シリウスとクロード
退出した綾を玄関まで見送り、クロードは応接間に戻って来た。自分の態度は自然だっただろうかと、クロードは気になって仕方がない。内心狼狽えていたなど、綾に気付かれたくはなかった。
綾以外のメンバーはそのままで、シリウスと談笑している。クロードは先程座っていた席につき、隣の空席にチラリと目をやる。…綾は、大丈夫だろうか?
あの時、ーー本当は、許されるのならば、抱きしめて慰めたかった。君は一人ではないのだと…。クリストフの手は拒まないのに…、クロードは自身の手を見つめる。チリチリと胸を焼く傷みは、クロードには綾が現れてからの経験だった。…想っている相手に拒まれるのは、とても傷付くのだと、今更ながら思い知った気分だ。
「浮かない顔だな」
シリウスの金色の瞳が、クロードを見て細められた。
「…そうですか?」
「彼女が気になるのなら、そばに居てやれば良いのではないか?」
拒まれたのに?クロードでは駄目なのだと、綾の行動はそう物語っていた。視線を落とし、クロードは唇を噛み締める。
「なんて顔してるんだ…」
自分がどんな顔をしているのかなんて、クロードは分からない。シリウスに視線をやれば、呆れたような、それでいて困ったような顔をしている。
「…もう少し、言いようがあったのではないですか?」
クロードは自分の話題になど興味はない。それより綾のことをシリウスに問えば、大きなため息を吐かれた。
「誰がどう思うかなど、予測出来ない。異世界の神の事は知らないが、あれ程の拒絶反応とは…だが、私は間違った事をしたとは思っていない」
「…それはそうですが…」
駄目だ、単なる八つ当たりだ!ますます自分が情けなくなり、クロードは俯き拳を握りしめた。
俯いたままのクロードの耳に、はぁ…と一際大きなシリウスの溜息が聞こえる。
「私は人間の本性は、追い詰められた時にこそ現れると思っている。ーーアヤは…追いつめられた時、お前の手を拒んだだろう?無意識だろうが…」
異世界人だからかも知れないが、あれ程神を拒むとは思わなかったとシリウスは言う。クロードも、綾の反応は予想外だった。
「……はい」
クロードは力なく答えた。自分の無力さが恨めしい。
「彼女は、自立心が高い人間なのだろう。出来る限り、一人で解決しようとするような…。だが、それは長所でもあるが、短所にもなり得る」
はっと顔を上げて見つめた金色の瞳は、クロードを真っ直ぐに見据えていた。
「…アヤは…私と初めて面会した時に、王城に連れて行かれるのを拒みました。そして出て行くので、見逃して欲しいと…」
「知らない世界に召喚されて、追い詰められている状態で出した結論が、それか…。もっと周りの人間に縋っても良いだろうに…」
シリウスは考えにふけるようにテーブルに両肘をつき、手を正面で組んだ。だが視線だけはクロードを真っ直ぐに捉えていた。
「その時も混乱していたでしょうが、アヤは冷静だったのです。今日のように取り乱す事もなかった…」
だから、泣いた姿を見た時は、クロードは想像以上に狼狽えてしまった。そして守りたいと思ったのに拒まれた。ああ、また…胸が締め付けられるように苦しい。何も出来ない自分が…。
「…神に限らず、誰かに支配されるのが嫌なのかも知れない。『私は、私の意思でしか動きたくない』と言っていたな」
「ええ、伯父上が行動が制限されるわけではないと言った時、綾の顔には安堵の表情が浮かんでいました。それから、落ち着きを取り戻していった気がします」
そう、綾にとって何が嫌で、何が嬉しくて、何に不安を感じるのか…クロードはまだほんの少ししか知らない。
「クロード、落ち込むだけではなく、今回彼女の思いを知ることが出来たのを良いように捉えてはどうだ?アヤの周りの人間は、そういう彼女の性質を知って、強引にでも手を差し伸べられなければいけないだろうな…拒まれる事も覚悟の上で」
お前に出来るか?金色の瞳に、そう問われている気がした。そうだ、一回の拒絶で落ち込んでいる場合ではなかった。クロードは綾を守る立場にあるのだから…!
「必要ならば、何度でも!」
クロードの言葉は簡潔で、だが力強く響いた。
その言葉に、シリウスは満足げに笑ったのだった。
「いい男になったじゃないか!」
「まだまだ、到底足りんがな!」
クリストフが水を差す。クロードはムッとしながらも、明確に進む方角が見えた気がした。
その頃綾は領城内にある売店に来ていた。今日はもう休みにしていいと、クリストフに言われたからだ。おそらく気を遣われたのだと思う。
仕事をするにも集中出来ないだろうからありがたいのだが、部屋に閉じこもってしまっては、余計な事ばかり考えてしまいそうな気がする。どうして過ごすか考えた末、料理に没頭しようと思い立ったのだった。食事を監修しているドニの許可が下りたので、昼食は綾の自由にしていいと言われている。いつもは勿論ドニ、マーサ夫妻に作ってもらうが、時には故郷の味が恋しくなる日もあるのだ。
社会人の一人暮らしになってから、綾は嫌なことがあったり、モヤモヤと落ち着かない気分の時は、自宅で作り置きの料理を作っていた。効率を考えて段取りをしながら作業を進めると、自然と集中していて余計な事を考えないからだ。そして保存容器に入れられたそれらを見ると充足感を感じるし、何より手を掛けた料理は美味しい。
店内は城内で生活する者も多くいることから、雑貨から食品まで大抵のものは手に入るようになっている。調味料類は先日買ったところだし、スパイス類を買い足して、野菜や肉魚類、パスタなんかもカゴに入れた。
見慣れない大きな葉っぱを乾燥させたものの使い道が分からず、何だろうと首を傾げていると店員が声を掛けてきた。
「それは固く絞った濡布巾で拭いて、料理を包むのよ。中に具材を詰めて、蒸したりも出来るわ」
とうもろこし色の髪をポニーテールにした女性の店員は、翡翠色の瞳を笑みの形にして会計場から綾を見ていた。
「なるほど、竹の皮みたいな使い道か…」
「タケノカワ?」
「いえ、何でもありません!これも下さい!」
綾は歩いて、カゴを台の上に差し出す。久しぶりにアレを作ろう!手間が掛かるので、滅多に作らないやつだけど。
「魔力払い出来ます?」
何と、大きな店は大抵『魔力払い』が出来るのだ。綾はそれを先日知ったところなのだが、大きな店では保存や輸送に多く魔力を使うらしく、一般的に多く周知されている方法だったりする。実はそれを知ってから、密かにやってみたかった綾なのだった。
「ええ、大丈夫よ。この台の上の石に魔力込めてくれる?」
魔力払いは初めてな綾だが、いつも魔晶石に魔力をこめている綾は、その作業自体は慣れている。
魔力を込めて使う『魔石』は魔物から取れる石だが、属性が限られた物が多い。『魔晶石』は鉱物を加工したもので、魔石よりも高価だが属性を選ばず使えて便利だ。ダリアが何処からともなく持ってきてホイホイ綾に渡してくるので、魔晶石が高価だと最近まで知らなかったのだった。
どうしよう…私の常識が身に付かないのは、周りの人のせいな気がしてきた!いやいや、そんなことはない…ハズ。
「これでいいですか?」
「あら、早い。全然余裕なのね?」
翡翠色の瞳を丸くして店員の女性は、綾を見た。慣れてるからとは言わず、ニコリと笑って見せる。
「今日は殆ど魔力使わなかったので!」
納得したように店員の女性は頷いた。
「袋持ってる?」
「アイテムボックス持ちなので、入れて帰ります。ありがとう!」
綾は店を後にし、料理の段取りを考えながら、足取り軽く彫金棟の寮へと戻った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます!
最近キーボードに触っていないのに、文字が打ち込まれるということが起こり、怪奇現象!?と怖くなったのですが、単純にキーボードの調子が悪いだけでした。寿命なのかもしれません。買い替え時かなぁ?
では、また⭐︎あなたが楽しんでくれていますように♪




