしていた事実をエメリックから報告された気がする。綾がご機嫌になるものが、そこで買えたのだと言っていたか…。

 …この繋がりは、本当に偶然だろうか?

「この分だとお兄様、当分戻ってこない気がするわ…」

 ソフィアがそういうのなら、本当にそうなるのだろう。クロードは、何だかややこしくなりそうな予感がした。

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